第十七話 北の英雄
決闘の後、王城健吾とヘンリーはすぐにうち解けた。
なにしろ、健吾はタイマン張ったら友達、という、一風変わった感覚を持っている。
ヘンリーはヘンリーで、超絶した規模の武装使いである健吾を尊敬し、また、その気さくな態度に深く感動してしまったらしい。心酔と言っていい惚れっぷりで健吾に従っている。
ヤンキーと、それに憧れ、慕っている真面目くん、といった風情の二人である。
そんな二人を見て、部屋に入り浸っている年齢不祥の魔女シスと銀髪少女のミリアが、顔を見合わせてこっそりと話している。
「……あの二人、仲いいですね」
「そうじゃのう。若い男たちが友情を育む様は、ほほえましいものじゃのう」
ミリアは幼い無表情に、なにやら疑念めいたものを浮かべている。
対する魔女シスは、ほくほく顔だ。
「でも、いきなり仲良くなり過ぎなんじゃないですか?」
「あの男は、いつもあんなもんじゃろう。野卑で獣じみた風貌に似合わず、人懐こい」
半眼を向けられながら、魔女シスは心ここにあらずといった風情で返した。
視線は先ほどから健吾とヘンリーに一点集中だ。
「――なにより、同じ立場、同じ視線を持った同年代の男と話すことなど、まずなかったであろうからのう。そのあたり、ヘンリーの立ち位置はかえでと近いと言ってよい」
「かえでさんと……」
ミリアが不審な様子で視線をさまよわせた。
健吾とかえでが男女であるという前提から、健吾とヘンリーの関係を妄想した結果である。
「うむ。あの娘も、あの若さで健吾と同じものを背負うておる。力強き故に、そして誰よりも優しきゆえに、な」
挙動不審だったミリアが、肩をびくっと震わせる。
そしてこっそりと、妄想が否定された安堵の息を吐きだしたのは、ともかく。
「――だから、王城健吾と長門かえでは、通うところがあるのじゃろうよ」
絹糸のような金髪をかき上げながら、年齢不詳の美女がつぶやく。
彼女もまた、彼らと同じ高みに視点を持っている。それを確信させる、言葉。
視線が健吾とヘンリーにロックオンされていなかったら、ミリアとて、もっと感銘を受けたに違いない。
「ねえ、魔女さん。わたしも、同じものを見ることができますか?」
身を乗り出したミリアに、魔女は向き直る。
そして整った硬質の顔立ちに、柔らかい笑みを浮かべて、首を左右させた。
「……見ぬ方が良い。また、そのために、健吾やかえでは頑張っておるのじゃ」
ミリアは初めて魔女シスを尊敬した。
直後に淡い軽蔑の視線を彼女に向けることになる。
いいことを言った後だというのに、この駄魔女は、また健吾たちのほうを向いてニヤニヤし始めたのだ。
魔女の視線の先では、男二人が駄弁っている。
「――そういやヘンリー、オマエ、帰らなくていいのかよ?」
「ええ。故郷には親友が居ます。そいつにすべて任せてますから」
「おいおい、街二つ押しつけて任せっぱなしかよ。ひでえ友達だ」
王城健吾はオルバン一国を長門かえでに預けている。
彼方より全力でツッコミが入った気がするが、それはともかく。
二人がそんな話をしていた、ちょうどその時。
北の方、エイブリッジより、報せがあった。
◆
首都エアから北国へと延びる街道。
人を寄せ付けぬ“宵闇の森”を西の手に見ながら、ひたすら北へ行けば、北部都市の起点のひとつ、チェダーが見えてくる。
チェダーの街並みが見える街道筋で、健吾たちは馬をゆるりと走らせていた。
馬は二頭。ヘンリーと健吾が相乗りになり、魔女シスを後ろに乗せたミリアが、ふくれっ面で馬を走らせている。自分の役割をヘンリーに取られたからだろう。
――北の国、ノルズが荒れている。
これは多少情勢眼のある人間なら、誰もが予想できたことだ。
北の大国と呼ばれ、剽悍無比の蛮族たちが住まうこの大陸最北の国が治まっていたのは、盾の王ルース。北の鎮護の異名を持つ王が、盤石な支配体制を敷いていたからに他ならない。
その王が死んだ。
ノルズ各所に反旗があがり、敵国兵との争いは、熾烈を極めている。
現在、ノルズは帝国の広範な支配地の中に、大小合わせて十数ヶ所の反乱軍勢力が存在している。
その影響は、エヴェンス北部にも及んでいる。
エヴェンスと国境を接する、ノルズ南部の反乱軍勢力が、行動半径をエヴェンス国内にまで広げ、その被害はエイブリッジにまで及んでいるのだ。
エイブリッジよりの使者は、その事実とともに、北部解放都市の代表であるヘンリーに帰還を乞うものだった。
「ケンゴ殿、これは深刻な問題を――孕んでいます」
「うむ。将来的には境界争いからの戦乱に発展しかねん。解放軍同士の、な」
壮年の優男、アウラスが、存外深刻な表情で言うと、魔女シスが言葉を継いだ。
「だったら、行ってくるぜ」
隣の家に行ってくる、程度の気軽さで、健吾は言った。
民を虐げる帝国を差し置いて、解放軍同士が争うなど、救いがないにもほどがある。
「ケンゴ殿に来ていただけるとは、光栄の至りですっ!」
と、やけにテンション高く拳を握る、銀髪の美青年。
それに、ミリアと魔女シスがついて行くことになって、現在に至る、というわけだ。
チェダーの門前には、数人の男女が待ちかまえていた。
その、先頭に立っている快活そうな金髪の少女が、にこやかに一行を迎えた。
「やあヘンリー。ボクらの英雄。待ちかねていたよ!」
涼やかな声で、少女が前に出ると、ヘンリーが「失礼」と、馬を飛び降りて少女に向かって両手を広げる。
「やあメアリ。僕の親友。留守を任せてすまなかったね!」
「親友……ま、まあ、任せておきたまえ! なにせ幼馴染だ。キミとは一心同体のようなものだからね!」
「ああ、そうだねメアリ。頼もしい親友を持って僕も心強いよ。君は僕の第一の親友だ。これまでも、これからも、ずっとね!」
「ずっと……ふふふ、ずっと……進展しないんだ……」
いきなり馬を任されて、あわてて手綱をとって馬を宥めていた健吾が、ヘンリーたちの様子を見て、魔女シスに顔を近づけた。
「おいおい魔女さんよ。ヘンリーの親友って女だったんだな。あれ女のほう、ヘンリーに惚れてんじゃねェのか? ったく、ヘンリーのやつも情けねぇ。気づかねェもんかね?」
「お主が言うな。なんというかお主が言うな」
「……ケンゴさんには言われたくないです」
魔女シスとミリア、両方に突っ込まれる。
長門かえでのほうは、別に恋愛感情などないのだろうが、それでも健吾にだけは言れたくないに違いない。
それはさておき。
「そういえば、そちらの方たちは? 解放軍の人かい? そっちの杖の人、すっごい武装使いの気配がするんだけど、解放軍の幹部の人?」
ヘンリーの親友、金髪の少女メアリが首をかしげた。
魔女シスは基本的に“魔法の杖”を顕現させっぱなしなので、その気配を垂れ流し放題だ。
「ははん。キミ、やったね? ボクの言った通りだろう? キミくらい王家の血の濃い外見の人なら、解放軍の王様にだってなれるって」
「いや、その……」
斜め上の推測を始める幼馴染に、ヘンリーは困った表情になった。
「紹介してよ――はじめまして。ボクはヘンリーの幼馴染で北部解放都市の代表補佐、エイブリッジのメアリと言います」
「はは、その……」
いい笑顔の少女に対し、銀髪の美青年は健吾たちを紹介した。
「解放軍の長にして、僕の尊敬する唯一無二の主、オウジョウケンゴ殿とそのお連れ、なんだ」
「よう。ヘンリーの友達だったら、オレにとっても友達だ。よろしくなぁ!」
王城健吾の、野獣のごとき笑顔に。
メアリの笑顔が、ぴしりと凍りついた。
◆
健吾たちはチェダーのひときわ大きな屋敷で、引きつり笑いの混じった歓待を受けた。
彼女たちがヘンリーの将来に関して甘い観測を持っていた、というより、自分たちの代表がすっかり心酔してしまった王城健吾という人間に対して、どう接してよいものか、量りかねたに違いない。
なにせヘンリーは「ケンゴ殿、ケンゴ殿」と健吾に懐きまくっており、健吾を自分の仕えるべき主だと言ってはばからない。
いっぽう王城健吾のほうは、ヘンリーのことを友達だと言う。そのうえ、“友達の友達は友達”という謎理論により、北部解放都市の仲間たちまで友達扱いする。対応に困るのも無理はない。
「あやつはああいう人間じゃ。好きにさせておくのじゃ」
ひと目で破格の手練とわかる、黒いローブを被った年齢不詳の美女は、笑ってそう言う。
一方、ヘンリーと同じく、銀髪碧眼の王族めいた容姿の少女は、歓待されるのが落ちつかないらしく、お手伝いしようと厨房に乗り込んで、料理人や給仕に迷惑をかけている。
「す、すごい人たちだね、ヘンリー」
「ああ、メアリ。凄い人なんだよケンゴ殿はっ!」
微妙に変わってしまった幼馴染に、しょぼーんとなる金髪の少女。
そこに。
「よう、お二人さん」
「けっ、ケンゴ様っ?」
「ケンゴ殿、どうされました?」
王城健吾が、声をかけてきた。
食べただけで、酒は口に入れていない。
それゆえはっきりとした口調で話す健吾は、宴席においてひときわ鋭く尖って見える。
「いや、ダチへの顔見せは出来たしよ。そろそろ行きてェな、って思ってよ」
「行く、どこへ? 遊郭とかはないですけど――ボクは無理ですよっ!? ボクには心に決めた――」
「いや、違ェよ」
勝手に勘違いするメアリを尻目に、健吾はヘンリーに話しかける。
「こっちにちょっかいかけてるってぇノルズの奴らんとこだ……みんなが難儀してんだろ? だったら、急ぐっきゃねェだろ」
その、野獣の笑みに。
銀髪の美青年は笑顔で膝をつき、言った。
「わかりました。我が主――鉄塊の王よ」
「いや王じゃねェし。その呼び方やめろ」
健吾は心底嫌そうに、手をひらひらさせた。
◆
「ガハハハハハッ!! 野郎共ぉ! 行くんじゃあああっ! 肉と酒をかっぱらええええっ!!」
「ひゃっはー!」「合点だぜ親分ー!!」「飯だー!」「酒だー!」「女だー!」「男の子もいいよね!」
北の大国ノルズ、南部反乱軍の頭目、デーンは手下たちを連れ、村目指して駆けていく。
それを、待ちかまえるように、ひとり立つ、黒づくめの男の姿があった。
男は、拳を握りこみながら、野獣のごとき笑みを浮かべている。
「親分っ! 村の前に誰か居やすぜぇ!」
「ガハハハハハッ! ワシに任せとけーっ!!」
デーンは、樽のような腹を揺らしながら、もじゃもじゃとした髭をひと撫でし、叫ぶ。
「出てこーいっ! ワシの“ぶっ千切り丸”っ!!」
荒々しい、巨大な斧をその手に顕現させ、勝利の笑みを浮かべて、デーンは男に襲いかかる。
男は笑みを浮かべたまま、虚空に拳を繰り出した。
◆
この後、健吾たちはなし崩し的に、その勢力をノルズに広げていくことになる。
ちょうど同時期、この王無き国の戦乱を収めるために、八王の一人がノルズに入っていた。
◆登場人物
メアリ……金髪快活系ボクっ子。
デーン……ビアダル系髭ダルマ男子。
【武装データ】
武装:“ぶっ千切り丸”
使い手:デーン
特化概念:無し
鉄量:A
威力:E
備考:練磨されていない、荒削りの武装。それでも健吾の鉄塊よりマシ。




