第二十四話 始末
ロードランド首都ローザリア。
大陸一の高さを誇る赤い城壁の上に建つ、望楼。
その上で、王城健吾は腕に装着した一対の鉄腕を振り上げ、交差させる。
上空で、機械腕の武装“鉄機甲腕”が、その巨大な両腕を、交差させた。
ぶんぶんと鉄腕を交差させること、しばし。
彼方に鎮座する鉄の戦艦から断続的に飛来していた砲弾は、それでようやく止まった。
「ふう、やれやれだぜ。ったく、かえでのやつ、ビビらせやがる――っと」
武装を使って望楼から降りると、すぐそこで銀髪の少女が待っていた。
銀髪碧眼。見た目は十歳ほどに見える幼い少女は、手に長大な鉄杖の超八王級武装“魔法の杖”を持ち、静かにたたずんでいる。
「よぉ」
「うむ」
声をかけると、少女はうなずいた。
浮かべる微笑は、魔女シスと同質のもの。
造作は、変わらぬ銀髪の少女のものだが、いつもは無表情なミリアが時折見せるそれとも違い、重ねた年を感じさせる。
「教えてくれ。どういうことだ」
“弓の王”との戦闘中から、ミリアは明らかにおかしかった。
魔女シスのように振る舞い、魔女シスとして語り、彼女の武装まで使って見せた。
そして彼女は言った。
小娘に“魔法の杖”と知識を継承させる折、“繋げ”ておいた、と。
「……ふむ、なにから説明したものか」
少女は言葉を探すように、宙に視線を彷徨わせる。
その姿が魔女シスのそれと重なるせいか、ミリアが妙に老けたように思えて、健吾には違和感しかない。
「まず、妾はいま、帝国皇領ヴィンにおる。“車輪の王”のやつめに連れて来られてのう」
「無事なのか?」
「無事じゃよ。じゃが、まあ、三王を相手にした傷は重くてのう。すこし前にようやく意識を取り戻したところじゃ。で、主と話をしておこうと思うて小娘と意識を“繋げ”た瞬間に、あんな状況じゃったからのう。とっさに加勢したのじゃ」
魔女シスが攫われたのは、東の王国との国境付近。
つぎに彼女が気づいた時には、健吾たちはロードラントの首都ローザリアで弓の王と戦っていたのだから、彼女としてもわけがわからないに違いない。
だが、健吾は魔女シスの返答に困ったように頬をかいた。
「……いや、魔女さんも心配だけどよう。んなことよりガキンチョは無事なのか?」
「ん、んなことより!?」
自分の安否をそんなこと扱いされて、がびーん、と衝撃を隠せない様子の魔女シス。
「……お主は少々、子供に甘すぎやせんかのう。もっと妾を心配してくれても罰は当たらぬぞ? くすん……まあ、小娘には、同意の上で眠ってもらっておるよ。二人三脚しながら戦うわけにはいかぬからのう」
「そっか。よかったぜ……いや、魔女さんを心配してねえわけじゃねぇ。いまも心配だけどよ。ガキンチョは守ってやんなきゃだろ」
「やれやれ……まあ、その通りじゃ。子供は次代の主役じゃからの。それを守り育むのも大人の役目じゃ……妾は産んでないけど。産めてないけど……」
「おい、魔女さん凹むなって。大丈夫だって。全然いけるいける」
「そういう無責任な励ましや気遣いが、よけに妾を落ち込ませるのじゃ……」
と、際限無く落ち込んでいく魔女シス(幼女)の悩みはともかく。
「それより魔女さん、どこだ?」
真剣な口調で、獣の眼光をまっすぐ銀髪の少女に向け、健吾は問う。
「――オレはあんたを、帝国のどこへ助けに行きゃいいんだ?」
その瞳を、碧の瞳でまっすぐに返しながら、少女の姿をした魔女は、答えた。
「要らぬよ……すくなくとも、今のところはのう」
淡々とした口調だった。
「――当分は、どうにかなる気遣いもない。主らも、今はほかにやるべきことがあろう? そちらに集中しておくことじゃ」
魔女シスは言ったが、そんな言葉だけでは、健吾も素直にうなずけない。
「マジで大丈夫なのかよ? 魔女さん、あんた帝国じゃ反逆者なんだろ?」
「うむ。皇帝暗殺を企んだ、言い訳の仕様もない反逆者よ……じゃがの、健吾。今だからお主に言うが、妾は実は皇帝の姉での。じゃから、反逆者とはいえ、そう簡単には殺されはせぬよ」
「……マジで?」
「なんじゃその不審そうな顔は……本当じゃよ。
アウラス殿は知っておったようじゃが、解放軍の他の連中に漏れても面倒じゃし――健吾はうっかり漏らしてしまいそうじゃったからのう。黙っておったのは、すまぬ」
「あ、いや、そりゃあいいんだけどよ。オレが頭悪ぃのはホントだし――じゃなくて、ホントに魔女さん、大丈夫なのか? あんたの無事は心配しねェでいいのかよ!?」
「うむ。心配はありがたいのじゃがな……」
銀髪の少女は、ちょっと困ったように頬をかいた。
「――まあ、椅子の横で車輪の王に雉扇を扇がせとる程度には、困っておらぬよ」
「なんだその状況!?」
反逆者にあるまじきVIP待遇である。
「じゃから、主らは安心してこの国の地盤固めをするがよい。健吾だけでは心配じゃが、幸い、かえでも来ておるようじゃしのう」
少女の視線が、彼方に向けられる。健吾もその視線を追った。
丘の上に存在した“超弩級戦艦”の姿はすでにない。おそらくは、こちらに向かっているのだろう。
健吾はふと、少女を見た。
ミリアの姿をしていながら、彼女はまぎれもなく魔女シスそのもので。
しかし、命をかけて健吾を支えてくれた彼女は、現在、帝国本土で囚われの身となっているのだ。
「……魔女さん、また話せるか?」
健吾が問うと、少女の表情が難しいものになった。
「いや、難しいじゃろう。小娘の負担が大きい上に、あまり繋ぎ続けると“混ざって”しまう。かなりの量の知識を小娘に与えておるから余計にのう。じゃから、つぎはまた、生身で会おうぞ」
そう言って、少女は微笑を浮かべる。
絶世の美女、魔女シスそのものの、微笑み。
一瞬、それに見とれていたことに気づいて、健吾はあわててかぶりを振り、獣の笑みを浮かべた。
「わかった。無茶はしねェ。だけどよ、ぜってェ帝国に殴りこんで、魔女さんを助けてやるからな!」
「……感謝する。じゃが、修練を欠かすでないぞ? 武装は完成したとはいえ、お主はまだ、武装で戦うことに慣れておらぬのじゃからな」
そう、いい残して、魔女シスは目を閉じた。
つぎに少女が目を開いた時、すでに瞳の光はミリアのものになっていた。
「ケンゴさん。大丈夫ですか? 魔女さんが助けてくれるって言ったので、体を渡してたのじゃですけど!」
あわてて詰め寄ってくるミリアに、健吾は笑って返した。
「大丈夫だ。敵はぶっ倒したさ」
駆けてくる長門かえでが城にたどり着くには、まだ6kmの道のりが残されている。
◆
「――む」
と、まぶたに光を感じて、魔女シスは意識を取り戻した。
とたんに、左ひざと脇腹に鋭い痛みが走る。それに耐えながら、彼女は自分が現実に戻ってきたことを実感した。
帝国本土、首都ヴィン。
とある屋敷の一室に、魔女シスは居た。
ベッドに身を横たえているのは、負傷のため、ろくに動けないからだ。
口の堅い少数の侍女に介抱され、不自由はないものの、幽閉に近い扱いである。それも、彼女の犯した罪を考えれば、当然と言えるのだが。
「目を覚まされましたか、我が愛しの姫君」
横合いからかけられた男の声に、魔女シスは目を眇めてつぶやいた。
「……ああ。最悪の目覚めじゃな、車輪の王。目覚め一番に貴様の顔を見るなぞ」
「ひどいっ! ひどすぎるっ!」
黒髪で、長髪を後ろでくくった少壮の男――車輪の王イールは、大袈裟に嘆いた。
「とはいえ、最後の挨拶は交わして来られたようですな」
「うむ。済んだ。これで心残りは無い――まあ、一人だけ、気がかりな娘が居るといえば居るが……まあ、あやつは放っておいても気ままに生きることであろう」
室内は、不気味なほどの静寂に包まれている。
いつもは騒がしくまくし立てる車輪の王も、いまは神妙極まりない。
「いいんですか?」
「なにがじゃ?」
ぽつり、と問いかけた車輪の王に、魔女シスも、静かに返す。
「……王宮に登れば、二度とは帰って来れませんよ?」
「わかっておるわ」
「もし、もし、貴女が何もかもを捨てて拙者と逃げてくれるというのなら、拙者は身分も命も捨てて……貴女とともにありましょう。我が愛しの君」
切々と、車輪の王は語ったが、それもやはり、答えの決まっている提案だった。
「出来ぬよ。それはわかっておろう。のう、イール。帝国が誇る大陸統一の英雄にして、帝国八王が一角、車輪の王よ」
それは、帝国臣民の希望そのもののような名だ。
その期待を、信頼を、なによりも愛する帝国を、彼自身に裏切らせるような真似など、魔女シスにはできない。
そして何より、彼女は使命を果たさなければならないのだ。
彼女にとって、最後の使命を。処刑前の、最後の邂逅で皇帝の命を殺る。万分の一の可能性に賭けて。
「……シス殿下。貴女も不器用な方だ」
「万一成功した折、帝国を立て直せるだけの時間は稼いだ。あとは、この命をかけて、どこまで皇帝の命に迫れるか、じゃが……望み薄じゃのう。やはり最後に託すは、健吾、お主しかおらぬか……」
この数日後。
捕えられた大逆の魔女、皇女シスは、皇帝の住まう白の宮殿に送られた。
白く長大な階段を、彼女を乗せた輿が登っていく姿を、帝国群臣は、嘆き、絶望しながら見送った。
皇帝を諫止し得る、そして暴虐の皇帝を打倒する根拠と能力をもつ唯一の人間が、じきに居なくなる。
誰かが言った。
「――ああ、帝国が、帝国が滅んでゆく」
◆
帝国首都ヴィン。
東の市場は、人でごった返している。
行き交う人の袖がすり合う。そう形容される人混みのなか、警邏の兵士たちが雑談をしていた。
「おい、お前、聞いたかよ」
「何がだ?」
「例の東の反乱だ。お偉いさん方、反乱軍の首魁、“鉄塊の王”を討ちとったやつには黄金二千と封候の沙汰まであるって話だぜ?」
「へえ? 封候――貴族さまになれるのもすげえが……黄金二千なんて想像もつかねえ額だな」
「ま、働かずに食える生活が、人生何十回分てえ額だ。それだけお偉いさん方も危機感感じてるってことだろうが……ま、俺らみたいな下っ端には縁がない話だわな。なにしろ敵は八王級武装使い様だ」
「へー。そうなんだ。へー」
ふいに上がった少女の声に、兵士たちはあたりを見回したが、声の主の姿は、雑踏に呑まれてか、見えなくなっていた。
「働かずに食べられる、かぁ……」
その声は、雑踏の中からわき上がり、喧噪にまぎれて消えた。
◆ぼくの考えたかっこいい武装使い
ナンバー8
名前:クロエ
武装:鉄爪の武装“魔熊鉄爪”
備考:青銅製の鎧で全身をつつみ、鉄の面をつけたロードラント王国解放軍の武将。気分によって面を付け替える。いたって好青年だが腹黒説がついて回る。死んだかと思えばひょこりと顔を出すため、不死身説や代変わり説がささやかれている。鉄爪の武装を使うが、関節技も得意。必殺技のハイジャンプエビ投げ大回転スクリュードライバーは通常の十二倍の破壊力を持ち、女性に特効。
 




