第二話 武装使い
血が舞い上がる。
絶叫がこだまする。
村は、突然血で彩られた。
唐突の出来事だった。
常のごとく、徒党を組んで現れた帝国兵。
いつもならば居丈高に税をよこせと要求する傲慢な蛮族たち。
金が払えねば食料を、無理だといえば労役と女を、憎き帝国の手先どもは高圧的に求めてくる。
そんな最悪の支配すら生ぬるいと断ずるように。
100人ほどの帝国兵を引き連れた副王グートは、なにを要求するでもなく、応対に出た父老の頭を――割った。
それから、一方的な殺戮が始まった。
“力こそすべて”。
副王グートは帝国の論理に忠実だ。
それゆえ、引き連れた兵たちは精鋭ぞろい。武装使いも少なくなかった。
その上、不意を打たれた村の人々は、まともな抵抗もできないまま、つぎつぎと刈られていった。
「なぜだっ」
阿鼻叫喚の渦の中、村の男が、血泥に伏しながら泣き問うた。
「――なぜ、我らから、なにもかも奪うっ!! いったいなぜっ!?」
その、魂からの問いに。
問われた男は平然と返した。
「気分だ」
ぎょろりと見開かれた目に、感情を感じさせない瞳。
引き結ばれた口は頬まで釣り上がり、まるで狼のよう。
ぼさぼさの長髪を括りもせずに背中に流し、そのうえ上半身裸。身には寸鉄ひとつ帯びていない。
体格に優れた帝国兵の中でも、男は飛び抜けた長身で、だから男の異様な風体は、なおさら目を引く。
男の横で、小さな男が飛びあがってケケラケラと笑った。
「副王! グート副王! 小生代わりに申しますぞ! 副王に代わって申しますぞ!」
卵の上部に顔を描き、それに細い手足をつけたような醜い小男は、鶏のように甲高い声で叫ぶ。
「告げる! アーケディの衆に告げる! 貴様らは玩具だ! 副王の無聊を慰める玩具だ! 女は操を捧げよ! 男は命を捧げよ! 宝を捧げよ! 食料を捧げよ! 村のあらゆるすべてを捧げて副王に尽くせ汚らしい亡国の民よ! ヒーハー!」
「貴様ぁ……」
問いを発した村の男が、よろよろと立ちあがる。
自らの血で朱に染まった顔面を怒りに震わせながら、男は震える手で、鋭く宙をつかんだ。
男の手の内に、突如一振りの剣が現れたのを見て、はじめて、副王グートの眉が動いた。
「ほお? 武装使いか。しかもその鉄量、具現化の手際、なかなかの手練だな」
「グート副王! グート副王! こやつ罪人ですぞ! 帝国に未登録の武将級武装使いですぞ! 死罪に値する謀反者ですぞ! 三族遡って戮すべきですぞ!」
「……うるせえよ」
せわしなく騒ぎたてる小男に、副王グートは邪魔だとばかり拳を振るった。
ぱぎょ、と、異音がして、醜い小男は吹っ飛んでいく。
それには見向きもせず、暴君は笑う。
「よう、武装使い。知っての通り、帝国は力が法だ。おれを殺せたら、その日から貴様がこの国の副王だ」
「副、王?」
深手のためだろう。小さく息を切りながら、村の男は問い返す。
「そうだ。お前の故国の副王だ。上に居るのは八王に皇帝。たったこれだけだ。栄耀栄華は思いのまま、このちっぽけな村も、いや、国中のエヴェンス人すら、守っていくのに十分な地位だ……せいぜい――足掻いてみせろ」
副王グートの発する気質が変わる。
ほとんど同時に、男は跳んだ。
もとより、男は深手を負っている。体が動くうちに決着をつけるべく、自らの持つ最高の一撃を放った。
「うおおおおっ!!」
吼えながら、一閃。
横に切り裂く剣の刃風は、周囲の建物を両断しながら暴虐の副王に襲いかかる。
だが。
暴君は一歩も動かない。
そよ風ひとつ届かない。なにひとつ、届かない。
「斬撃の刃風に特化し、鍛えた“剣”の武装か……なかなかの技だ……が、残念だったな」
力を絞りきった男は、くずおれながら、見た。
大気を割る斬撃から暴君を守った、巨大な鉄の塊を。
鉄塊、ではない。
厚い、とてつもなく分厚い、鉄の門だった。
何者をも通さぬ。存在自体がそう語っているかのような、堅牢無比の鉄城門は、武装の斬撃にも傷一つついていない。
「これがおれの準王級武装、“大鉄城門”……貴様とおれとでは、しょせん“空想”できる鉄量が違う」
武装使いは“空想鉄塊”と呼ばれる思念上の鉱物を鍛え、武装として具現化させる。
“空想鉄塊”は術者が直感的にイメージできる鉄量に依存するが、鉄が貴重なこの大陸では、これほど大規模な武装は破格に過ぎる。
副王グート。
力こそ正義である帝国にあって、王に次ぐ地位にあるのに相応しい、圧倒的な武装だった。
「き、貴様、実力差を知りながら……嬲っていたのか!」
「言ったろう? 気分だと。さあ、有象無象の蛆虫よ、潰れて死ね」
暴君が言い下した。
男が屈辱にうめいた。
村が滅びに瀕した、その、瞬間。
「待ちやがれ!」
王城健吾は現れた。
◆
「貴様は」
副王グートの問いに、健吾はにやりと口の端をつり上げた。
「王城健吾ってんだ。泣いてるガキに“助けて”って頼まれた――通りすがりのセーギのミカタだぜ!」
名のりながら、ゆっくりと。王城健吾は暴君に近づいてゆく。
途中踏みつけた小男が、ぱきょ、と鶏のごとき悲鳴を上げた。
表情には、獣の笑み。
副王グートと、同質の笑み。
「お前、武装使いだな?」
「ああ」
「ならば、お前にも言おう。おれと戦ってみろ。勝てば、おれに成り替わって今日からお前が副王だ」
「へっ。帝国の“鉄の法”ってやつか。帝国が王国だった時代から、永劫不変の法として鉄板に金象嵌で刻みつけられてるっつー」
「……くわしいな?」
「へへっ。ヘンなオンナに、頭に叩き込まれたもんでなぁっ! まあ、それはいいさ――闘ろうぜ!」
「ああ」
獰猛な笑みを浮かべた二匹の獣が対峙する。
先に動いたのは、副王グート。
展開するは鉄城門の武装、“大鉄城門”。
「先に言っておいてやろう。おれの武装は“鉄城門”。こと鉄量においては帝国でも最大。“外敵を通さぬ”ことに概念特化した、準王級武装だ」
「あぁそうかよ。じゃあ、オレも見せてやるぜ……オレの、“武装”ってやつをなぁっ!」
答えながら、健吾は拳を握りこんだ。
ぎりぎりと、拳が悲鳴を上げる。抑えられていた憤怒がほとばしるように、それは噴き上がった。
副王グートが目を見開いた。
王城健吾が拳を振り上げた。
その先に、それは存在した。
「ば、馬鹿な……」
圧倒的な鉄量だった。
帝国において最大の鉄量を誇る副王グートの、ゆうに数百倍。
なお膨れ上がり続ける巨大な鉄の気配に、さしもの暴君が驚愕をあらわにした。
作り物のような瞳に、初めて宿した感情は――恐怖。
原始的な、根源的な、絶対的強者への恐怖の感情。
「おれの鉄量をはるかに超えるだと!? しかも、しかもその武装っ!!」
それは鉄塊だった。
なんの形も為さない。
なんの法理も持たない。
ただただ、そこにあるだけの、文明の匂いの欠片すら感じさせない、巨大な鉄の塊。それが、異様異装の武装使い、王城健吾の武装だった。
「いくぜ……クソ外道ぉっ!!」
吼えながら、健吾は拳を振り下ろす。
鉄の塊が、拳の動きに従い、暴虐の王に襲いかかる。
その圧倒的な質量を前に。
副王グートは“大鉄城門”を支えながら、悲鳴のように叫ぶ。
「こんなものが武装と呼べるものか! 鍛造すらされておらん、ただの鉄塊ではないか! 認めん、認めんぞっ! こ、の――野蛮人があああっ!!」
暴虐なる副王の絶叫すらかき消すように。
重い。ひどく重い音が、村に響いた。
◆
ミリアは見た。
巨大な鉄の塊が、村の中心に落ちるのを。
それは、彼女が助けられた時とおなじ光景。
続いて上がった歓声。それが次第に集まり、大きくなっていくのを聞いて、ミリアは決着がついたことを知った。
ミリアは走った。
自分を救ってくれた男の姿を探して。
わき起こる歓声の中心に向かって駆けていく。
村の、そして歓声の中央に、王城健吾は立っていた。
泣きながら感謝し続ける村人たち相手に、どこか居心地の悪そうな表情で。王城健吾は立っていた。
「ケンゴさん」
そう言ったミリアも、村の衆同様、泣き笑いになっていた。
駆けよるミリアに、王城健吾は一瞬だけ、ほっとした表情を見せた。
「おう、ガキンチョ。お前、笑えたんだなあ……いーい笑顔だぜ!」
健吾は口の端をつり上げ、親指を立てて見せる。
その、獣のごとき笑みは、しかしミリアにとってはひどく――格好よく見えた。
王城健吾は気づいていない。
自分が行ったことが、どれほど破天荒なものなのか。
十年におよぶ帝国の大陸支配。その歴史に、どれほどの風穴を開ける行為なのか。
苛斂誅求にあえぐ旧七王国の民衆に、この事実がどれほどの希望を与えるのか。
それを知る者は、そこまでの見識を持つ者は、この村には――たった一人しかいない。
◆登場人物
グート……狼系無表情巨男
【武装データ】
武装:鉄城門の武装“大鉄城門”
使い手:グート
特化概念:“外敵を防ぐ”
鉄量:S
威力:A
備考:帝国最大の鉄量を誇る、鉄壁の武装。
武装:“鉄塊”
使い手:王城健吾
特化概念:不明
鉄量:あまりにも規格外なため、適切なランク無し。
威力:S
備考:あまりにも規格外な鉄量を持つ、原始の武装。