第二十一話 届く想い
◆これまでのあらすじ
銀髪の少女、ミリアを助けたことをきっかけに、王城健吾は帝国勢力を次々に打倒し、恩人である魔女シスをついに助けた。
長門かえでを始め、頼もしい仲間も増え、エヴェンス王国の開放がなされる中、健吾は自分の武装を鍛え始める。だがその最中、八王たちの手によって、魔女シスは敗れ、ふたたび攫われてしまった。
ロードラント。
大陸中央部に位置する小国である。
トレント、クラウリー、エヴェンスなどの名だたる強国に囲まれ、その領土を蚕食されながら、大陸統一に乗り出したヴィン王国――後の帝国に、早期に併合された。
強国に囲まれた地理ゆえか、外交は定まらず、今日トレントにつけば、明日にはクラウリーに従うという風情で、だからか国民も、どことなく強者に従う軽薄な国民性を持つ。
大陸の要路と、グロスター川を抱えるこの地は、かつて複数の大商人を輩出していたが、大国同士の戦場となり、荒廃したことで衰退し、現在はその地位をタッドリー商人に譲っている。
ヨヨル、ボルグ。二代に渡り、弓の王に治められるこの国は、“力こそ正義”を絶対の法とする帝国に収奪されつづけているため、十年たった現在も、いまだ十分な復興がなされていない。
そんなロードラントに、王城健吾とミリアは乗り込んだ。
目的は、当然、攫われたであろう魔女シスの行方を追うためだ。
首都エアのアウラスには、最低限の伝言が託けられたのみだ。アウラスの胃の状態が懸念される。
そして現在。
二人は、数百の人間を引き連れて、ロードラント首都ローザリアへの道を爆進していた。
「なんで? なんでこんなことになっちゃってるんですか?」
「わかんねえよ!」
悲鳴をあげるミリアに、健吾は叫び返したが、彼が元凶である事は言うまでもない。
帝国の苛斂誅求にあえぐロードラント。
街道沿いの村を通りすがった王城健吾は、そこで見た。
税と称してすべてを奪われる村人たちを、ただ戯れに殺されようとする村人の姿を。
そんなものを見過ごせる健吾ではない。
助けて、感謝されて、そんな村人たちに、健吾は聞いた。
「ここを、スゲェスピードで走ってった武装使いを見なかったか?」
幾人かの村人が、負傷した王たちが走り去る姿を目撃していた。
そのうちの一人は、彼らの乗る馬無き戦馬車に、女が乗せられていたことも確認している。
「なら、行くっきゃねえな」
向かう先は、と問うミリアに、健吾は首都ローザリアだ、と答えた。
「とにかく弓の王の野郎を追いかけて、ぶちのめして、締めあげて、魔女さんの行方を吐かせてやるぜ!」
車輪の王イールの乗る戦馬車の八王級武装“絶影鉄輪”には、とてもではないが追いつけない。
だが、来襲した王のうち、弓の王ボルグは、健吾たち解放軍が支配するエヴェンスと国境を接していることもあり、自国を離れることはないだろう。
国家防衛のため、前線に出て迎え撃つか、それとも後方で万全の準備を整えるか。
いずれにせよ、首都に向かえばいずれ王に往きあたる。そこで王を締めあげて、魔女シスがどこへ連れ去られたか、吐かせればいい。
むろん、王城健吾はそこまで考えていない。
だが、彼の単純化された脳が備える、野生の嗅覚じみた直感は、魔女シスへ至る道を確実にとらえている。
二人の会話を聞いていた村人たちが、健吾の事情を理解できたはずはない。
だが、彼は言った。
弓の王をぶちのめす、と。
ならば、ほかならぬロードラントの民が、協力しないわけにはいかないではないか。
一人、二人、同行を願う声があがる。
それが幼い少年から杖つく老爺にまで及んで、そんな彼らに、健吾は言った。
「好きにしな。ただし、待ってやんねェぞ。ガキと爺さんは置いてきな」
そのままさっと踵を返す健吾の後ろで、男たちがあわてて物資をまとめに走る。
それすらも待たずに、健吾は先を急いだ。
急いだ先で、同じことを二、三度繰り返して……今に至る。
現在、王城健吾に従うロードラント人は200人あまり。
最後に解放された都市ラインビーの民衆がまだ追いついていないので、さらに数百人は増える計算だ。
健吾は特に誘っていない、どころか、先を急ぐ健吾は、ろくに声さえかけていないのだが、それでも自然と人が声をかけ合い、三々五々とついて来ている。
まばらながら長蛇の列を為す集団は、ラインビーから大陸横路を西へ半日も行ったあたりで、その往き足を止めた。
国土の大部分が平地であるロードラントには珍しく、なだらかな丘陵が続く地形で、大陸横路はその谷間を縫うように走っている。
そこで、健吾は強い武装の気配を感じたのだ。
ミリアも同様に感じたらしく、健吾に身を寄せた。
「ケンゴさん……」
「ああ。この奥だ。強ェ武装使いが居やがる」
健吾たちが足を止めても、後続の集団は止まらない。
むしろ、今のうちに追いつけとばかり、行き足を速めている。
その様子を見て、健吾は心を決めた。
「ミリア。先に行ってぶっ倒してくるぜ」
「はい。気をつけてください」
こくりとうなずく幼い少女を尻目に、王城健吾は駆けだした。
◆
「――居やがったな帝国野郎!」
街道を走りながら、前方に敵の姿を認めて、王城健吾は声をあげた。
左右の丘陵がもっとも高くなる、自然、谷がもっとも深く形成される、その中央に、男は立っていた。
年のころは、四十過ぎ。
赤茶けた戦場焼けの肌に、白いものの混じった髪を後ろに撫でつけている。
鋼鉄のような巨体を真赤な鎧で覆い、腕にはめられた鉄色の手甲からは、強い武装の気配。
「いかにも。先王ヨヨル様の代よりロードラント副王を務めてる、ドレッドってんだ。その、隠しきれん圧倒的な気配。あんたぁ“鉄塊の王”オウジョウケンゴで間違いねえな?」
「ああ。察しの通り王城健吾だ! テメェらにさらわれた魔女さんを助けに――来たぜ」
眼前で、握り拳を握る。
その手から、圧倒的な気配が放射されている。
「そうか……俺は弓の王、ボルグ様の命令を受けてここに居る。シス殿下との戦いで、ボルグ様は深手を負われたのでな。“鉄塊の王”の来襲に備えろ。そして可能な限り、時間稼ぎをしろ――ってな」
「時間稼ぎ?」
「ああ。ボルグ様の傷が癒えるまでの、な……だが、予想外だったぜ。お前が単身ロードラントに特攻んで来たことも、足手まといの民兵なんぞを連れて、のんびりやって来やがったことも。おかげで段取りが狂いっぱなしだ」
「知らねえよ。行きがかりだ」
健吾とて、好きでやっているわけではない。
だが、苦しんでいる民衆を見れば、子供の泣き声が聞こえれば、王城健吾は助けに行かざるを得ない。自分の正義を裏切らぬために。
「まったく、計算違いもいいところだぜ。こんな怪物を相手にしなきゃなんねえなんてな」
副王ドレッドが、ため息をついた。
「――単純に強えのは分かってたさ。だがよ、明らかに他国者とわかる男に、ロードラントの民衆が雪崩をうってついて行く。あんなゾッとするような光景を見せられちゃあ、おい、生かしておくわけにはいかねえぞ」
「やってみろよ。俺は死なねェ。生きて魔女さんを取り返す! いくぜ――うおおおおっ!!」
叫びとともに、健吾は拳を突き出した。
彼我の距離は五十歩。とうてい拳が届く距離でもない。
だが、“空想”状態の武装による一撃は、致死の衝撃を帯びて副王ドレッドを襲う。
だが。
「――おっと」
副王ドレッドの手甲が翻ると、彼の巨体は数歩も離れた場所に移動していた。
直後に衝撃が駆け抜け、地が裂ける。その様を、巨漢の副王は冷や汗を浮かべながら横目で見ていた。
「……とんでもねえ武装だな。実体化せずにこれかよ……俺の武装が――“受け流す”概念に特化させた“柔理の手甲”がなかったら、一撃で終わってたぜ」
「やるじゃねェか。だがよ、つぎは本気で行くぜ? オレのこの手はテメェに“届く”」
「かも、しれないな。だがよ、鉄塊の王。俺も王の命を受けた身だ。そう簡単にはやられねえよ――どんな手を使っても、な」
副王ドレッドが手を振り上げる。
それが合図だったのだろう、直後に武装の気配が生じた。
左右の丘陵から湧き出た人の影、その数、数十。いずれも弓の武装使い。
彼らの狙いは、健吾ではない。
その後方、健吾を追うように丘陵部に入ってきた民衆に、彼らの殺意は向けられていた。
「――テメェ!?」
「“鉄塊の王”、お前も厄介だが、それ以上に、あのロードラント人どもは厄介だ。あいつらを放置しておけば、群衆は雪だるま式に膨れ上がり、やがて帝国勢力を洗い流す津波と化す……始末させてもらうぜ」
副王ドレッドの言葉に。
王城健吾は、怒りに歯を食いしばりながら、つぶやく。
「……させねェよ……させるかよ」
全身から、膨大な気配が放射される。
猛烈な、そして圧倒的な武装の気配。
それが、健吾の交差した両腕で、頭上で、強く強くうなりながら収束していき――実体を持って顕現した。
それは、鉄の手甲だった。
指先まで覆う、武骨で、鈍重そうな手甲。それが、二対。
王城健吾の両腕に一対。そして、それよりもはるかに巨大な鉄の手甲が、健吾の眼前に浮かんでいる。
「これが、オレの武装、“鉄機甲腕”……」
交差させた腕を、振り下ろす。
健吾の腕と同期したように、二本の巨腕は左右に振り下ろされた。
「――泣いてるガキを、苦しんでるみんなを、そして魔女さんを助け出す! そのための、そのための、全部に届くオレの鉄腕だあああああっ!!」
叫びながら、概念凌駕。
半身になって右腕を突き出す。
同期した右の巨腕が、轟と音を立て、凄まじい速さで飛んでゆく。
“届く”概念そのものとなった鉄腕は、帝国の武装使いたちが、民衆を射殺さんと放った矢を、間一髪で吹き払った。
「いぃきやがれえええええっ!!」
続けざま、健吾は腕を横薙ぎに払う。
その動きに従って、鉄の巨腕“鉄機甲腕”は、丘の上の武装使いたちに襲いかかる。
突如襲来した鉄の巨塊に、帝国の武装使いたちは、為すすべもなく薙ぎ払われていく。
その様を、副王ドレッドは呆然と見ているしかない。
健吾が残した左の巨腕は、ぴたりと彼に向けられている。
帝国兵たちを薙ぎ払った健吾は、男に向き直った。
抑えきれない怒りが、この獣じみた男の全身から放射されている。
「つぎは外さねェぜ。テメェが武装で“受け流す”としても、オレの鉄拳はテメェに“届く”」
副王ドレッドは悟らざるを得ない。
おのれの武装と、王城健吾の武装。その相性が、最悪だと。
「弓の王様……先王陛下とともに、泉下よりご武運を祈ってるぜ……」
もう一度、手を振り上げながら。
副王ドレッドはそれでも青銅の剣を抜き、健吾に立ち向かう。
その無謀を残酷に断ずるように、王城健吾は左の拳を構え――突き出した。
「おおおおおおっ!!」
怒りの雄叫びとともに。
重い、重い音が、谷に響いた。
◆
その頃、エヴェンス王国西端、リムリック砦では。
「……え? 魔女さんが攫われて、健吾くんがロードラントに突っ込んでいった? ……え?」
事態についていけず、ちょっぴり涙目になっている少女が居た。
◆登場人物
ドレッド……名前と髪型が合ってない歴戦の戦士系男子
【武装データ】
武装:手甲の武装“柔理の手甲”
使い手:ドレッド
特化概念:“受け流す”
鉄量:B
威力:A
備考:攻撃を受け流すことに特化した、帝国屈指の防御型武装。
武装:機械腕の武装“鉄機甲腕”
使い手:王城健吾
特化概念:“届く”
鉄量:規格外
威力:規格外
備考:同期させた大小二対の機械腕。“鎧の王”、“杖の王”の力を借りて生まれた規格外の武装。




