第二十八話 戦斧の王
男は、修羅であった。
戦い、殺し、喰らい、また戦う。
幼き頃より戦場で生き、戦場を呼吸し、戦場を枕にして育ってきた。
卑賎の生まれだった。
世が世なら、一介の武将止まりの男だった。
だが時代と、なにより生まれた国が、男に味方した。
ヴィン王国。
後に統一皇帝となる偉大な国王は、“鉄の支配”を打ち出し、国内を鉄血で洗い、他の大国を圧倒するほど精強な軍をつくりあげた。
その過程で、王は男を見出した。
当たり前のように戦い、怒号と狂気にまみれた戦場で、呼吸と同じ気安さで血と臓物と殺戮を振りまく武装使いを。
「強者よ」
王は男を抜擢した。
部下をつけ、兵をつけ、部隊を与え、やがて一軍を率いさせた。
敗戦の殿軍、険阻な要害を攻める先鋒、名高い敵将の抑え……男は決まってもっとも過酷な戦場に居た。捕虜となった敵軍の処刑や要人の暗殺。汚れ仕事も嫌な顔一つせずにこなした。
たとえば帝国の宿老とも言える弓の王。
あるいは二代前は同盟関係に過ぎなかった大領主、鎧の王。
彼らとは違い、男は最下級の身分からの叩き上げだった。一兵卒から成り上がった槍の王よりも、さらに異数の出世だ。あるいは、王が最も信頼した臣下は、彼だったかもしれない。
だから、初代統一帝は、彼にいくつかの遺命を残した。
「鎧の王が誰かに敗れることがあれば、即座に処断せよ」
「クラウリーの龍江イシスより南。かつての異民族ホルンの地を強烈に抑えつけよ」
二つは、すでに達成している。
鎧の王は討ち、異民族――山岳のホルンと森のホルンは、物理的に消滅させた。
そして最後の遺命。
「大陸の中心地であり、大陸横路の要地、ローザリアが失陥するようなことがあれば、それは亡国の危機である。奪回に全力を尽くせ」
統一皇帝の言葉を思い出しながら、男――“戦斧の王”エクスは低くうなった。
生ける修羅のごとき男が呼吸するのは、焼けただれた煙と死臭。
「なぜだっ!」
エクスの前に跪かされた男は、血涙を流しながら叫ぶ。
「なぜ、殺す! なぜ村を焼くっ! 食糧も、金も、なにもかも、俺たちは差し出してきたじゃないか!? なのになぜっ!?」
「邪魔だからだ」
「じゃ、邪魔!?」
「ローザリアに巣食う反乱軍の首魁ども……いずれも実力は八王級。なれば、クラウリーの総力を持って当たらねばならぬ……だから、後顧の憂いは無くす」
「――そんな、そんな理由でっ!! えーくぅすううぅうううっ!!」
戦斧の王の名を呪いながら、村の、最後の人間だった男は首を刎ねられた。
その、跪いた首のない遺体に腰をかけながら、血の滴る大刀を下げた男が、エクスに会釈した。
「我が君、いまごろローザリアに行った御子息が、鉄塊の王を殺してるでしょうかね」
「我が副王。レスタードよ。思いもせぬことを口にするな。息子は死んでいるだろう」
「……よかったんでしょうか。御子息は武装の才が無かった。だが、人一倍技を磨かれ、六歳で中堅どころの武装使いと伍す実力です。使い捨てになさるとは」
「“力こそ正義”だ。力を示せぬ弱者など、死ぬべきだ」
エクスの声には、一点の揺れもない。
修羅の世界に住まう殺戮の王に、感情など存在しない。
だから、村を潰し、都市を焼き、すべてを奪い尽くす死の行進を続けていられるのだ。
そして、死の軍隊は、確実に、北へ。ロードラント首都ローザリアへと向かっている。
廃墟となった村のはるか彼方には、すでに国境となっている大河グロスターが見える。
副王レスタードに船の手配を任せると、戦斧の王はローザリア攻めの算段を練りだした。
それが、はっきりとした形を為す前に。
「……なんだ、あれは」
戦斧の王は見た。
空の上を飛ぶ、ちっぽけな金属の塊を。
そして次の瞬間、戦斧の王は目にする。
村の一部が、そこに居た兵士たちや副王レスタードごと、轟音とともに消滅する姿を。
◆
滅んだ村のはるか上空を、翼を広げた青竹色の金属塊が飛ぶ。
翼の上部と胴体の後部側面には、日の丸が陽光を受け、輝いている。
その搭乗席で、ショートカットの少女は、ゆるい笑みを浮かべながら、声をあげた。
「ドラドラドラー! だったかな―? 砲撃は直撃したよー! 村に散開した兵隊さんの一部が無くなっちゃった!」
『いや、暗号とか要らないから。しかも間違ってるし。どこのマージャンよ……ごめん、正確な報告お願い!』
無線機から、長門かえでの呆れたような声が聞こえてきた。
現在彼女は、グロスター川を北に数キロほど離れた丘陵地に居る。
首都ローザリア攻略の際、“超弩級戦艦”を具現化させていた、あの丘だ。
その際、船体を固定するために抉った地形はそのまま残っており、同様にして、今度は南、対岸のクラウリー帝国軍を砲撃したのだ。
最大射程40km弱、有効射程25kmという長大な射程を誇る“超弩級戦艦”ならではの戦法だ。
「めんどくさいなー。こちら紫電改天掛機。現在地は大河グロスター南方約15キロ、高度1000mを時速約300キロで旋回中。外にしがみついてる健吾にぃがなんで生きてるのか意味不明です。どうぞー」
王城健吾は“紫電改”の風防の後ろにしがみついている。
紫電改の安定飛行を優先しているので、ろくに武装も使わずに、である。
人間が存在するのは非常に過酷な状況であるはずなのだが、健吾は野獣のごとき瞳を光らせたまま、苦痛ひとつ見せずにいる。人外としか思えない。
美鳥の報告に、無線機の向こうから、あきらめ混じりの声。
『健吾くんは、ああいうモノだと思っときなさい。それより敵軍の散開位置と民間人の有無は?』
「んー。たぶん、村の中は気にしなくていいんじゃないかな―? きれいに全滅ー。で、敵軍は村から北にはみ出すような形で散ってて、弾着地点はその真ん中やや南寄り? 村? モト村? を狙いから外すなら、もうちょっと手前を狙った方がいいかもー」
『了解! 目的達成後、弾着観測に戻って頂戴!』
通信を終え、少女は眠たげな眼を敵軍に向ける。
その瞳は、混乱と同様を隠しきれない敵兵の動きを、逃さず捉えている。
「どこだ、どこに居やがる。戦斧の王はどこだぁ!!」
背後から風防越しに健吾の声が伝わってくる。
「長門さんに任せといたら、ほっといても死ぬのにー」
「だめだ。オレが、この手で、死んだガキンチョの仇をとってやる。この拳を、直接戦斧の王にぶちこんでやる」
獣のごとき男は、怒りを隠さず叫ぶ。
そして、同時だった。王城健吾が己の敵を見つけるのと、敵が健吾たちの姿を捉えたのは。
「みつけたぁ!」
「ちょっと、ちょっとまって、跳び下りるのは無茶だよー!? いま降りるから。いっくよー!」
飛び降りようとする健吾を制止して、美鳥は武装を解く。
空中に投げだされた健吾の襟首をしっかり捕まえると、少女の体は弧を描きながら沈み始めた。
冷たい殺気を帯びた矢のような視線を感じながら、美鳥は叫ぶ。
「いくよー、健吾にぃ。着地は考えないからねー!」
「いいぜ。ぶっ倒す敵は見つけた。あとは……オレがやる!」
獲物を狙う猛禽と、一個の肉食獣は、絡み合いながら獲物の元へ急降下していった。
◆
轟音とともに、急降下した人の影が、弧を描いて天に昇っていく。
それとは別に、かつて村であった地獄に残された影、ひとつ。
「よう、テメェが戦斧の王だな」
着地のために、両手両足で大地を支えながら、王城健吾は獣の眼光を敵に向ける。
明確な殺気をそよ風のように受け流しながら、戦斧の王エクスは頷いた。
「ああ。貴様はオウジョウケンゴだな」
「そうだ。王城健吾だ」
憤怒を声として発しながら、健吾の瞳は戦斧の王をとらえる。
両者の間には濃密な圧力が渦を巻き、周りの人間は近づくこともできないでいる。
「――テメェ、なんで子供に殺しをさせようとした……なんで自殺させた」
「力こそ正義。それを証明しようとする者を止める手は持たぬ。そして、力無き者は死ぬのみ」
健吾の問いに、非情の王は淡々と答えた。
その声からは、一切の感情の揺れが感じられない。
「そうか……悲しくもねえか。テメェの子供は泣いてたぜ」
「不覚悟。死んで当然の愚物」
その、言葉に、健吾が切れた。
「こんの――外道があああっ!!」
雄叫びながら、武装を具現化させる。
圧倒的な鉄量を誇る鉄の巨腕と、腕に装着された鉄手甲。大小二対の相似形の武装、“鉄機甲腕”。
「――出ろ。“割断大鉄斧”」
応じるように、戦斧の王エクスも武装を具現化させた。
長い刃面を持つ、禍々しい装飾が施された長大な戦斧。鎧の王の装甲すら断った、殺王の武装。
八王級。
大陸最上級の武装同士が対峙する。
あたりには数百の帝国兵が集まり、二人の様子をただ眺めている。
手を出す者はいない。
戦斧の王がそれを好まぬわけではない。
両者が振りまく破壊の渦に巻き込まれれば、木っ端武装使いなど、為すすべもなく死ぬ。それがわかっているのだ。
その、明白な証左ともいえる長門かえでの砲撃は、天掛美鳥の上空からの適切な指示により、破壊の神の鉄槌のごとき残酷な破壊を、帝国兵の上に容赦なく振り撒いている。
地獄のような戦場の、もっとも奥底で。数多の鬼が見守る中で。
王城健吾と戦斧の王エクス。獣と修羅は、同時に贄を求めて襲いかかった。
「おおおおおっ!!」
獣の咆哮とともに、大鉄腕がエクスに襲いかかる。
だが。高速で飛来する鉄の巨塊を、戦斧の王、この恐るべき修羅は、紙一重で躱した。
躱しながら、振り上げた戦斧の武装“割断大鉄斧”を地に向けて叩きつける。
「概念凌駕――“割断”せよ!」
大斧が地を打った――瞬間。
低くうなるような地鳴りとともに、地が、割れた。
「なにぃっ!?」
驚くべき威力に、健吾は目を見開いた。
戦斧の八王級武装“割断大鉄斧”。その万物を“割断”する至上の概念は、健吾ではなく、健吾の足場を襲った。
慌てて避ける健吾の隙を、人の形をした修羅は逃さない。
大地を割る大斧の一撃が、健吾の頭上から振り下ろされる。
健吾は躱さない。
左の大鉄腕を振るい、迎え撃つ。
鈍い異音。
恐るべき速度で振るわれた大斧の一撃は、より以上の速度で飛来する大鉄腕をかい潜り――腕に装着した鉄腕により、防がれた。
左の鉄腕についたのは、浅い傷跡ひとつ。
同時に左の大鉄腕にも、まったく同じ傷跡が刻まれた。
大小の鉄腕が概念的に“繋がる”、“鉄機甲腕”の特性ゆえだ。
「“硬さ”に特化した武装か」
戦斧の王がごく僅か、眉をひそめた。
健吾の武装は“割断”の概念を持つ戦斧の王の武装を防いだ。そのことは、すなわち概念の弱体化を意味する。
修羅の言葉に、獣は獰猛な笑みを浮かべた。
「へっ。鎧の王に何発もぶちこんで鍛えたもんでな。てめえの斧じゃ“切れ”ねえよ」
口の端を釣り上げながら、王城健吾は震えるほどに強く、拳を握りこむ。
「――概念を弱めたところで、我が刃は貴様を“割断”する」
「その前に、オレの拳を“届かせる”!」
概念と概念をせめぎ合わせながら、獣と修羅はふたたび切り結ぶ。
健吾が振りまわす大鉄腕の暴風は、しかし戦斧の王に当たらない。
まるで雪玉を交わすような気軽さで、おぞましき修羅は大鉄腕を紙一重で避け続ける。
避けながら、今度は健吾に刃を向けもしない。
「ナメんなぁっ!!」
健吾は両の拳を振るう。
鉄の巨腕が修羅を押し潰すかに見えた、その時。
「――これを、待っていた」
戦斧の王エクス。
この人の姿をした修羅は、目を輝かせながら前に出た。
健吾は気づいた。
両の大鉄腕は、どちらもエクスの背後だ。
高速で振るえば健吾をも巻き込んでしまう。
そして、いつの間にか戦斧の王との距離は、一足一刀の間境を越えている!
「甘いな鉄塊の王――死ね」
斧の形をした死神の大鎌が、振り下ろされる。
だが、王城健吾は歯を食いしばりながら――跳んだ。
思いきり体を沈め、前に向かって跳びながら、健吾は獣じみた咆哮をあげ、右腕を振るう。
「甘いはテメェだ! ――クサレ外道ぉっ!!」
振り下ろされる大斧と、健吾の鉄腕が、ぶつかり合った。
刹那、八王級の武装が、“割断大鉄斧”が、音を立てて――砕け散った。
健吾の武装“鉄機甲腕”。機械腕と“繋がった”両腕の鉄手甲は、その破壊力さえ共有しているのだ。
驚きに、人の心を持たぬ修羅が、一瞬、目を見張り。
その隙をついて、左の鉄腕が、戦斧の王エクスの胸を貫いた。
「――ガキンチョを殺した報い、受けやがれ」
血まみれの鉄拳を握りしめながら、王城健吾は吐き捨てる。
修羅たる王は崩れない。むしろ、笑みさえ浮かべて、胸を貫く健吾の腕にとりすがった。
「報い? なんの報いか……こんなにも。ああ、まるで――母の腕の中に居る心地だというのに」
修羅の顔から引きずる地獄が抜け落ちている。
母の胎内で安らぐ赤子のように微笑みながら、戦斧の王エクスは健吾に語った。
「力無きは罪……そして、我もまた、力無き者……であれば去ろう。冥府で億千万の修羅と戦う地獄を楽しみに、目を瞑ろう。礼を言うぞ……強き者よ」
戦場で生まれ、戦場で育ち、戦場を呼吸する修羅は、こうして戦場に散った。
健吾は拳を引きぬく。
戦斧の王エクスの体は、前のめりに倒れた。
「……へん。どんなに強くても……欲しいもんに手が届かなきゃ、意味がねェんだよ」
助けられなかった子供を、村を思いながら、王城健吾は拳を握りしめる。
結局、最後まで健吾の想いとかみ合うことなく、修羅は修羅であり続けた。
「ガキが泣くしかねェような世の中はクソだ。子供がいつも笑ってられる、そんな世の中のために。テメェらみてぇなクズは、オレが、オレの正義でぶっ飛ばすっ!!」
その雄叫びに応じたように。凍りついた時が動きだした。
獣と修羅だけのものだった空間に、我に返った帝国の将兵が、我先に割り入ってくる。
「王のカタキ!」
「よくも王を!!」
「貴様っ! 許さんぞっ! みな、かかれっ!!」
爆撃から逃れ、村に集まってきた数千の敵。数百の武装使い。
波濤のごとく襲いかかってくる敵を前に、王城健吾は獣のごとき笑みを浮かべ――吼えた。
「かかってこいよ外道ども! オレはセーギのミカタだぜっ!!」
この日、帝国領クラウリーの帝国兵2万は壊滅することになる。
◆
「……彼らは、はたして人か?」
グロスター川の対岸。
千の義勇兵を率いて残敵に備えていた白髪長髭の老人は言った。ロードラント解放軍の老将、元王臣のテオドアだ。
大陸最強と呼ばれる八王。
そんな彼らですら、このような破壊は行えないだろう。
それを容易く行う健吾たちに、テオドアは恐れを抱かずにはいられない。
「そいつぁわかんねえな――だが、たとえ人じゃなくたってぇ、ケンゴ殿は間違いなく“侠”だ」
だが、彼の隣に立つ禿頭独眼の老人。
大侠シスリーは、同様の感慨を抱きながらも揺るがない。
「それだけは、間違いねえさ」
「シスリー……そうだな」
――たとえ人でなくても、ロードラントにとっては良いものに違いない。
テオドアも、それだけは確信を持っている。
義勇兵たちは、目の前の大勝利に歓喜し、無邪気に健吾たちの名を讃え続けている。
それはいずれ、彼らが帰還する首都ローザリアに、解放諸都市に、そしていまだ帝国の支配下にある地にも、広がっていくことになる。
◆登場人物
エクス……キリングマシーン系男子
【武装データ】
武装:戦斧の武装“割断大鉄斧”
使い手:エクス
特化概念:“割断”
鉄量:A
威力:S
備考:なんでも真っ二つにする帝国最強の戦斧の武装




