第二十五話 天掛美鳥
ロードラント王ボルグは、王城健吾の手により討たれた。
ほどなくして、赤い城壁までたどり着いた民衆たちが、長門かえでの武装“超弩級戦艦”により粉砕された城門から市街へなだれ込む。
王臣テオドアと大侠シスリー。
健吾から民衆の指揮を任された二人の老人は、民衆が暴徒化せぬよう最大限に神経を使いながら、この烏合の衆を何とかまとめて、王の住まう宝玉宮ほか、政治、軍事の拠点を占領することに成功した。
“弓の王”とその精鋭部隊、鉄弓騎兵隊を欠いた帝国軍の動きは終始精彩を欠き、また王城健吾やミリア、途中から加わった長門かえでの協力もあって、さしたる混乱もなく、ロードラント首都ローザリアは陥落した。
一夜明けて、翌朝。
当面の処置を老人二人にぶん投げて、宝玉宮の一角を寝床にした健吾の元に、長門かえでが訪れた。
「おはよ、健吾くん?」
昨日は目のクマと疲労が相まって、凄まじい顔をしていたが、今朝はほとんどわからないくらいに回復している。
だが、にっこりと笑う、魅力的な少女からは、異様な圧力が発せられている。
「か、かえでさんが怖いのじゃです……」
早朝から健吾の世話をしていた銀髪の少女、ミリアが無表情のまま、三歩退った。
だというのに、王城健吾は一切気づいていないように「よう」と声をかける。
「かえで、よく寝たなぁ。疲れてたんだろ。昨日はスッゲー顔だったもんなぁ」
直球で地雷を撃ち抜いた。
ひくり、とかえでの頬が引きつったのだが、健吾は気づいていない。
「――ま、よく寝たせいか、今日はいつもの美人さんに戻ってんだな。
……と、そういやオルバンじゃ、イロイロ任せちまってすまなかったな。それに、今度のことも。駆けつけて来てくれてサンキュな、感謝してるぜ――相棒」
邪気のない笑顔でこんなことを言われて、長門かえでは放つべき言葉を失い、口をパクパクさせた。
その様子に、健吾は怪訝そうに顔を傾ける。
「……どうした? かえで」
「……ごめん、ちょーっと待っててね? すぐ戻るから」
そう言うと、脱兎のごとく部屋を走り出ていった。
「いま、さりげない神業を見た気がするのじゃです……」
ミリアがつぶやいてから、しばらくして。
宮殿の外で、数度の爆音が響いた。
健吾にとって聞きなれたそれは、かえでの武装“超弩級戦艦”の主砲が発射される幻音だ。
感情のやり場である。
それからさらにしばらくして、すこしすっきりした顔の長門かえでが部屋に戻ってきた。
磨き上げられた大理石のテーブルにつき、二人は相対して座る。ミリアは健吾の横だ。まだちょっとかえでに怯えている。
「さて、すっきりしたところで、あらためて健吾くん、これからどうする?」
「魔女さんを助けてェ」
きっぱりと、健吾は言う。
「――だけどよ、魔女さんは、当分は大丈夫だって言うんだよ。その前に鍛えろって」
と、健吾は魔女との会話を、覚えている限り話す。
健吾の記憶力は非常に頼りないが、要点だけは忘れていない。
「ふーん? 魔女さんは囚われてて、でも帝国に突き出されずに生きてて、匿ってる“車輪の王”は魔女さんにベタボレで……? 色仕掛けでたぶらかした?」
「――ちょっと帝国乗り込んでくるわ」
「なにいきなりキレてんのよ。落ちついて! ていうか喪女こじらせてる魔女さんにそんな能力ないからっ!」
いきなりぶちキレて椅子を跳ねのけた健吾を、かえでがあわてて止めた。
かえでも相当失礼なことを言っている。
「で、けっきょく、どうするんですか?」
流れがぐだぐだになったのを、見かねてのことだろう。
横で静かに話を聞いていたミリアが、唐突に話題を戻した。
「魔女さんも心配でしょうけど、しばらくは、ロードラントに手をとられるでしょうね」
「あ? ロードラントの事は、爺さんたちに任せてるぜ?」
「いや、たしかにあのお爺ちゃんたちは強いし有能だけど、無理でしょ。いまの状態であたしたちが居なくなれば、解放軍は潰されるわよ」
「なんでだ?」
「ローザリアに大人数を詰め込んだことによる食糧問題。健吾くんが解放した、大陸横路近隣諸都市の人員をローザリアに集めたことによる、戦力の空白化。そして決定的な戦力不足。どれも深刻かつ速やかに解決しなきゃいけない問題よ。そしてお爺ちゃんたちだけじゃ、なにひとつとして解決できない」
長門かえでは言い放つ。
「――とにかく、民衆の数が多すぎて、首都ローザリアに有る軍糧だけじゃ一時しのぎにしかならない。集まった民衆を戦力として各都市に再配備するにも、とにかく組織化されてない人たちだから、時間がかかる。そして帝国領ロードラントにいまだ残る帝国の武装使いは、数、錬度ともにこちらを凌駕している」
とくに戦力の空白化は深刻だ。
周辺の武将に目があれば、必ず狙い討たれる。そしてそれを防ぐ手段は、ほどんどない。
たとえ魔女の身を案じていたとしても、これを放っておける王城健吾ではない。
そんなことわかってる、と言いたげに微笑を浮かべながら、長門かえでは言葉をつづける。
「――でも、あたしたちが協力すれば、戦力不足は解消される。ついでに、食料は、オルバン王国から運ばせるわ」
「オルバンから?」
「ええ。“鎧の王”が反乱の準備のために蓄えてたんでしょうね。糧秣は各地の倉に有り余ってた。一部は開放したけど、これからのことも考えて、大部分は残してある。それをギルダー経由で買ってきてもらいましょう。さすがにプレゼントするのは、いろんな方面に差し障りが出るから」
タッドリーの豪商ギルダーは、当然ロードラントにもつながりを持っている。
ロードラントの解放軍は、規模を見れば、いまだ国家とは言い難いが、将来のことを見越せば、そして国民感情を考えれば、健吾たちが直接ではなく、商人を通した、ただの商売で済ますのが穏当なところだろう。
そのために、ギルダーはまた無駄に身代を膨らませることになるのだが。
「じゃあ、あとは街道筋の都市が、今あぶねェってことだけだな?」
かえでの言葉を吟味してから、健吾は言った。
口の端に、獣のごとき笑みを浮かべながら。
「ええ。それだけよ」
「じゃあ、行ってくるぜ」
「にひ、そう言うと思ったわ……行ってらっしゃい、相棒」
長門かえでが、小さく手を振る。
それを尻目に、王城健吾は放たれた矢のように飛び出していった。
「……いいんですか? かえでさん」
しばらくしてから。
健吾について行きそびれたミリアが、かえでに問いかけた。
「なにが?」
「こんなことしてたって、ケンゴさんには全然得にならないのに」
「なるわよ。健吾くんならね」
「どういうことです?」
断言するかえでに、銀髪の少女は首を傾ける。
答えるかえでの表情には、確信めいたものが浮かんでいる。
「健吾くんはね。馬鹿みたいに裏が無い人なのよ。子供を助けたい。みんなの笑顔を取り戻したい。そんなことを、心の底から思ってる……民衆も馬鹿じゃないわ。いや、学なんか無いからこそ、見抜く。健吾くんが“他国からの新たな侵略者”なんかじゃなく、困った人を放っておけない――ただの正義の味方だってね」
健吾くん風に言うと「セーギのミカタ」か。
などとつぶやきながら、少女は言葉を続ける。
「――たぶん健吾くんは、民衆に望まれて、この国の王にだってなれる。ま、本人はそんなこと、望んじゃいないでしょうけど」
そう言って。
にひ、と、かえでは笑った。
ちょうどその時、突然起こった爆音の原因を求めてか、老人たちが駆けこんできた。
◆
長門かえでの予測は当たっていた。
健吾が解放した大陸横路周辺の都市は、帝国勢力の好餌となりかけていた。
機械腕の武装、“鉄機甲腕”を使って高速で移動しながら、健吾はこれらの都市を帝国の侵攻から守りきった。
人々の間で王城健吾の名声が高まる中、ローザリアでも、首都奪還を図った帝国の攻撃を、長門かえでがはね退けている。
そんなある日のことだった。
ロードラントの王宮である宝玉宮。
その名の通り、宝玉のごとき淡い緑の屋根を戴く王宮の、はるか上空を飛ぶ影、ひとつ。
強い武装の気配を感じて庭園に飛びだした、かえでとミリアの目の前に、それは軽やかに降り立った。
「やー」
笑顔とともに手をあげたのは、少女だった。
年のころは、十四、五歳か。
耳が隠れる程度の短い黒髪。
呆けたようなゆるい表情をした、かわいらしい少女だ。
身に纏う衣装は、なんの変哲もない安物の短衣。それが、恐ろしく馴染んでいない。
「あなた、何者?」「美鳥さん!?」
かえでの誰何とミリアの叫びは同時だった。
「あれー? ぼくのこと知ってるの? だれ?」
少女――美鳥はこくり、と首をかしげた。
「“二人目”ね」
「ええ。天掛美鳥さん。魔女シスが召喚した四人の日本人、最後の一人なのじゃです」
「そう……天掛さん、なぜ突然、ここに来たの?」
長門かえでが警戒交じりに問う。
その問いに、天掛美鳥は邪気のない笑顔で答えた。
「オウジョウケンゴって人を倒しにー」
◆ぼくの考えたかっこいい武装使い
ナンバー9
名前:パルドン
武装:鉄鎚の武装“風火鉄鎚”
備考:“獅子”の異名を持つ帝国領ロードラントの将軍。風火を引いて振りまわす強力無比な武装の持ち主。勇猛果敢な将であり、“力こそ正義”の信望者。背中に傷を負った帝国兵は容赦なく罰する。かつての大陸統一戦争では車輪の王とともに先鋒を務めることが多かったが、戦車の王がよく単騎突貫するため、自他共に認める次鋒であった。解放都市奪還のため、健吾と戦うことになる。「次鋒“獅子”パルドンいきます!」




