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武侠鉄塊!クロスアームズ  作者: 寛喜堂秀介
第六章 鉄腕進撃
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第三十四話 蟷螂の斧


 クラウリーからの使者、ネリーは帰還の途についた。

 健吾たちは北の帝国領トレントへの遠征の準備を進め、短日のうちにそれを終える。


 そして出発の前夜。

 夜更けに、長門かえでの部屋の扉を叩く者がいた。



「誰?」


「オレだ」



 誰何すいかに応えた声は、王城健吾のものだった。



「こんな時間に、なに?」


「ちょっと相談してェことがあってよ」



「いいわよ」と言いかけて、かえでは気づいた。

 すでに寝る準備を終え、ベッドで横になっていたかえではパジャマ姿だ。これで健吾の前に出るのは、すこし恥ずかしい。



「ちょっと待って。いまパジャマだから、着替えさせて」


「おう」



 健吾の返事には、特に動揺の色はない。

 それはそれで、プライドが傷つくんだけど、と眉をひそめながら、かえでは着替えを済ませ、卓上の明かりを灯すと、室内に健吾を招き入れた。



「よう。遅くにすまねェな。邪魔するぜ」



 健吾と違って、かえでは宝玉宮のきらびやかな装飾にも抵抗はない。

 豪奢ごうしゃな部屋にふさわしい大理石のテーブルにつくと、健吾は、妙に話しにくそうにしながら、切り出した。



「あのよ……ちょっと、相談なんだが」



 深夜である。

 健吾の性格は知ってはいるが、それでも彼の野獣めいた容姿を見れば、淡い危機感を覚えないでもない。



 ――まあ、健吾くんだし、大丈夫だろうけど。



 魔女シスと脅威の中学生的ストロベリー空間を形成していた健吾である。

 きっと身の危険など皆無だ。



 ――やっぱり、それはそれで腹立つわね。



 思いながら、かえでは首をかしげる。



「なに。相談って?」


「オウ、ちょっと聞きたいんだけどよ……“惚れる”ってどんな感じなんだ?」


「は? 惚れる?」



 思わぬ言葉に、かえでは頓狂な声をあげてしまう。



「オウ。どうにも恥ずかしい話だがよ、オレは人に惚れたって事がねェんだよ。いったいどんな感じなんだ?」


「……」


「おい、かえで?」


「……うん。見栄張ってもしょうがないわね。告白します。あたしもわかんないの。人に惚れるって感覚が」



 告白されたことなら、山ほどある。

 異性に好感を抱いたことも、ある。

 目の前に居る王城健吾のことだって、好ましく思っている。

 だが、惚れる、という感覚は、長門かえでにとっては未体験の領域なのだ。



「マジかよ……参ったな。かえでに聞きゃわかると思ったんだが」


「あのね。あたしにだってわからないことはあるの。昔っから恋愛ごとって苦手だった……でも、なんでいきなりそんな事聞いてきたの?」


「おう、それがよ、言われたんだよ、車輪の王のおっさんに。オレは魔女さんに惚れてるって」



 言いながら、健吾は困ったように頭をかく。



「車輪の王に」


「オウ。言われて、納得した」


「納得したんだ……」


「魔女さんに惚れてる車輪の王の言うことだ。間違いねェだろう」


「いや、ものすごい誤解があるような気がするんだけど……」



 ――どうなんでしょう。



 かえでは首をひねる。

 健吾の魔女シスに対する思いは、はっきりとした恋愛感情までは行っていない気がするのだが。



「でもま、理解したわ。それで、あたしに聞きに来たってわけね」


「おう」



 それが、わりと真剣に人選ミスだったのはさておき。



「じゃあ、ストレートに聞いてみるけど、健吾、あなた魔女さんのこと、どう思ってる? 惚れた、とか抽象的なものじゃなくて、具体的にはどんな感じ?」


「ああ……まあ、胸は、デカイよな」


「……まずそれか畜生」


「ん?」


「なんでもないわ。続けて」



 小声で吐きだしたのを聞き咎められて、かえでは誤魔化した。



「あー……あとは、美人だよな。で、命を助けてもらった恩人だ。あとは――なんか、ほっとけねェっつーか」


「ほっとけない?」


「たとえばよ、かえで、おまえ、日本むこうでよ……たった一人でコンクリの壁をぶっ壊そうとしてるやつを見たら、どう思う?」


「止めるわよそんな不審者」


「いや……だがよ、そいつは止めても止まらねえ。必死でよ、コンクリの壁をぶん殴り続けてるんだ。壁をぶっ壊すのがみんなにとって一番いいことだって信じてよぉ」



 それは、健吾なりの例えなのだろうか。


 皇女である彼女が。

 自分が生まれた帝国を。

 滅ぶのを承知で。滅ぼすのを覚悟して。

 皆のためにたった一人で蟷螂の斧をふるい続けたこと対する。



「そんなの、ほっとけねェだろ」


「かもしれないわね」



 ――でも、それはやっぱり恋とは違う気がするけれど。



 内心で思いながら、かえでは同意した。

 魔女シスのことも、この帝国のことも、長門かえでは放っておけない。


 だが、かえでは魔女シスとは違う。

 かえでが救うべき人の中に、帝国の人間は含まれていない。

 帝国の人間を助けるには、彼らは旧七王国の人間の恨みを買いすぎた。

 だからかえでは、今後必然的に形成されるであろう戦後の体制は、帝国人の流血の上に成り立つと推測している。

 むろん、その流血を最小限のものにしようとは思ってはいるが、帝国すべてを救うことをあきらめなかった魔女シスとは、そこが決定的に違う。


 ふと、かえでは思った。



「ねえ、健吾。あなたはどう? あなたはその、壁を殴り続ける人を、どうしたいの?」


「オレか? そうだな……そいつを止めて……」



 王城健吾は言った。

 獣の笑みを浮かべて。



「――オレがかわりにぶっ壊してやるさ」



 揺るがぬ言葉に、かえでは苦笑を浮かべる。

 彼の、こういうギリギリ紙一重のまっすぐさは嫌いじゃない。



「その時は、あたしも手伝うわ。他の誰でもない。王城健吾がやるのなら、あたしも、手伝う」



 なぜなら。

 この野獣のような青年は、いつだって、子供みらいのために戦ってきたのだから。



「オウ。よろしくな、相棒」



 笑って拳を突き出す健吾に、かえでは拳をぶつける。



「こっちこそ。頼りにしてるわ。相棒……にひ」



 灯明に照らされたかえでの笑みには、微小量の照れが混じっていた。


 そして、その夜の不毛な恋愛相談は、結局結論が出なかった。







 トレント首都ルートン、摩天城。

 その日、槍の王の元に、三通の手紙が同時に届いた。


 一通は杖の王――皇女シスからの手紙。

 いわく、剣の王と協調して鉄塊の王を討て。


 二通目は剣の王ソードからの手紙。

 曰く、皇女の命で皇領を離れることになった。武装使いアームズマスターを編成してそちらに向かうから待っていてくれ。


 そして三通目は、鉄塊の王、王城健吾からの手紙。

 曰く、ぶっ倒しに行くから首を洗って待ってな。



「まったく、どうしろと言うのだ」



 玉座の前にあぐらをかきながら、“槍の王”ランスは頭を抱えた。

 三通の手紙の内容は、それぞれ単純ながら、深刻な問題を孕んでいる。


 三通目の手紙は、鉄塊の王がほどなくして侵入してくることを示している。

 だが、二通目の手紙にあるように、剣の王が帝国皇領より武装使いアームズマスターを引き抜いて軍を編制するとなれば、相応の時間がかかり、間に合わない。

 しかし、一通目の手紙。皇女シスからの命令があるせいで、早期に思い切った作戦行動に出ることが、ためらわれるのだ。



「――どう考えても、一介の平凡な男に課せられる試練としては重すぎるわ。これは結社の仕業か」



「どうしても手が足りん」と槍の王は一人、唸る。



 ――狂人め。



 槍の王の眼前で膝をつく副王ハルマンは、心中毒づいた。



 ――敵も味方も疑って殺しまくったのは貴様だろうが。



 ハルマンは思う。

 大陸統一を成し遂げた統一皇帝は偉大なお方であったが、この男をトレント王に封じたことだけは、失敗であったと。


 なるほど、この男は英雄だ。

 兵卒から叩き上げで成り上がっただけのことはある。


 一兵卒としてのランスは、勇猛かつ命令に忠実な男だった。

 部隊を率いる将としてのランスは、部隊を一丸として強固に保持し、戦う有能な男だった。

 一軍を率いる将軍としてのランスは、戦機をとらえるにびんであり、また兵の効率的な運用に長けた、優れた男だった。


 だが、王としてのランスは、別人のように無能だった。

 まともな組織構築も、官僚団の統制も出来ず、国内に長い混乱をもたらした。

 あげくに己の無能を認められず、己の支配を邪魔する“結社”の存在を妄想上に築きあげた。

 現地官僚を疑い、粛清して政務を滞らせ、味方武将を疑い、粛清して帝国のトレント支配に支障をきたしている。


 果てには民草までをも結社の手先として虐殺する始末だ。

 英雄は、王となって、手のつけられない暴君と化してしまった。


 だが。

 ハルマンは苦い感慨を交えながら、思う。



 ――大陸解放の波を、鉄塊の王の侵略を押しとどめるためには、この男が必要だ。



 八王中最も非力な、だからこそ恐ろしい、この男が。







 帝国領クラウリー王国、龍江イシズ流域都市のひとつにロックスがある。

“戦斧の王”エクスの討死後、解放を宣言した中核都市のひとつだ。


 クラウリー解放都市の使者、ネリーはロックスに帰還すると、町はずれの質素な隠宅を訪ねた。



養父とうさま。やはりこちらでしたか」



 薄暗い部屋のなか、椅子に腰をかけた男の姿を見て、ネリーは声をかけた。


 年のころは四十過ぎか。

 ほっそりとした顔に、端正に整えられた顎鬚あごひげの、君子くんし然とした男だ。

 椅子の高さが合っていないのか、それともよほど長身なのか、半ば膝をたたむような格好でいる男は、ネリーに声をかけられ、目を細めた。



「お帰り。ネリー。首尾は……良かったようだな」


「はい。“鉄塊の王”との同盟、無事成りました……それにしても養父さま。なぜ“七賢者”のあなたが政庁に居られないのですか。ロイド様が愚痴を重ねられていましたよ」



 七賢者、とは、ロックスをはじめとしたクラウリーの解放諸都市の指導者たちの総称だ。

 戦斧の王の粛清により、武装使いアームズマスターを失ったクラウリーは、指導者の資質を知と政治力に求めた。



ロックスここはロイドがよくやってくれているよ。わしなどは、居ても邪魔なだけだろう」


「そのようなことは」


「よいのだ。政務はロイドに任せておけば、とどこおることはあるまい。調整役、調停役、それぞれに秀でた資質を持つ者が、七賢者に居る」



 涸れたようなことを言う男の声は、しかし壮気に満ちている。

 己の使命を明確に知るがゆえの、迷いなき声音だ。



「だから、始めよう。わしはわしに出来ることを始めよう。策を弄し兵を使い帝国の武装使いアームズマスターどもの滅殺を始めよう」



 ぎり、と拳を握りこみながら、明確な意思をもって、男は誓うように言った。



「――このロビンが、始めよう」



 トレントとクラウリー。

 弱き者が強者を討たんとする戦いが、大陸の北と南で、同時に始まろうとしている。





◆登場人物

ランス……いっぱいいっぱい系狂人中年

ハルマン……胃痛系苦労症副官

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