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武侠鉄塊!クロスアームズ  作者: 寛喜堂秀介
第四章 鉄腕疾駆
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第二十三話 弓の王


“弓の王”ボルグ。

 先代弓の王である祖父ヨヨルの武装を継ぎ、祖父亡きあとの帝国領ロードラントに王として封じられた、若き八王。


 彼の短い人生は、決して平坦なものではなかった。

 偉大なる祖父ヨヨルは、帝国の将軍として、数多あまたの戦いで武勲をあげた。

 子宝にも恵まれたが、八人の男子すべてと、三人の孫を統一戦争の激戦のさなかに失った彼は、亡き嫡男ちゃくなんの子で、生き残った孫のうち最年長だったボルグを後継者に定めると、彼に虐待に等しい特訓を施した。



「ボルグよ。わしの後継あとはわしを越えるものでなくてはならぬ。はげめ。励め。ものにならぬと判断すれば、容赦なく廃すぞ」



 加減を知らぬ老将に殺されかけたのは、一度や二度ではない。


 まずは射法を叩き込まれ、ひたすらに弓を射続けさせられた。

 わずか十歳の身で、十の矢束を射尽くして外さず、騎射にも慣れ始めたころ、初めて戦場を経験した。



「わしと同じ戦場観を持て。わしよりはやく賊どもを射抜いてみよ!」



“無駄無し”と呼ばれるヨヨルの騎射は、無造作なようで、外れるということがない。

 至高とも呼べる弓の武装“神鉄弓ブラスター”の恩恵――ではない。純粋に技量によるものだ。

 それがわかるボルグは、懸命に馬を走らせ、射たが、結局彼の矢が、祖父のそれより早く敵に突き刺さることは無かった。


 その後も無数の小戦を経験し、時に特訓で命を失いかけながら、弓が自らの血肉と化したころ、ヨヨルは“神鉄弓ブラスター”をボルグの手に持たせた。



「いずれお前のものになる武装だ。使え。慣れろ」



 それこそが、ヨヨルがボルグを次代の弓の王として認めた証であったのだが、ボルグがそれに気づいたのは、ずっと後のことだった。


 その後、数年に及ぶ研鑽けんさんの末、ボルグは自ら“神鉄弓ブラスター”を顕現させるに至る。

 それを見届けて、弓の王ヨヨルは倒れた。



「よし。よし……これでようやく目をつむれる。亡き皇帝陛下に泉下あのよで奉公できるわい」



 そう言いながら、笑って、永の眠りについた。

 最後に、ヨヨルは言った。



「よいか、ボルグ。二心ふたごころなく新帝にお仕えするのだぞ」



 ――祖父が若き皇帝の本質に気づかず、帝国の繁栄を信じたまま瞑目したのは、あるいは幸運だったのかもしれぬな。



 弓の王、ボルグは心中つぶやいた。

 奥殿に引きこもり、政務をいとい、ただ自らの尊貴を高め続けるのみの新皇帝。

 帝国を支える八王の一角として、ボルグは皇帝に、純粋でない感情を抱いている。



「……だが、泉下あのよの初代統一皇帝よ、祖父ヨヨルよ、そして副王ドレッドよ、ご覧あれ」



 魔女シスとの戦いで、ボルグは足に深手を負っている。

 左足には、今も痛みが走っている、体調は万全にはほど遠い。

 だが、それでも弓の王。この名を持つ者が、ここから退くわけにはいかない。



「――帝国は、この弓の王、ボルグが守る」



 長蛇を為す人の群れを。

 帝国を滅ぼさんと打ち寄せる人の津波を見据えながら、弓の王ボルグは、祖父より受け継ぎし弓の八王級武装“神鉄弓ブラスター”に矢をつがえる。


 緑の瞳が狙う先は一点。

 先頭を駆ける黒髪の獣。王城健吾、ただひとり。

 風を従え、風を巻き、風を切る。暴風の性を持つ“神鉄弓ブラスター”の一矢が、いま――放たれた。







「ミリアっ! 退さがれっ!」



 長蛇を為す人の群れの先頭を駆けていた王城健吾は、唐突に鋼の巨腕“鉄機甲腕クロスアームズ”を顕現させると、ミリアたちを守るように、ひときわ強く、地を蹴った。


 つぎの瞬間、城壁の上より放たれた矢の閃きが、颶風ぐふうを従え襲いかかってきた。



「うおおおおおおっ! “鉄機甲腕クロスアームズ”っ! 守りやがれええええっ!!」



 旋風の一矢は人を薙ぎ、微塵に刻むに十分な力を秘めている。

 健吾は鋼の両腕を交差させ、この一撃を防ぎきった。

 脇をすり抜けた突風が、威力のほどを物語っている。



「あれが弓の王だなっ!?」



 恐れよりも、捕えるべき獲物を見出した喜びで、健吾は口の端をつり上げる。

 城壁の上に立つ弓の王ボルグも、無表情ながら口角をわずかに上げた。



「あれが鉄塊の王――オウジョウケンゴの武装。“届く”概念を持つ、巨大な鉄手甲ガントレットの武装か……強い」



 弓の王はつぶやくように語った。

 正確には鉄手甲ではなく機械腕ロボットアームだが、ボルグにその違いはわからない。



「だが、副王ドレッドのおかげで、貴様を仕留める準備はできている」



 その、言葉と同時。

 ローザリアの城門が重い音を立てて開き、中から無数の騎兵が吐き出された。


 その数200。

 すべてが弓の武装を持つ武装使いアームズマスター

 弓の王が誇る、ロードラント軍の中核、武装弓騎兵ドラグーン

 虎の子の精兵たちは、それぞれ武装を顕現させ、矢をつがえながら、四方八方に散ってゆく。



「ゆけ、武装弓騎兵ドラグーンよ。狙うは背後のロードラント人どもだ」



 弓の王は、弓を番えなおしながら、低くつぶやく。



「――民衆に対する、二百の弓兵の波状攻撃……貴様の武装は“届かない”」



 同じ光景を地上から見る健吾は、思わず舌打ちした。

 弓騎兵たちの動きは、射放つ矢は、明らかに背後の民衆を狙っている。



「ああもバラバラじゃ潰しきれねェ! しかも狙ってくるのは後ろのみんなだぁ? 上等だ、潰して防いで城壁の上にふんぞり返ってるテメェをとっ捕まえてやるぜっ!!」


「ケンゴさん! 気をつけてください! 弓の王の狙いは、“民衆を守り切れなかった”事実を利用して“鉄機甲腕クロスアームズ”の概念を弱体化させることですっ!!」


「あ? ……とにかく分かったぜええェっ!!」



 思わぬミリアの助言に驚きながら、王城健吾は拳を振りまわす。


 同時に、矢が放たれた。

 高速で飛来する矢がある。

 数十に分裂する矢がある。

 真空の刃が、恐怖を引き起こすおぞましい音が、見えざる矢が、無力な民衆に容赦なく襲いかかる。


 そして絶望の雨が、民衆の命を奪い去る――直前。



概念凌駕オーバーロードおっ!! 届けっ! 届けっ! 届きやがれええっ!!」



 機械腕の武装“鉄機甲腕(クロスアームズ)”が矢を吹き払った。

 健吾の拳に従い、頭上を、側面を、縦横無尽に駆ける鉄の巨腕は、矢の雨を、迫りくる武装弓騎兵ドラグーンを、間一髪で薙ぎ払っていく。


 だが、この時、この瞬間。

 王城健吾自身は、まったくの無防備と化した。

 そしてそれは、“弓の王”ボルグが狙っていた瞬間でもあった。



みだ。ったぞ」



 番えていた矢を、放つ。

 風を切り裂き、風を従えて吹き抜ける最速の一矢が、放たれる――直前。



 ――爆音が、世界を蹂躙じゅうりんした。



「なに、ごとだ」



 突風に薙ぎ払われた弓の王はとっさに起き上がり、目を疑った。

 見たこともない爆発。聞いたこともない爆音。その後に残されたのは、大陸一の高さを誇る赤い城壁が、見るも無残に砕けた姿だった。


 それを為した者は、ローザリア南方。距離にして10キロメートル。

 弓の射程のはるか彼方、なだらかな丘と思しき場所に、半ば埋まった形で存在する鉄の巨影の上に存在している。


 長門かえで。

 そして世界最大の武装、“超弩級戦艦スーパードレッドノート”。



「戦艦を陸上で安定させるのに、ちょーっと手間取ったせいで、出遅れちゃったみたいだけど」



 にひ、にひひ、と、妙に怖い笑みを浮かべながら、黒髪の少女は赤い城壁と人の群れ、両方を見据え、宣言する。



「行くわよ、健吾くん。覚悟なさい、弓の王。最っ高の横槍を入れてあげるわ――あたしがねっ!!」



 その、言葉が、意思が、聞こえたわけではない。

 だが、王城健吾は獣じみた直感で、誰よりも早く動き出した。



「うおおおおっ! 散、り、やがれえええっ!!」



 巨腕の大旋風で武装弓騎兵ドラグーンを壊滅させると、健吾は視線をはるか彼方、赤い城壁の上に向ける。



「爺さんたちっ! あとは頼んだぜっ!!」


「承知」「任されたぁっ」



 王臣テオドアと大侠シスリー。

 武装を顕現させながら応じた二人の老人を尻目に、健吾は鉄の巨腕を飛ばす。



「待ってください。わたしも――いや。妾も手伝おう・・・・・・


「――っっ! わあったよ! ついて来やがれえっ!」



 抱きついてきた銀髪の少女の有無を言わせぬ勢いに、健吾は気圧されながら、巨腕に“繋がる”鉄の左腕に力を込める。

 同時に、健吾の体は前方、地に指先を突き立てた左の巨腕に向けてすっ飛んでゆく。



「うおおおおっ!」



 突風に自然、顔が歪められる。

 高速の中で、健吾は鉄の右腕を突き出す。

 健吾を追い越し、飛んでゆく右の巨腕は、城壁の半ばに手をかけた。



「いぃっくぜえええっ!!」



 右手を引く。

 体がもう一段加速する。

 引き戻した左の巨腕を従えて、王城健吾はボルグ目がけてすっ飛んでゆく。


 それを黙って見ている弓の王ではない。

 長門かえでの艦砲射撃に意識を裂かれながらも、高速で飛び来る健吾たちに向け、弓を番え、放った。



「くっ、防げぇっ!!」


「貴様の武装の“感じ”はつかんだ……風巻く一矢で武装をすり抜け命を穿つ」



 風巻く一矢は、進路を防ぐ鉄の巨腕をかい潜り、健吾の喉元に突き立つ。


 そう見えた、刹那。

 必殺の矢は、ボルグの背後から、彼自身の体を射抜いた。



「ば、ばかな……」



 信じられない、というように、弓の王ボルグは目を見開いた。

 彼の前に降り立った、王城健吾。獣のごとき男にとりすがっている銀髪の少女が手にしているのは、まぎれもない。



「空間接続……皇女シス殿下の……“魔法の杖スタッフ・オブ・マジック”……」



 ミリアの手には、少女の手に余る、鉄ごしらえの長大な杖が握られていた。



「その通りじゃ、弓の王。ヨヨルの孫よ」



 魔女シスと同じ口調で、銀髪の少女はうなずく。



「魔、女が……囚われてなお帝国に仇なすか」



 はらわたられ、口から血を漏らしながら、弓の王は銀髪の少女をにらむ。



「妾は帝国を思うておるよ。すくなくとも、現在いま玉座に座っておる男よりは、な」


「……女狐め……泉下あのよで、貴様の末路を……見ているぞ……」



 やがて、地に伏した弓の王の呼吸が途絶えた。

 急速に光を失う男の緑眼を、最後まで眺めてから。

 銀髪の少女はふりかえり、健吾を見上げ――微笑をうかべた。



「小娘に“魔法の杖スタッフ・オブ・マジック”と知識を継承させる折、“繋げ”ておいたのが、思いもよらず役に立ったのう……健吾よ」



 その、変わらぬ口調に、思わず健吾の表情が崩れかかった。

 が、はるか彼方からの砲撃が、あやうく健吾たちを直撃しかけ、ふたりは慌てて長門かえでを止めに走る羽目になった。





◆登場人物

ボルグ……修業大好きドM系男子


【武装データ】


武装:弓の武装“神鉄弓ブラスター

使い手:ヨヨル、ボルグ

特化概念:“風を従え、風を切り、風を巻く”

鉄量:B

威力:S

備考:威力精度速度に特化させることが可能な、帝国随一の弓の武装

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