表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武侠鉄塊!クロスアームズ  作者: 寛喜堂秀介
第五章 鉄腕乱舞
31/55

第三十話 戦略



 一日、泥のように眠ってた健吾は、空腹で目を覚ました。

 起き上がると、側にミリアが控えていて、「そろそろ起きるころだと思ってました」と、準備していたのだろう。料理をテーブルに並べてくれた。


 香ばしい香りのパンに、ミルク。鶏肉のシチュー。

 簡素だが、シチューは選び抜いた野菜がじっくりと煮込まれている。

 健吾はそれをかき込んだ。



「――美味うめェ」



 一日ぶりの食事だ。

 そのうえ料理上手のミリアが、情熱を込めて作った料理である。

 しびれるような幸福感に身を震わせながら、健吾は思わずつぶやいた。


「えっへん」とでも言いたげなミリアに、あらためて「美味いぜ」と笑顔を送りながら、健吾はもしゃりとパンにかぶりついた。


 そうしているうち、健吾が起きたのを聞きつけたのだろう。

 長門かえでが、「もっと寝たいー」と嫌がる天掛美鳥あまがけみとりを引きずって現れた。

 黒髪セーラー服の少女は、健吾と顔を合わせると、長髪を揺らして笑顔を見せた。



「おはよう、健吾。体調は?」


「おう、ばっちりだぜ! かえでたちもメシ食うか?」


「うん、たべるー」


「こら、天掛さん、あなたはさっき食べたでしょ?」



 ふらふらと食卓に向かおうとする美鳥の首根っこを掴んで、かえでは健吾が寝ていたベッドに腰をかけた。

 怠惰な少女は「おふとんだー」と、むしろ喜びながら、寝転がってしまう。



「あっ!? ……まあいいわ。健吾、そのまま聞いてくれる?」


「待ってくれ。もう食い終わる……ふう。美味かったぜ、ミリア」


「それはよかったのじゃです」



 口元をほころばせて片づけにかかるミリア。

 健吾は視線で感謝を表しながら、かえでに目線を向ける。



「すまん、かえで。食い終わったから、とりあえずテーブルで話すか」



 言いながら、健吾は大理石のテーブルに、とん、と指を落とした。

 かえでが応じてベッドから立ち、健吾の隣に腰をおろす。もうひとりの少女はテコでも動かなかった。



「もう……健吾、話ってのは、今後どうするかってことなんだけど」



 寝息をたてはじめた美鳥に眉をひそめてから、黒髪の少女は健吾に顔を向け、言った。



「――現状を説明するわね。まずは南の脅威――帝国領クラウリーからの侵攻の恐れは、完全に無くなったと言っていいわ。なにせ、この間の戦いで、クラウリーの敵戦力の過半が消失。おそらく帝国は領土の維持が出来なくなるわ。各地で解放運動が起きて、クラウリー王国は早晩独立する」



 ただ、と、かえでは話を続ける。



「戦斧の王は、クラウリーの武装使い(アームズマスター)たちを、かなり厳密に潰してたみたい。武将級以上の武装使い(アームズマスター)はたぶん民間では居ないでしょうね。だから、ひょっとしたら相当長引く」


「……つまり、どういうことだ?」



 健吾は首を傾けた。

 かえでの言ったことが難しくて、いまいち理解できていないのだ。



「……こっちに影響は無いけど、南は荒れそうってこと。おーけー?」


「おう!」



 めげない少女のわかりやすい説明に、健吾はうれしそうにうなずいた。



「で、この国ロードラントは……もうちょっと戦力を集めたいわね。あたしたち抜きで国内の帝国勢力と戦っていくには、武将級の武装使い(アームズマスター)が、あと十人ほど欲しいところ」


「集まるか?」


大侠ヤクザお爺ちゃんシスリーのつながりを使って有志を呼び寄せる……十日あれば、なんとかって感じかしら? それだけの時間があれば、この国も、なんとか自力でやっていける」


「ってことは、いよいよ」


「ええ。動くべき時よ。大陸横路たいりくおうろの街道周辺都市を解放しながら、北の帝国領トレントに攻め入る……ちょっと待ってね、地図が、たしかこの辺りに……」



 勝手知ったる他人の部屋とばかり、ごそごそとたなあさりだすかえで。

 そうするうち、銀髪の少女ミリアが食器のかたずけを終えて戻ってきた。

 小さな手に持つトレイの上には、ポットと人数分のカップが乗っている。



「お疲れ様、ミリアちゃん」


「はい。カエデさんも、果物を絞ったジュースをどうぞ……話はどうですか?」


「ぜんっぜん進んでない。とりあえず現状を健吾に説明して、あと、この国が自力でやってけるようになったら、攻めに転じようかって話をしてたの」



 ジュースを配り終えると健吾の逆どなりに座ったミリアに、かえでが簡単に説明してやる。

 それから、とりだした地図をテーブルの上に広げ、黒髪の少女は言葉をつづけた。



「――で、地図を見て。首都ローザリアから火竜山脈を迂回うかいして、帝都ヴィンまで半円を描いてる、大陸横路。ここを、途中の都市を解放しながら北に向かって、帝国領トレントに攻め入ろうと思ってるの」


「攻め入って、どうするんですか? 急ぎ過ぎじゃないですか?」



 ミリアが首をかしげた。

 魔女シスから知識を受け継いだ彼女には、ある程度の戦略眼がある。

「会話が通じるって素敵」と小声でつぶやきながら、長門かえでは地図に指を落とす。



「ま、魔女さんも助けなきゃいけないしね。最短で行くなら、帝国領トレントのグラッセン地方。帝国領ミーガンのブリマス地方……大陸横路が通るこの地方を解放し、帝国本土に攻め込むのが一番早いわ」



 にひ、と笑って、かえでは言った。



「――ミリアちゃんは知ってるでしょ? これは統一皇帝の大陸統一。その東征北路を逆にたどる形なの。最短であると同時に、帝国に与える精神的ダメージは計り知れないわ」



 壮大な征西計画だ。

 しかも、帝国を物心両面で追いつめられる。



 ――だが、時間がかかりすぎる。



 健吾は思う。



「……それをやんのに、時間はどれくらいかかる?」



 健吾にとって重要な問いだ。

 なにせ彼の恩人、魔女シスは、帝国に囚われている。

 あまり悠長に時間をかけているわけにはいかないのだ。


 問われて、長門かえでは考え込む。

 そして、しばらくしてから、彼女は答えた。



「三十日……いえ、通り道の八王二人は放っておけないから、倍は見積もっといた方がいいわね。あたしたちの戦力なら、それくらいで駆け抜けられるわ」


「もうちっと早くなんねェか?」


「いや、これでも馬鹿みたいなスピードなんだけど……そうね、武装使い(アームズマスター)。それも武将級、将軍級の人間がもっと居れば、さらに侵攻速度を早められる、と」



 言いながら、説明が必要だと思ったのだろう。

 黒髪の少女は語調を転じて、あらためて健吾に問いかけた。



「――健吾、わたしたちの、と言うか解放軍の強みってなんだと思う?」


「なんだ?」



 思考を投げ捨てた健吾の返答は早い。

 長門かえではくじけない。



「……わたしたちの強みはね、これから攻める都市に住んでる民衆が味方だってこと」


「当たり前だろ?」


「いいから聞いてて。帝国なら、攻め落とした都市を維持するためには、そのための兵士じんいんが必要になる。解放都市を奪還しようと思えば、どうしても大軍を動かす必要があるのよ。逆にこっちは、ひとつ都市を解放したら、即座につぎの都市に行ける。ま、防衛用に戦力が必要だとしても、武装使い(アームズマスター)の数人も居れば事足りる……」



 けなげに説明してから、黒髪の少女はひとつ、ため息を落とし、それから言い聞かせるように言葉を続けた。



「――簡単に言えば、民衆が味方だから、兵隊が必要無いのよ」


「おう、わかったぜ。エヴェンス王国を解放した、あんな感じだな」


「そう、そんな感じ。だから武装使い(アームズマスター)の数さえそろえば、どんどん解放してけるの」



 健吾の、思いのほかしっかりと理解した様子に、少女はほっと胸をなでおろした。

 こう見えても王城健吾、大雑把おおざっぱに本質をつかむことに長けている。野生の勘とも言う。



「でもよ、かえで。こうすりゃ、もっと早いんじゃねェか?」



 健吾は首都ローザリアから、帝都ヴィンに向けて、まっすぐ指を引いた。



「美鳥の“紫電改シデンカイ”で山を越えて、魔女さんや、帝国野郎の親玉が居る帝都ここに、直接特攻ぶっこむ」


「無茶よ」



 健吾の意見に、かえでが首を横に振った。



「なんでだ?」


「あのね……火竜山脈の標高、どれくらいだと思う? 推定だけど、場所によっては5千メートル級の山が連なってるのよ? たしかに紫電改ならそれを越える高度は出せるけど……健吾、高度5千メートルの気温、どれくらいだと思う?」


「あー」



 まあ、健吾にわかるはずがない。



「間違いなくマイナス10℃近くにはなってるわよ! 時速300キロで飛んだとしたら、体感温度はマイナス30℃以下よ! 酸素濃度も半分近いの! いくら健吾が人間離れしてるったって、無茶よ無茶!」



 かえでがまくし立てる。

 もし健吾が上空で力尽きて、火竜山脈の露と消えるハメになったら、正直シャレにならない。



「じゃあ、ぐるっと回りながら低いとこ飛んでけば……」


「だめよ。高かろうが低かろうが、飛んでる飛行機につかまっていくなんて無茶が出来るのは、健吾くらいだし……帝都には、あたしも行くんだから。まさか相棒を置いてくとか言わないわよね?」



 かえでがにらむように目を細めた。

 いままでさんざん彼女を置いてけぼりにしてきた健吾としては、強く言えない。



「じゃあ陸路だ」


「はぁ……健吾。あなた自分がこの国ロードラントでやったこと覚えてる? 虐げられてる民衆を見て見ぬふりできるなら、こんな全部を巻き込むような方法考えてないわよ」



 ぐうの音も出なかった。



「――わたしも反対です」



 大人しく二人の話を聞いていたミリアが、唐突に口を挟んだ。



「帝都には、帝国皇領ヴィンの守護者、剣の王が居ます。それに、皇帝の周りには、選りすぐりの武装使い(アームズマスター)が控えてるんです。魔女さんを助けるにも、皇帝を倒すにも、最低限、この四人がそろってなくちゃダメです」


「四人って……ミリア、あなたは」


「わたしも行きたいのじゃです」



 言いかけたかえでに、銀髪の少女ははっきりと自分の意思を示した。

 だが。健吾には、ミリアを危険にさらすことなど考えられない。



「ダメだ。あぶねェ」


「その危ない所に、ケンゴさんは行こうって言ってるんですよ? それに、わたしだって戦えます。この“魔法の杖(スタッフ・オブ・マジック)”があるのじゃです」



 ミリアは、身の丈にあわない長大な鉄杖を手の中に具現化させた。


 超八王級武装“魔法の杖(スタッフ・オブ・マジック)”。

“繋げる”概念に特化し、空間接続による変則的な攻撃手段を持つ、魔女シスから受け継いだ武装だ。



「ミリアちゃん。あたしは別の理由で反対よ」



 今度はかえでが話す。



「――たしかに、ミリアちゃんには戦う力がある。でもね、ミリアちゃんを戦力として数えることは、あたしたちにとってリスクが高すぎるの」


「なぜですか。わたしが子供だからですか?」



 ミリアの問いを、黒髪の少女は否定する。



「違うわ。ミリアちゃんはその“魔法の杖(スタッフ・オブ・マジック)”といっしょに、魔女さんから受け継いだものがあるわよね?」


「……知識のことですか?」


「いいえ。あたしたちが日本に帰還する手段――そうよね? 魔女さんがあなたにその武装を継承させた理由なんて、それしかない。魔女さんが敵の手に囚われている現状、ミリアちゃん、その力が、あたしたちにとってどれほど大事か、わかるでしょ?」



 教え諭すような口調で、長門かえでは言った。

 その言葉に、銀髪の少女は何ひとつとして反論できない。



「……カエデさん、その言い方はズルイです」


「そ。あたしは健吾と違ってとってもズルイの。だから、ミリアちゃんには帝国エモノは分けてあげない」



 にひ、と笑う黒髪の少女。

 王城健吾も、獣の笑みをミリアに向ける。



「……ミリア。オレはよォ、毎日お前の飯を食うのを楽しみにしてる。ミリアの飯があるから、オレは戦えてる。これってよ、スッゲー助けになってんだぜ?」


「だけど、わたしは見たいんです。魔女さんやカエデさんのように――ケンゴさんと同じ高みに立って、一緒に悩んだり、苦しんだりしたいんです」


「だったらよ、早く大人になんな。そしたら、大人扱いしてやるよ」



 心の内を打ち明けたミリアの頭に、健吾はぽん、と手を置いた。

 しかし、ミリアの顔は晴れない。少女は恐る恐る、尋ねてくる。



「……本当に待ってくれるんですか? わたしが大人になるまで、ケンゴさんたちは、ずっとこの世界に居てくれるんですか?」


「戻るさ。オレもいろいろと、向こうにしがらみがあるからな」



 それは、おそらくミリアがもっとも恐れていた返答。

 だが、ミリアがそれに対し、なにかを返す前に、王城健吾は笑顔とともに、言った。



「――だけどよ。んでくれるんだろ? またオレを」


「……え?」



 予想外の言葉だったのだろう。

 ミリアの半眼が、珍しく全開になった。

 笑顔もそうだが、そうしていると、ひどく魅力的な瞳だ。


 健吾は苦笑しながら、もう一度、ミリアの頭を撫でる。



「おいおい、帰ったら永遠に別れるとか思ってたんじゃねェよな? オレも十分こっちにしがらみが出来ちまってんだ。戻って来ないわけねェだろ」



 その、言葉を聞いて。

 ミリアはふいに、目の淵から涙をこぼし始めた。


 いきなりの涙に、健吾は慌てた。



「おいどうしたミリア!? なんか悪いこと言ったか? すまん……そうだ、ジュース飲もう! な?」


「それ、あたしの……まあいいんだけど」



 小声で抗議するかえではともかく。

 銀髪の少女は涙をぬぐうと、健吾に泣き笑いの表情を向けた。



「いえ、違うんです。うれしくって……ずっと、ずっと、帝国を倒したら、お別れだって思ってたから」


「へっ、妙な勘違いもしたもんだぜ」


「以前、ケンゴさんが、わたしたちの国が安全になるまでは居てくれるって言ってたから、その後のこと、ずっと不安だったんです。だから、わたし、うれしいのじゃです……勝負の舞台に乗れそうですし」


「ちょっと、なんでこっちを見て言うの」



 かえでが抗議する。

 最後の台詞は、かえでを見ながらだった。



「いや、だって……あっちは寝てるのじゃです」



 ミリアが、後ろを指差した。

 健吾のベッドでは、天掛美鳥がすやすやと寝息を立てている。

 なんかもうダメな感じの少女に、長門かえでが声を張り上げ突っ込む。



「……天掛さん、せめて起きときなさいよっ!」


「すぴー」



 平和な少女だった。







 この翌日。

 王城健吾にあてた手紙が、大侠シスリーから届けられた。

 何人かを挟んでもたらされた、厳重な封が施された手紙。

 それを読んで、健吾は目を見開き――獣のごとき笑みを浮かべた。



“鉄塊の王よ、一日以来いちじついらい。すでに帝国八王のうち、五人までが討たれた。もはや帝国の浮沈に関わる存在となった貴殿とは、個人的にも因縁がある。ついては一対一で決着をつけたく、密かに来られたし。場所は――”



 差出人の名は、車輪の王イール。

 魔女シスを攫った張本人からの――決闘状だった。





◆ぼくの考えたかっこいい武装使い(アームズマスター)


ナンバー12


名前:ダンジョー

武装:鉄釜の武装“爆裂釜ボンバー

備考:芸術への造詣が深い帝国領クラウリーの将軍。白い覆面をかぶり、青い皮鎧を纏った老人。口癖は、「芸術は爆発だ」。元はクラウリー王国の将軍だったが、帝国に寝返った。爆発という現象をこよなく愛し、試行錯誤の結果、ついに爆発する武装を編み出した。なぜか鉄釜型。爆発しても釜自体は破損しない。戦斧の王のロードラント攻めにも参加していたが、年甲斐もなく各所を爆破しまくってファイアーアップを探していたところを、長門かえでの41cm連装砲の砲撃を食らい、チュドった。本人は満足。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ