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武侠鉄塊!クロスアームズ  作者: 寛喜堂秀介
第三章 鉄塊鍛造
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第十八話 車輪の王

 ノルズの反乱勢力を撃退した後、健吾たちはついでとばかりに帝国の支配下にある周辺都市を制圧、他の解放勢力を吸収しながら、短期間のうちにエヴェンス北部の主要都市を開放してしまった。



「これが八王級武装使いアームズマスターの戦争……」



 北部解放都市の面々は、その凄まじさとあっけなさに、呆然とするしかない。

 城一つを単騎で落とし得る、将軍級以上の武装使いアームズマスター。彼らが加わることで、戦の様相ががらりと変わる。その事実を、圧倒的な実力とともに見せつけられたのだ。


 ただひとり、エイブリッジのヘンリーだけは、「さすがケンゴ殿!」と手放しに賞賛していたが。


 ともあれ、エヴェンス北部を駆けまわった健吾がエイブリッジに戻って、まもなく。



「大王! 大王!」



 言いながら健吾を訪ねてきたのは、ノルズ南部の一反乱勢力の頭目、デーンだ。



「ガハハハハハッ! 大王! 鉄塊大王! ワシ、また帝国野郎をぶっ倒したぜ―! ワシ頑張った! 褒めてくれー!」



 デーンはビアだるのような腹を揺らしながら、尻尾を振らんばかりだ。

 この、蛮人じみた男は、自分を一蹴した健吾にすっかりほれ込んでしまったらしく、健吾を「大王」と呼び、慕ってやまない。

 やむなく彼とその勢力を旗下に収めたため、解放軍はその勢力圏を、エヴェンス国内だけではなく、北の国ノルズにもはみ出して有するようになってしまった。南のオルバン王国を従えている以上、いまさらだが。



「おう。町のみんなにゃ迷惑かけんじゃねーぞ! あとその鉄塊大王ってのヤメろ!」


「大丈夫だぜ大王! ワシ頑張って帝国野郎だけぶっ殺したからなー! ……帝国野郎だけ? ちょっと見分けつかなかったかもしれん! でもなるべく頑張ったぜー!」


「上等だぁ! 町の方から訴えがあったらテメェぶっ飛ばすからな! もっと頑張れよ!」


「おう! 鉄塊大王!」


「だから、その鉄塊大王ってのやめろっての!」



 髭もじゃ樽っ腹の大男と、王城健吾との、掛け合いじみたやりとりに、北部開放都市の面々はどん引きだ。



「なんであんな山賊みたいな連中と仲良くなってるんですか」


「引かれ合うものがあるんじゃないかのう……」



 銀髪の少女ミリアと魔女シスは、そう語り合った。

 類友とも言う。



「さすがは我が主、ケンゴ殿! あのような蛮人さえ手懐けるとは!」


「健吾がより野蛮じゃったって気がするんじゃが」



 箸が転がっても健吾を尊敬しそうなヘンリーに、魔女シスが小さく突っ込んだ。

 ヘンリーに惚れているらしい幼馴染のメアリも、今の発言には思いきり引いている。


 デーンが健吾の配下に加わったことで、健吾は北の国ノルズの紛争にも、首を突っ込んでしまった。

 だが、彼は知らない。その、ノルズ一帯の反乱勢力を、凄まじい速さで駆逐しつつある、たったひとりの男の存在を。







 北の大地、ノルズ。

 冷たい風が流れ、土色混じりの広大な平原が広がる、北の大国。

 その、西部。無人の大地を、凄まじい速さで駆ける一台の車があった。


 車。

 そう呼ぶしかない。

 車輪、車軸、輿こし、すべてが鉄で構成された、戦馬車チャリオット

 馬に引かせずしてそれが走る、異様な光景がそこにあった。



「いいいいやっほーぉっ!!」



 馬無き戦馬車に乗った男が歓声をあげた。


 年のころは三十過ぎか。

 黒豹を思わせるしなやかな長身。

 後頭部で結んだ黒の長髪が、風にはためき揺れている。



「見えたっ! 反乱軍の拠点!」



 戦車を猛進させながら、男が叫ぶ。

 進路の先には、城壁に囲まれた都市がある。

 そこに目をやりながら、男はひゅう、と、口笛を吹いた。

 都市の前には、軍と呼ぶのもためらう、数百ほどの武装集団があった。


 気配から、手練の武装使いアームズマスターが混じっているのは確定だ。

 だが、男は戦馬車の速度をかけらも緩めず、敵集団に突っ込んて行く。



「――教えてやろうっ!」



 敵に聞こえてはいないだろうが、男は構わず叫ぶ。



「戦で重要なのは武装使いアームズマスターの数と質だっ! 武装使いアームズマスター同士の戦闘の勝敗が、戦の勝敗を決めるっ! そして八王ともなれば、将軍級の武装使いアームズマスターが束になっても敵わないほど超越した実力を持っているっ! だらららららっだーっ!!」



 敵陣を斬り裂き、弧を描いて切り返しながら、男はなお語る。



「つーまーりーだっ! 八王級武装使いアームズマスターは単騎でどのような堅固な城も、陥落とすことが可能だっ! これは八王を擁する戦の基本原則ルールだっ――だらららららっだーっ!!」



 ふたたび敵陣を切り裂くと、戦馬車は旋回して止まった。

 その上で、男は敵軍に向け、びしっと指をさす。



「そしてっ! 諸君らノルズ、のみならず七王国では、帝国の徹底的な管理によって、強力な武装使いアームズマスターの発生が抑制されているっ! つまり! この雲霞うんかのような反乱軍は、いずれ八王にすりつぶされる運命にあるのだぁっ!!」



 男が宣言する。

 その、意味を、理解して。

 反乱軍からわき上がった憤怒を、男は手で制した。



「そして、そしてだ諸君! ここに“超高速の移動力を持つ”“八王級の武装使いアームズマスター”が居る。なにを隠そう拙者がそれだ! ――つまり」



 ぴたり、三本の指を突きつけながら、男は告げる。



「三日だ。この馬鹿げたノルズの反乱劇は、三日で潰す。諸君らも、身の振り方を考えることだなあっ!! いいいいやっほーぉっ!!」



 歓声を上げながら、男は凄まじい速度で都市から離れていく。

 気がつけば。反乱軍の武装使いアームズマスターは、一瞬にして全滅させられていた。


 残された者たちは、選ばねばならない。

 武装使いアームズマスターも居ない状況で、なお帝国と戦うか、それともふたたび帝国の支配を受け入れるか。


 そのような、反乱軍の悲壮を置き去りにして、男は戦馬車を走らせる。

 走らせながら、男は不敵に笑い、独語する。



「しっかしノルズってのは聞いてた通り反骨の地だ。盾の王ルースのやつが手こずってたはずだぜっ! こりゃあ先に本命巨塊のエヴェンス反乱軍をヤった方が良かったか? いやいや、じいちゃん宰相からの、たってのお達しだ。敵の首魁、“鉄塊の王”には必ず複数の王で当たる! とはいえ、他のやつらは拙者と違って癖があったり気むずかしいからなあっ! 説得するのも一苦労だっぜぇっ!!」



 この男、名をイールという。

 帝国最速の武装を持つ、八王が一角。通称“車輪の王”である。







「ほんじゃま、行ってくるぜー! 大王さまー!」


「大王さまはヤメろっての!」



 城門前でデーンを送りだしながら、健吾は苦笑交じりの言葉を返した。

 蛮族じみたデーンだが、だからこそ、好意も敵意も直線的な彼を、健吾は嫌いではない。

 倫理観に乏しいところがあるので、それさえちゃんとしていれば、と思うことはあるが。



「――ま、せいぜい帝国野郎相手に暴れて来な」


「おおっ! 帝国野郎をぶっ潰すぜ―!」



 仲良く蛮族っていた二人は、同時に北に視線を向けた。

 北へと続く街道の向こうから、凄まじいスピードで近づいてくる、圧倒的な武装の気配を感じたのだ。



「な、なんだーっ!?」



 思わず叫んだデーンの声が、消える間際。

 それは健吾たちの眼前で停止した。


 馬無き戦馬車。

 その上に乗るのは、しなやかな、黒豹のごとき体躯を持つ、長髪を結いあげた男。

 白い歯を見せて笑顔を作りながら、男は視線を健吾たちではなく――都市の中へ向けた。



「おやおや。すっさまじい気配に釣られて来てはみたんだけど、お相手は都市の中、か」



 ――魔女さんのことか。



 健吾は即断した。

 己の武装を常に顕現させ続けている彼女は、気配を垂れ流しにしているようなものだ。



「というかここぁどこ!? ……あっちゃー。エヴェンスに入っちまってるじゃないか。失敗失敗!」



 ごそごそと取り出した地図を広げて、現在地を確認したのだろう。

 男は、しまった、とばかり、頭を抱えた。



「テメェ……なにもんだ」



 圧倒的な気配に飲まれたデーンを退がらせながら、健吾は問いかけた。

 そこで初めて気づいた、と言うように、視線を向けて、男は臆面もなく己をさし示し、言った



「狼藉者さぁ!」



 大胆不敵な言葉に、意表を突かれながら、健吾はかろうじて睨み返す。



「帝国野郎か」


「そう言う諸君は反乱軍だな? 行きがけの駄賃だ。蹴散らしてやるぜっ!」



 戦馬車が、ホイールスピンしながら後進して距離を取る。

 王城健吾は身を低く構え、そして獣のごとき笑みを浮かべた。




「やれるもんならやってみな。こっちもそれなりのやり方で――歓迎させてもらうぜェっ!!」



 拳を強く、強く握りこむ。

 そこから放出される、圧倒的な気配。そして顕現した巨大な存在に、男が顔色を変えた。



「――むっ!? 鉄塊――もしかして鉄塊の王かぁっ!?」


「んな呼び方、認めたわけじゃねェけどよぉ」



 圧倒的な質量に気圧された男に対し、健吾は名乗った。



「――オレが、王城健吾だ」



 同時に拳を振り下ろす。

 鉄の巨塊が戦馬車を襲う。

 だが、当たらない。

 戦馬車は凄まじい速度で後退し、鉄塊の直撃を避けた。



「なんてえぇ威力だっ!!」「速ェっ!!」



 男と健吾が同時に驚愕の声をあげた。



「これは凄まじい。とんでもない武装だ正直舐めてた! 複数の王で当たれってのも大袈裟じゃないっ! だが、ここで武装が見れたのは大収穫だっ! ここは逃げの一手かぁっ!?」


「逃がすかよっ!」



 臆面もなく撤退宣言する男に、追いすがらんと飛びだす健吾。

 そんな二人の動きを、麗々とした声が止めた。



「――そこまでじゃ」



 声の主は、黒いローブを身に纏った金髪紫眼の美女。

 魔女シスは、ゆっくりと、城門を出ながら、動きを止めた男に視線をやった。



「ひさしぶりじゃな。車輪の王」



 男――車輪の王は、完全に動きを止めていた。

 あまりの驚愕に、思考すら停止しているようだった。

 その様子に、健吾もあっけに取られる。

 ややあって、男は満面の笑みを浮かべながら、魔女シスに語りかけた。



「あなたはっ!? 姿を消したと思っていたら、こんなところに潜んでたんですか我が愛しの君っ!!」


「……相変わらずじゃな。妾はそなたなど好かぬと言っておろうに」



 心底嫌そうな魔女シス。

 だが、男に傷ついた様子はない。



「つれないっ! でもそんな所も素敵だっ! でも、今はどうやら敵同士っ!!」


「うむ。安心してれるわけじゃな」


「ひどいっ! ひどすぎるっ! 今は仕方ないっ! だーけーどー、いつかきっと迎えに来ますよ我が愛しの君ぃぃぃぃっ!!」



 止める間もない。まさに、あっという間。

 長い声の尾を引きながら、戦馬車は彼方に駆け抜けていってしまった。



「……逃げたか」



 魔女シスが低くつぶやいた。

 まさしく突風のような男だった。



「なあ、魔女さん。あいつ何者だ?」



 健吾が尋ねると、魔女シスは短く答えた。



「車輪の王イール。帝国八王が一角じゃ」



 車輪の王。

 戦馬車の武装使いアームズマスター

 だが、健吾にとってそれ以上に気になることがある。



「で、あいつは魔女さんと、どんな関係なんだ?」



 我が愛しの君、と、男は言った。

 ともに同年代だ。二人の関係が気になるのも致し方ない。

 だが魔女シスは、健吾が自分の恋愛関係を気にしているという事実に気をよくしたようで、得意げに鼻を鳴らした。



「気になるのか、ふふん? ……まあ幼馴染のようなものだ。昔から出会うたびに求婚されておったわ」


「なんで断ったんだ?」



 不思議そうに尋ねる健吾。

 それが期待と違う反応だったのか、むむ、と唸りながら、年齢不詳の美女は答える。



「あれが旦那というのもぞっとせんのでな」


「そうやってえり好みするから……」



 こそりと、城門の陰からつぶやいたのは、魔女シスについて来ていたのだろう。銀髪の少女ミリアだ。



「……ミリアよ。お主、妾のことをなんだと思っとるんじゃ?」


「えっ? 言っていいんですか?」



 目をすがめる魔女シスに、ミリアは天然で返した。

 傷つくことを恐れるお年頃な魔女が、それ以上追及できなかったのは、当然だろう。


 この後、車輪の王はノルズから撤退した。

 武装使いアームズマスターを潰され、去就に迷った西部の開放都市群は、やむをえず、ノルズ南部のとある勢力を頼ることになる。

 安定したエヴェンス北部からの支援を受け、見る間に大規模化していくノルズ南部の解放勢力。その首領は、畏怖と尊崇をこめて、こう呼ばれることになる。



 ――鉄塊大王、オウジョウケンゴ。





◆登場人物

イール……肉食黒豹系非モテ男子

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