第二十七話 刺客
◆これまでのあらすじ
鉄の支配を布く帝国に怒りを抱き、戦う王城健吾と仲間たち。
攫われた魔女シスを追い、帝国領ロードラントに足を踏み入れた健吾たちは、多くの民とともに首都ローザリアに攻めのぼり、“弓の王”ボルグを破る。ミリアを通して魔女シスとの連絡に成功した健吾たち一行に、新たな日本人の仲間、天掛美鳥が加わった。
雲ひとつない蒼天を、少女が駆ける。
幻めいたレシプロ機の駆動音を轟かせながら、宙を舞う少女。
その眼下には、大陸屈指の巨大河川、大河グロスターがその巨体をうねらせている。
「こちら紫電改天掛機。長門さん長門さん、聞こえますかー」
『はい、こちら長門かえで。感度良好。そっちの様子はどう?』
「ただいま大河グロスター上空、キモイ速さで河をさかのぼる商船複数確認。周辺に敵影無しです、どうぞー」
『“超弩級戦艦”の動力で引っ張ってるだけだからキモイとか言わない。ともあれ、了解。こっちは今から船の荷揚げだから、そのまま周辺の警戒をよろしく』
「おなかへったよー、どうぞー」
『じゃあ、うしろの一番立派な船に派手なペンギンみたいなおじさんが居るから、その人に言って食べさせてもらいなさい』
「ミリアちゃんのご飯が食べたいー。まあ我慢する―。どうぞー」
大河グロスターの河畔。
岸に船をつけ、水際に降り立った少女は、通話を終えると、ふう、と息をついた。
そんな少女――長門かえでの様子を見ていた王城健吾が、興味深げに歩み寄ってくる。
「すげえな。携帯か?」
「無線よ。ま、旧日本軍の無線じゃ性能が心もとないから、ちょっといじってあるけど」
ちょっぴり得意気に笑顔を向けながら、少女は勝気な瞳を、背後の商船に向けた。
河船は、河口の商業都市、タッドリーの豪商ギルダーが用立てたものだ。乗せられているのは、オルバン王国から買い上げた食糧の類。
「ひゃっはー! めしだー! みずもよこせー!」
「ああっ!? 御無体ですぞ! 御無体ですぞ!」
後ろの商船から聞こえてくるそんな声は無視して。
「ともあれ、これで食糧の問題も解決、天掛さんが哨戒してくれてるから、防衛もはかどるわ」
「美鳥のやつは死ぬほどイヤがってるけどな」
「だから早めに勢力を広げてくの。どの道防戦一方じゃ、あたしたちがいつまでも動けないわ。東の国境の連中は、エヴェンス解放軍の動きを警戒して動けないだろうから、現解放地は天掛さんが哨戒しつつ防衛、あたしはグロスター沿いに沿岸から攻めて、お爺ちゃんたちはロキシュタッドをねらって……」
「オレは?」
「んー。しばらくはミリアちゃんとローザリアでお留守番、かな?」
かえでは小首をかしげながら答えた。
兵糧が充足したことで、首都ローザリアに集まった解放軍とも呼べない雑然とした集団の再編成も目処が立つ。
武装使いを中心として編成した彼らを、大陸横路沿いの各都市の防衛戦力として配備。天掛美鳥の“紫電改”が上空から警戒に当たる。
その上で、帝国勢力下の各都市の民衆と連絡を取りながら、かえで他、手練の武装使いの手で各都市を解放。ロードラント解放軍が、独力でその組織を維持できるようになるまで協力する。
――そして、最大兵力を配置し、行政の中心地になるローザリアを、王城健吾が守る。
長門かえでは、自らの構想を語った。
「どこかに繋いどかないと、勝手に他国にまでちょっかいかけそうだし……」
こそりと言った彼女の言葉は、健吾の耳には届いていない。
「――ま、オルバン王国ではあたしが留守番してたし、今回は健吾が留守番ってことで」
にひ、と笑う少女に、健吾もおう、と返す。
「ま、魔女さんにも鍛えろって言われた事だしな。修業しがてら、留守番させてもらうぜ……だけどよ、今日のところは」
言いながら、王城健吾は自らの武装を具現化させる。
船をも覆う巨大な鉄の腕“鉄機甲腕”は、荷揚げを終えた分の兵糧をひと掬いにして、軽々と宙に掲げあげた。
鉄の巨腕と同様に、胸の前で掬うような形をとりながら、王城健吾は獣のような笑みをかえでに向けた。
「荷物運びの手伝いをさせてもらうぜ。へっ、こいつを配って、街のガキどもを腹いっぱいにしてやるぜ!」
「ああっ! ケンゴ殿! ケンゴ殿っ! まだ引き渡しは終えておりませんぞっ!? ちゃんと書面で手続きを――」
勝手に強奪めいたやり口で積荷を運び始めた健吾と、悲鳴をあげる豪商を眺めながら、長門かえでは悟りきった表情で無線をつなげた。
「……あー、天掛さん? お食事中悪いけど、ちょっとローザリアのお爺ちゃんたちにこっちに来てもらうよう、伝えてくれないかしら?」
慣れたものである。
◆
そんなことがあった翌日。
まだ、解放軍の編成すら終えていない、そんなときだった。
ロードラント首都ローザリア。
大陸最大規模の城壁を持つこの都市に、ひと組の親子連れがたどり着いた。
父親の姿は、一見して異様だった。
垢じみた粗末な短衣は泥にまみれ、さらには、斬られたのだろう。体の数か所から血がにじんでいる。
その子供だろう。六つかそこらの少年は、そんな父親の背に、爪から血がにじむほど必死にしがみついており、こちらも憔悴しきっていた。
「これは、どうしたことだ」
門番が呼びかけると、父親はおぼつかぬ足取りで門番にとりすがり、必死の表情で言った。
「お、おれは……河むこう……帝国領クラウリーの、者だ……戦斧の王が……頼む、偉い人に伝えてくれ……仇を……」
朦朧としているのか、要領を得ない。
だが、間違いなく非常な事態を告げていた。
話は即座に解放軍首脳部まで伝えられた。
男は手厚い介抱を受けながら、宝玉宮の広間に呼び寄せられる。
集まったのは、解放軍のツートップ、元王臣のテオドアと、大侠シスリー、それに王城健吾、長門かえでの四人。
男の子は、よほど不安なのだろう。父親の背から、ひと時も離れようとしない。
そんな息子の様子を気にかけながら、父親は吶々と語り始めた。
「お、おれは、ブラウシュ村の人間だ……南の帝国領――クラウリーの、北のほうの」
男は語った。
男の住んでいた、小さな村が、帝国軍によって、踏み潰されるようにして消滅したこと。
それを為したのが、帝国八王が一角、帝国領クラウリーを治める“戦斧の王”エクス騎下の帝国兵だということ。
そして、戦斧の王率いる軍団が、首都ディウィッチより、このロードラントに向けて北上中であるということ。その数。
「2万……」
元王臣の老人、テオドアが、己を落ち着かせるように、白い髭をしごいた。
その横では大侠シスリーが、禿頭を撫でながら、眉根を寄せている。
これは本格的な軍事行動だ。
それも戦斧の王だけではない。副王を始め、主だった武装使いを従えていることは、疑うようがない。
だが、足りない。
2万の将兵。武装使い。
そんなものを寄せ集めても、直接戦力として数えられるのは、せいぜい副王以上。八王級武装使いの戦いとは、そういう性質のものだ。
「とはいえ“戦斧の王”エクス……嫌な名前ね」
長門かえでがつぶやいた。
かつてオルバン王国にて、王城健吾に敗れた後、“鎧の王”メルヴは暗殺された。
それを行ったのは、状況的にみて、隣国クラウリーの王である“戦斧の王”エクスの手の者である可能性が高い。
戦斧の王は汚れ仕事ができる人間だ。
だから、それが怖い。潔さも正々堂々もない。ただ殺すと見定めた者を殺す。それが出来る人間ほど恐ろしいものはない。
「ま、数はどうでもいいさ。おい、聞かせてくれよ、親父さん……アンタの故郷を潰したのは、ここをぶっ潰そうと向かって来てやがるのは戦斧の王で間違いねェんだな?」
健吾が問う。
怒りを含んだその言葉に、父親はひどく怯えながらも、うなずき――ふいに、低くうめくと、地に伏した。
子供が、声にならぬ声をあげながら、父親にすがりつく。
健吾はおもわず父親に駆け寄った。
「おい、大丈夫か――」
近寄って――健吾は戦慄した。
父親に、泣きながらすがりつく子供。
その左の爪先は、父親の胸を深く、穿っていた。
「――っ!」
声にならぬ声をあげながら、健吾は飛び退る。
油断だった。
親子は武装使いではない。
だから楽観視していた。
だが。
猿のごとく俊敏に懐へもぐりこんできたこの小さな刺客は、確実に、健吾の死命を制する手段を備えている。
少年の鋭い爪が健吾の喉元に迫る。
健吾はこれを防がんと、己が腕に“空想”の鉄腕を顕現させる。
だが、その動きが、かえって死角を作る。
その死角を突いて、少年の左爪が健吾の脾腹を襲う。
鋭い爪が、急所に突き刺さった――そう、誰もが確信した。
だが、少年の左爪は刺さらなかった。
それを為すには、健吾が己にかぶせるようにして顕現させた、鉄の巨腕。
その、わずか数ミリ分の鉄の厚みを貫くには、武装使いならぬ幼い少年は、あまりにも非力だった。
「ガキンチョ。なんの真似だ」
“空想”の巨腕で少年を捕えながら、硬い声で健吾が問う。
「貴様を殺そうとした」
どこか突き放すように、幼い少年は応じた。
「誰だ。誰に言われた」
「ぼくだ。ぼくが自分で名乗り出た」
「理由は?」
「ぼくが、戦斧の王の子であるぼくが、“力ある者”だと証明するために。そのために、滅ぼした村の男を親に仕立て上げて、貴様を暗殺しようとした」
やはり、己を突き放すように、言葉の通りなら王子であるだろう少年は語る。
「――だが、失敗した。武装もない。暗殺ひとつこなせない……ぼくは、“力無き者”だ」
表情一つ動かさずに、少年は口元を動かし、喉を鳴らした。
「――毒だぜっ! 飲ませるんじゃねぇっ!」
いち早く気づいたのは、大侠シスリー。
だが、彼の忠告は、少年を助けるには遅すぎた。
健吾の武装に囚われたまま、宙に釣られた格好で。
幼い少年はその身を激しく痙攣させ、やがてくたりと力を失った。
目の端から流れる、たった一筋の涙。
それは、この少年の、いかなる感情から生まれたものか。
「こんな幼い子に……」
長門かえでがつぶやくように言った。
六つかそこらの幼い少年だ。
健吾たちの世界では、ようやく小学校に上がったところだ。
そんな少年が、力無き少年が、“力こそ正義”の思想に染まりきり、己の力を示さんと命を捨てる。
「これが、帝国の正義かよ……これが、父親のすることかよ……」
健吾はつぶやいた。
その声は、危険な怒りを孕んでいる。
「――許せねェぞ、帝国! 許せねェぞ、戦斧の王!」
強く、強く、拳を握りこみながら、王城健吾は広間を震わせるほどに叫んだ。
「オレが、このオレが――テメェをぶっ倒してやる!!」
◆ぼくの考えたかっこいい武装使い
ナンバー10
名前:ディッシー
武装:指輪の武装“結婚指輪”
備考:ロードラント首都ローザリアに住む女性絵師。つけた相手と生死を共にする一対の武装を持っている。相手募集中。生涯の伴侶を求めてやまないが、あまりにも愛が重いため、よく振られて泣いている。あぁぁぁんまりだぁぁあぁ! 相手の気を引くためには放火も辞さない炎のヤンデレ。




