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武侠鉄塊!クロスアームズ  作者: 寛喜堂秀介
第五章 鉄腕乱舞
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第二十九話 幕間二



「――ふう」



 吐息が、湯気に包まれた浴場を支配した。

 白い大理石製の、円形の浴槽では、一人の少女が体を伸ばしている。


 長門かえでだ。

 腰まである豊かな黒髪に、均整のとれた白い肢体。

 湯に浸かっているせいか、頬には淡く朱が注がれている。



「あー、いいお湯……気持ちいい」



 両手を組んで前に伸ばしながら、かえでは目を細める。

 ひさしぶりの風呂だ。日本人にとってはなによりの御馳走である。


 と。

 湯気に息がつまったのだろうか。

「ふあ」と変な声をあげながら、幼い少女が浴場に入ってきた。

 王城健吾の身の回りの世話をしている銀髪碧眼の少女、ミリアだ。



「ミリア、健吾くんは?」


「寝ちゃいました。疲れてたんだと思います」


「当たり前か……なにしろ敵陣ど真ん中に突っ込んで、数千の武装使い(アームズマスター)含む帝国兵相手にさんざん暴れまわったんだから」



 クラウリーの帝国軍を殲滅したあと、王城健吾たちは首都ローザリアに帰還した。

 そのまま攻め込めば、戦力の大部分を喪失した帝国領クラウリーは容易に解放できたろうが、それをするには余力がなさすぎた。現状、ロードラントでの勢力の安定すらおぼつかないのだ。


 ローザリアに帰還した健吾たちは、勝報を聞いた市民の歓呼を受けながら宝玉宮に戻ると、それぞれ疲れをいやすことにしたのだ。



「……んー。それにしても、いいお湯ね」



 かけ湯をして、おずおずと浴槽に体を滑り込ませたミリアに、かえではしみじみと声をかける。

 だが、かえでの意見は、ミリアの共感を得られるものではなかったらしい。



「そうですか? ちょっと熱いのじゃです。わたしは水のほうが……」



 小さな村で育ったミリアは、風呂などろくに入ったことがない。

 たいていは水で体をくか、近所の水場で泳ぐか……いずれにせよ水だ。


 入り慣れない風呂で、なんとかかえでを真似て体を伸ばす、そんな様子を見て、かえでは心の中で驚きの声をあげた。



 ――ふーん。すっご。



 幼いが、なだらかな曲線を描く体に、肌はまばゆいまでに白い。

 半眼の無表情だが、ひどく整った顔立ちで、銀色の髪は絹糸を思わせる。

 どうあがいても日本人の域を出ないかえでには、白磁のお人形さんの様な美しさを持つ少女が、うらやましく感じられる。



 ――だいぶつや、なくなっちゃったなあ。



 かえでは己の髪をつまんで、しみじみと思う。

 この世界には、かえでのお気に入りだったシャンプーもトリートメントもないのだ。


 服も、似たようなセーラー服を仕立てているが、やはり素材の違いはいかんともしがたい。

 いろいろと、元の世界を恋しく思いながら、かえではうー、と伸びをする。

 すると、今度はミリアのほうが、かえでをうらやましげに見始めた。



 ――胸か。



 かえでは察した。

 自称13歳のミリアは、年齢よりだいぶん発達が遅れている。

 まあ、かえでもけっして大きい方ではないが、平均くらいにはあるのだ。それこそ、幼女の羨望の対象になる程度には。


 かえでの表情から、見透かされたことを察したのだろう。ミリアが半眼をより細めて口の端をわずかに曲げた。



「心配しなくても、すぐに大きくなるわよ」


「……そうでしょうか? ちょっと太ったのはたしかですけど」



 ミリアは眉をひそめながら、なだらかな胸をペタペタと触った。

 健吾とともに解放軍に加わって栄養状態がよくなったせいか、少女は以前よりもふっくらとしてきている。

 それでも、かえでが知る、彼女と同年代の日本の少女たちと比べると、まだまだ“細め”の範疇はんちゅうに入る体つきなのだが。



「大丈夫大丈夫。あっという間に大きくなるから。あたしくらいのサイズなんてすぐよ、すぐ」


「すぐですか……」



 やや疑わしげに、銀髪の少女は己とかえでの胸を見比べている。

 かえでは自分で言って自分で傷ついた。



 ――この子が大きくなったら。



 ふと、かえでは数年後のミリアを想像する。

 銀の絹糸のような髪は、腰あたりまで伸びているだろうか。

 彼女の父、アウラスにはまだ会っていないが、怜悧れいりな美丈夫であるという。

 娘は男親に似るというから、ミリアも父に似た硬質の美人になることだろう。


 胸も、もっと大きくなるに違いない。

 なにしろ、エヴェンス人はみな、日本人に比べて胸が豊かである。かわりに歳を取ると、腰回りも豊かになるようだが。


 ともあれ、いずれミリアがとんでもない美少女になるのは疑いようがない。

 だが。



「にひ。あんまり待てない――って顔してるわよ?」


「え? そ、そうなのじゃです?」



 かえでが意地悪く言うと、ミリアは動揺をわずかに面に出した。

 健吾への好意を遠回しに指摘され、かなり動揺しているのだろう。

 その様子を、ほほえましげに見ていると。



「……でも、そうかも、しれません」



 かえでから視線を外しながら、幼い少女はそう言った。



「ケンゴさん、あっという間に偉い人になっちゃってますし」


「ま、そうよね。本当、びっくりよねー。あたし、日本じゃ普通の家に毛が生えた程度のお嬢様だったのよ? 健吾くんだって……ま、まあ、似たようなものでしょうし」



 明らかに学歴社会からドロップアウトしている健吾をこっそりとフォローしながら、かえでは言葉を続ける。



「――それが、一国を差配したり、国をまたいだ解放軍のリーダーしてたり……まあたいした出世だわ」



 かえではしみじみと言った。

 身を滅ぼしたという鉄轍也くろがねてつやや怠惰ライフを謳歌おうかしていたらしい天掛美鳥あまがけみとりのことは、考えないでおく。



「わたし、実はエヴェンスの王様の一族だったって知って……怖かったけど、うれしかったんですよ。なんだかちょっぴりケンゴさんに近づけた気がして。釣り合いがとれた気がして」



 銀髪の少女は独白する。



「でも、もうなんというか、あっというまに大陸の半分近くを解放しちゃって……このままずっと駆け続けて、届かないところに行っちゃうんじゃないかって、怖くなります」


「ミリアちゃんも、ついて行ってるじゃない」



 かえでは微笑みかける。



「魔女さんの知識に、“魔法の杖(スタッフ・オブ・マジック)”……その年で、そんなに大きな力を抱えて、それに押しつぶされないでいる。凄いことよ」


「そうですかね? ちゃんと釣り合いますかね?」



 かえでの励ましに、なお不安そうな様子でミリアが問う。

 湯に慣れていないためか、肌が火照って全身真っ赤になっている。



「――でも、ケンゴさんの好みって魔女さんでしょう? 大丈夫なんでしょうか?」


「えー。そうかなー? 魔女さんがあと十年若かったらアリって感じだけど……」


「だから、くっつくのは無いとしても、胸の大きさとか、顔とか。ケンゴさん、ちらちら見てましたし」



 酷い会話になっている。

 だが、魔女シスが無駄に見事なプロポーションと傾国級の容姿の主なのはたしかだ。無駄に。



「え? そうなんだ……健吾くん、意外とえっちね」


「男の人ならふつうなのじゃです」



 ミリアがわかったような口をきく。

 まあ、その通りなのだろうが、かえでとしては、相棒のそんな部分など、どちらかといえば見ないふりをしておきたいところだ。



「……しかし、やっぱり胸か」


「うらやましいんですか?」


「んー……あたしもね、わりと周りからは美少女扱いされてきたんだけど……なんというか、あたしってパーツごとに見ると普通なのに、それが奇跡のバランスで組み上げられてるから奇麗って口だから、魔女さんの胸がここについたところで、かえって不格好になっちゃうのよねえ」



 細い指さきで胸をそっとつかみながら、かえではため息をつく。



「――ま、うらやましいっちゃ、うらやましいんだけど」


「のじゃです」



 ミリアもうなずき、ぺたぺたと胸を触る。

 奇妙な絵面である。


 そこに。



「おっふろーおっふろー。いえー」



 と、気の抜けるような歌声とともに、黒い短髪の少女、天掛美鳥あまがけみとりが浴場に入ってきた。



「天掛さん、ちゃんとかけ湯しなさ、い……」



 浴槽に跳び込んだ少女を注意するかえでの声が、次第に小さくなっていった。

 中学生の天掛美鳥の、さして長身でもない体についている乳房は、通常規格よりもずいぶんと大きいものだったのだ。むろん、かえでの完敗である。男同士なら敬語になっているところだ。



「はーい。なに? ミリアちゃん。ぼくの胸をじろじろ見て」


「……どうやったら、そんなに大きくなるのじゃですか?」


「胸が? んー。寝る子は育つっていうし、いっぱい寝てるから育ったんじゃないかな―?」



 仕事に追われてあんまり寝てないかえでが、睡眠時間の確保を心に決めたのは、ともかく。

 美鳥が飛びこむように浴槽に入ると、泳がせた両足をバタバタさせた。湯がかき混ぜられ、湯に浸かることに慣れていないミリアが悲鳴をあげた。



「ミトリさん、熱いのじゃです!」


「そんなに熱いー? ごめーん」



 大人しくバタ足を止めると、美鳥は、今度は縁石に頭を乗せて、眠るような格好になった。


 胸が、水面から飛び出して浮いている。

 かえでは心の安定のため、見ないふりをした。



「……あー。しあわせー。健吾にぃに貰われてよかったよー」


「ちょっと、変な言い方しない。それじゃあなたが健吾くんのとこへ嫁いだみたいじゃない」



 かえでが美鳥の怪しい日本語をたしなめる。

 すると、彼女はユルい口の端に笑みを浮かべて、手を打った。



「嫁ぐ? あー、それいいねー。ずっと快適ライフが送れるー」


「のじゃ!?」



 爆弾発言に、ミリアが変な悲鳴をあげた。





クロスアームズにおつき合いいただき、ありがとうございます。

このたびなろうコン大賞に応募しました! 応援いただければ幸いです。


◆ぼくの考えたかっこいい武装使い(アームズマスター)


ナンバー11


名前:ルキウス

武装:杖の武装“蒸熱杖ミリアリウム

備考:元はロードラントの浴場技師。宝玉宮の浴場も彼が設計した。時おりフラッといなくなってはまったく新しい浴場の着想を得てくる。母国が帝国に滅ぼされた折、ノルズに逃れ、アシェラッドの偽名を名乗ってノルズ人とともに帝国に反抗していた。母国の情勢を見て帰国、解放軍に加わりつつ、浴場技師としての生活も取り戻した。

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