第二十話 託す想い
「八王級……しかも、三人……」
戦慄とともに、魔女シスは言葉をこぼした。
はるか西の方、迫りくる強力な武装の気配は三つ。いずれも八王に等しい規格外だ。
魔女シスは自分の観測の甘さを呪った。
彼女が知る、大陸統一以前の戦争であれば、王級の武装使いを一戦場に集中させることなど、ほとんどなかった。
それに、大陸統一後、八王はそれぞれ旧王国を預けられ、王同士の交流も絶えて久しい。おまけに八王はそろいもそろって癖のある者ばかりで、しかも大陸統一がなされた現在、単純に味方同士とは言い切れない。
だから、三人もの王を一戦場に集める、などという規格外の難事を、これほど早くに為せるなどと思いもしなかった。
――車輪の王を見くびっておったか。
金髪を撫でながら、魔女シスは舌打ちする。
「――まさか、三人もの王を一か所に集めるとはのう」
「どうしましょう。やっぱりケンゴさんに」
「いや」
銀髪の少女、ミリアが不安げな視線を向けてきたが、魔女シスはかぶりを振った。
「――健吾の“固定”は、じきに終わるであろう。ならば、妾がその間、時を稼ぐ」
「むちゃです。そんなことする必要なんてないです。相手は三人も居るんですよ? たった一人で時間稼ぎなんて」
魔女シスの、暴挙とも呼べる発言に、ミリアが語気を強めた。
敵が攻めてきたら、武装の鍛錬を止めて、健吾と魔女シス、二人で戦うことは、以前から決めていたはずだ。
だが、それを相談した時とは、前提が違ってしまっている。
これほど早く、三王が集結する事態を、彼女は想定していなかった。
「ミリアよ。今は健吾を下手に戦わせたくない……健吾の武装、“鍛造鉄塊”。あれが失われるのは、あまりにも惜しいのじゃ」
魔女シスは言った。
健吾が、鎧の王との戦いで図らずも生み出した、鍛造鉄塊。
無敵の防御力を誇る鎧の武装“無敵甲冑”に叩きつけられ、圧縮鍛造された健吾の武装は、一度損なわれれば再現不可能だ。
王の一人や二人が相手であれば、彼女がなんとかフォローできた。
だが、さすがに三人もの王を相手にするとなれば、魔女シスとて眼前の敵に集中せざるを得ない。
「……そんなに、大事なことなんですか?」
「うむ。健吾のあれが武装を為せば……あの狂人、皇帝にすら手が届く。そのような武装を得る機会を、妾は失うわけにはいかぬのだ」
「でも、そんな。命がけだなんて……」
「小娘よ。侮るでない。妾を誰だと思っておる?」
不安げなミリアを宥めるように。
魔女シスは、微笑を浮かべながら、少女の頭にふわりと手を置く。
「――絶世の天才と謳われ、八王随一の実力を持つ妾じゃぞ? やってみせるよ」
魔女シスは気づいていないだろう。
彼女のたおやかな笑みが、ミリアの中で、王城健吾の野獣のような頼もしい笑みに、重なったことに。
気づかないまま、魔女シスは言葉を続ける。
「それに、ミリアよ。妾は、妾の目的を達するために、そのためだけに、健吾や、かえでたちを召喚した」
それに関して、魔女シスは後悔していない。
彼女は、おのれの目的のために、最善と信じることを為した。
だが、自分の執念に巻き込まれた少年少女たちをうち捨てにするつもりは、彼女にはない。
「――死ねぬよ。あ奴らが、この世界で、やりたいことをやって……“帰りたい”と願うまでは、のう……」
「……魔女さん」
感じ入った様子のミリアの額に、魔女シスはふいに杖をあてた。
「ま、それはそれとして、保険はかけさせてもらうがのう」
「なにを――」
言いさして。
銀髪の少女は、ふら、と倒れた。
魔女が持つ杖の先端は、鈍い輝きを放っている。
◆
「――待っておったぞ」
リムラック砦がその触腕のごとき城壁を伸ばして圧迫している、街道。
その中央に立って、魔女シスは三人の王の進行を阻んだ。
王たちが速やかに戦馬車から降りる。
魔女シスは素早く視線を走らせた。
黒髪で、長髪を後ろでくくった少壮の男――車輪の王イール。
彼の横に並んでいるのは、黒髪茶瞳、神経質そうに朱柄の槍を揺らす壮年の男と、若く、寡黙そうな、金髪緑眼の弓士。
「一人は初見。車輪の王は以前に会ったが……久しいのう。槍の王――ランスよ」
「おひさしゅうございます。それがしごときを覚えていただいておりましたか」
槍の王――ランスは神経質そうに頭を下げ、続ける。
「――皇女、シス殿下」
その、言葉に。
魔女シスは、当然のようにうなずいた。
皇女シス。
大陸を制覇し、統一を為した初代統一皇帝の娘。
絶世の天才と呼ばれ、“力こそ正義”を絶対の法とする帝国、その頂点である八王唯一の女王。それが彼女に他ならない。
「おひさしぶりです我が愛しの君ぃっ!」
「ま、車輪の王はいいとして。主は初顔じゃのう。じゃがその武装、まぎれもなく弓の八王級武装“神鉄弓”。それを受け継いでいる、ということは……ヨヨルの子か孫か?」
「ひどいっ!? ですがっ、ええその通り。彼は死んだヨヨル爺さんの孫でボルグといいます破城鎚の王と同じく新たに任命した八王ですねしかしヨヨル爺さんの孫だけあって弓の名手で武装も強い。おまけに寡黙な色男だオジさんやんなっちゃいますよそう思いませんか我が愛しの君っ!」
「己をおじさん呼ばわりするでない。同い年の妾が地味にへこむわ――とはいえ」
あらためて、魔女シスは三人を視線で撫でる。
それぞれが超一流の武装使いであり、各々すでに武装を顕現させている。
凄まじい威容である。
「三王そろい踏みとは、帝国統一時にもほとんど無かったぞ。まさに壮観」
「大人しく縛についていただけますか? 我が愛しの君」
「まさか」
うやうやしく頭を下げる車輪の王を、魔女シスは鼻で笑った。
「――主も、妾がそんなつもりで出てきたと思っておるわけではあるまい……今度こそ、殺し合いじゃ」
「殺し合い? いやいや、あいにくと拙者は臆病ですからね、皇女殿下を殺すだなんて、とてもじゃないが出来やしない。不利になろうがなんだろうが、全力で捕まえさせていただきますよっ! ――それじゃあやりますかっ! さあ疾走れ疾走れ拙者の“絶影鉄輪”!!」
「ああ、嫌だ嫌だやはりこんなことになるのかまた貧乏くじか……」
車輪の王が、槍の王が、退って距離をとる。
その、合間を縫って。
「――風を巻きて中れ、“神鉄弓”」
弓の王が、至近距離から抜き射ちに矢を放った。
速度は神速。
風を従え飛び来る神速の矢は、魔女シスの足に吸い込まれ。
「ぐっ!」
つぎの瞬間には、後方に飛んだはずの、槍の王の左足を掠め、彼方へと吹き抜けていった。
一瞬遅れて槍の王の足から血がほとばしる。
「ぐわっ――くっ、ボルグ、まさか貴様も結社の人間かっ!?」
「んなわけないっての落ち着きなよランスのおっさん! 弓の王、説明してやるからそのまま聞きな! 今のが杖の王、皇女シス殿下の得意技、超八王級武装“魔法の杖”による空間接続だ。自分の目の前とおっさんの後ろの空間を繋げたんだぁ! 気楽に射るなよぉっ!」
車輪の王の声に、魔女シスは鼻を鳴らして杖を振るう。
淡い燐光が、杖を覆っている。
「まったく。たがいに手の内を知る者同士、やりにくいにもほどがあるわ――じゃが」
杖が、唐突に灼熱の色を発した。
「王が三人。それで足りると思ったか? この、絶世の天才を相手に!」
「まずいぞ。火焔山の溶岩弾だ! 食らうなよおっ! 当たれば拙者たちの武装とてただじゃ済まんぞっ!」
「……“感じ”は掴んだ。つぎは空間のゆがみをかい潜って中てる」
「そうだ。それがしはこんなことをしている場合ではないのだ。とっとと用を済ませて国に帰るのだ――穿つぞ、我が相棒“黒槍”」
弓の王が、槍の王が、それぞれに得物を構える。
八王。
その名にふさわしい気を放つ三人。
純粋な戦闘力で言えば、いずれも魔女シスに劣るものではない。
一対一ならともかく、三対一では、防御に専念したとて、出来るのは敗北までの時間を引き延ばすことくらいだ。
その間に王城健吾が武装を完成できるか、といえば、五分五分よりもはるかに分が悪いだろう。
砦に引きこもり、部下の武装使いを消耗品同然に使い捨てたとしても、相手が王では、結果にそれほど違いはあるまい。
だが、その事実を正確に認識しながら、魔女シスは笑う。
――いつからであろうな。
三王に対しながら。
炎弾を撃ちながら、彼女は己に問う。
――いつから、妾の憂いは払われていた?
帝国を、大陸を滅ぼすであろう狂った皇帝。
それが、絶世の天才と呼ばれた己が死力を振り絞っても、けっして届かぬ存在だと、痛切な実感とともに知った時、彼女は絶望した。
帝国は破滅する。
それを止めることはできない。
どれほど頑張っても、どれほど策を巡らせても。
だから、彼女はそれを為せる力を持つ者を欲した。
己の武装、“魔術の杖”で世界と世界を繋ぎ、皇帝を倒せる武装使いの才能を持つ者を探し求めた。
その末に、彼女と出会った。
長門かえで。こちらとは相いれない、異世界の思想。
それをとりわけ知悉しており、また行動力をも有する超危険人物。
彼女の知識を覗いた時、帝国にとってあまりにも危険すぎるその思想に、恐怖と畏れを抱いた。
だが、彼女はその思想の過激さとは裏腹に、優しく、凛々しく、そして勇気ある、王者のごとき少女だった。
そして、彼と出会った。
王城健吾。野獣のような容貌に、物腰。
最初会った時には、思わずどこかの蛮族を呼び寄せてしまったのかと勘違いしてしまった。
だが、彼は蛮族のような外見をしていながら、誰よりも優しく、民草を――弱きものを、助け、彼らの幸福を考える、英雄のごとき男だった。
――そう、妾の願いに必要な者はもうそろっておる。妾の役目はすでに果たされている。彼らが、そしてミリアがいる限り、妾にはもう憂いはない。
健吾が武装を完成させれば。
彼女が見いだした二人が万全となれば。
――もはや我が生に……悔いなどない!!
浅くない傷を負いながら、魔女シスは憂いなく戦い続ける。
相手にも、それぞれに深手を負わせてはいるが、いかんせん数の差が決定的だ。
じわり、じわりと、捌ききれなくなってきた敵の攻撃。負傷のため、魔女シスの意識はしだいに闇に沈んでいき……そして、消えた。
◆
ふと、ミリアは目を覚ました。
床に横たえていた身を起こし、しばし。
「――っ、魔女さん!?」
意識を失う前の状況を思い出し、少女は思わず叫んだ。
だが、応える者はない。
「誰かっ! 誰かっ!」
砦の者を手当たり次第に捕まえて、ようやくミリアは知った。
魔女シスが、たった一人で三王に対し、戦っていることを。
烈風吹き荒れ、溶岩が濁流となって溢れる、あまりにも危険な状況に、彼らが戦闘の行方を見届けることすらできずにいることを。
ミリアは意を決して駆けた。
向かう先は、王城健吾の篭もっている部屋だ。
部屋に飛びこみ、集中のためか微動だにしない健吾に、ミリアは必死で声をかける。
「ケンゴさん! ケンゴさん! 魔女さんを、魔女さんを助けてくださいっ!」
ミリアとて分かっている。
いま“固定”を放棄すれば。
戦闘で鍛造鉄塊を失えば、最初から一度やり直しだ。
それがわかっていても、ミリアは魔女シスを。
あの、うらやましくなるほどに美人で、でもちょっと残念で、そして優しい、あの魔女を、身捨てることなど、できない。
その、必死の想いに。
王城健吾は無言のまますっくと立ち上がり、叫んだ。
「当たり前だっ!」
叫びながら健吾は走った。
武装を鍛えることなど、頭の中から抜け落ちている。
健吾が理解したのは、たったひとつ。魔女シスが戦っている、それだけだ。
“固定”の作業を中止するのに、そして武装消失の危険を冒して戦うのに、十分な理由だった。
「ケンゴ様! 今外に出るのは無理ですっ!」
砦兵の制止を振り切って、健吾は飛びだした。
砦の門は物理的に開かないというので、城壁伝いに戦場となっていた街道に向かう。
だが、一帯を支配する熱気が、健吾の接近を阻む。ちりちりと肌を焼かれながら、それでも前に進み、健吾は見た。
「これ、は……」
そこにあったのは、戦場とも思えない、惨劇の傷跡だった。
道が、抉られ、削られていた。城壁が、崩れていた。溶岩が、街道を埋め尽くしていた。
それを為したであろう王たちの姿は、すでに存在しなかった。
死んだか、それとも逃げたか。いずれにせよ、魔女シスが身命を賭して、砦を王達から守ったのだと、健吾は悟った。
「魔女、さん……」
彼女の姿はない。
王たちに連れ去られたのか、それとも死んだのか。
いや、あの神速の武装使いがいるのだ。囚われたに違いない。
「うおおおおおおおっ!!」
間に合わなかった悔しさに、健吾は吼えた。
吼えながら誓う。魔女シスを絶対に助けると。
誓いながら、健吾は――己の武装に名を与える。
“固定”化最後の工程として、身を狂わさんばかりの想いを込めて、健吾は叫ぶ。
「いま、名づけてやるっ! オレの武装、魔女さんを帝国野郎から助け出す、その名は――鉄機甲腕、クロスアームズっ!!」
誓いの叫びとともに。
王城健吾の武装は、いま、誕生れた。
◆ぼくの考えたかっこいい武装使い
ナンバー7
名前:ミーティオ
武装:ツルハシの武装“鉄道鶴嘴”
備考:リムリック砦を守る、エヴェンス王国解放軍の武将。どんな硬い岩盤も貫くツルハシの武装を使う。土木工事を愛し、国境の砦の整備や道路工事などを喜々として行っている。大陸を横断する巨大街道、大陸横路の端から端までツルハシでえぐり返して回るのが夢。ハタ迷惑。魔女シスの放った大溶岩流を喜々として取り除いていた。




