第十二話 鎧の王
駆ける。
駆け抜ける。
首都ボルソンへの道を、一騎の騎馬がひた疾る。
鹿毛の駿馬に乗るは二人の男女。王城健吾と長門かえでだ。
「ちょっと健吾、あんたなんで馬に乗れないのよ!」
手綱を握りながら、前に乗る少女が愚痴まじりに叫ぶ。
「んなの練習してるヒマあったかよ! いいから行くぜ!」
かえでの肩につかまりながら、健吾も言い返す。
二人分の体重を支えながら、鹿毛の駿馬はさして苦にした風もなく、駆けてゆく。
そうするうち、首都ボルソンの城壁が視界に入った。
長門かえでの武装、“超弩級戦艦”の砲撃を受け、臨戦態勢に入ったためだろう。門はすでに閉ざされている。
「こんなものっ!」
馬速を緩めず、長門かえでは門に対し、指を向けた。
濃密な気配とともに武装が“空想”されてゆく。
「――てーっ!」
掛け声とともに、現実感のない、幻のごとき轟音。
つぎの瞬間、首都ボルソンの門は、城壁すら巻き込んで、消滅した。
「ひゅう、さすが」
「まあねっ!」
健吾の言葉に、当然、というように微笑んで、黒髪の少女は馬を駆る。
ぽっかりと空いた空間を抜けて、騎馬は首都ボルソンへと駆けこんだ。
「なっ? なにが起こったんだ!?」
「出ろっ! 出ろーっ!」
「おい、門のそばにいた奴らが居ねぇぞ!? どこ行った!」
「――邪魔だっ! 退きやがれぇっ!!」
駆けつけたる帝国兵たちを一喝して、王城健吾は鉄塊を顕現させる。
城壁はるかに超える巨大な鉄塊に、帝国兵たちは近づくこともできない。
無人の野となった中央通りを、二人を乗せた騎馬は一陣の風となって駆け抜けた。
目指すは風の宮殿。
一直線に小高い丘を駆け昇っていき、宮殿の入り口が目に入る。
その奥に、一人の男の姿があった。王城健吾にとっては、見覚えのある顔だった。
「居るわね。あいつと、もっと向こう。八王級の武装使いが二人。あいつが鎧の王で……宮殿の奥に居るのが魔女さんね」
つぶやくと、かえでは馬を止め、飛び降りる。健吾も続いた。
宮殿と外との境界。王城健吾はまっすぐ前を向き、長門かえでは健吾に背を向ける。ちょうど背中合わせの形だ。
「外は、あたしが」
長門かえでが宣言する。
視線の先には、追ってきた帝国兵たちの姿がある。
彼らを睨みつけ、見えぬ武装を帯びながら。黒髪の少女は不敵に笑う。
「――あんたは、やりたいことをやっちゃって」
少女の言葉に、健吾は獣の笑みを浮かべて。
それから一言、つぶやいた。
「頼んだぜ、相棒」
健吾の言葉に、にひ、と、笑いながら。
黒髪の少女は、敵に向かい、駆けだした。
◆
そして、王城健吾は対峙する。
己の敵と。鎧の王――帝国領オルバン国王メルヴと。
「よう。宮殿を壊されちゃあたまらねえから、出て来てやったぜ? ひさしぶりだな、餓鬼」
漆黒の全身甲冑を纏いながら、男が言った。
野心を宿した鋭い目を、眼前の健吾に向け。
精気たぎる巨躯の主は、はるか高みから健吾を見下ろす。
「こっちこそだ」
健吾は笑った。
野獣の笑みだ。得物を得た歓喜の笑みだ。
喜びに声さえ震わせて、王城健吾は拳を握る。
「――あのとき、あの森で、なんも出来ねェままテメェにいいようにやられて、へへっ、どれくらい経った?」
言葉は、静かだった。
だが、内心の滾りは隠しきれない。
敵だ。目の前に居るのは、まぎれもなく、王城健吾の仇敵だった。
この時、この瞬間。健吾の脳裏からは、この場に訪れたもう一つの理由――魔女シスの救出など、消し飛んでいる。
「忘れやしねえ……待ってたぜ。この時をよぉ……テメェに借りを返せる、この時をっ!!」
吼えた。
感情を爆発させて、王城健吾は己の武装を顕現させる。
それは、鉄塊だった。
なんの手も加えていない。
なんの練磨も為されていない。
ただの、巨大な。あまりにも巨大な――鉄塊。
「おおっ!?」
鎧の王が、驚愕の声を上げた。
それよりも激しく、強く、王城健吾は殺意とともに、鎧の王に鉄塊を叩きつける。
「喰らいやがれえええっ!!」
咆哮とともに、重く、低い音が響き渡る。
大鉄塊は、間違いなく鎧の王を下敷きにした。
巨大な墓標と化した鉄塊を、王城健吾はしばし、にらみつけ。
「……へっ」
口の端をつり上げた、その時。
勝利の確信は、覆った。
ゆっくりと。
だが、確実に。巨大な鉄塊が、浮き上がっていく。
健吾は目を見張った。
地と鉄塊の狭間。両の手で鉄塊を支えているのは、鎧の王。
身に纏う漆黒の全身甲冑からは、鈍く暗い光が放射されている。
「ふう。さすがにひやりとしたぜ」
鎧から闇の光が消える。
鉄塊を完全に跳ねのけて、鎧の王はつぶやいた。
「凄まじい鉄量の武装だ。破城鎚の王――ラムの野郎が敵わなかったのも納得だぜ」
ごきり、と、首を鳴らしながら、鎧の王。
「――だが、俺様には効かん! “装備者を守る”ことに概念特化させたこの鎧の八王級武装、“無敵甲冑”にはなっ!」
雷のごとき声とともに、鎧の王は、己の武装を誇示する。
鉄塊の一撃を受けたにもかかわらず、漆黒の全身甲冑には傷ひとつない。
「無傷、だと?」
「驚いたか……お前のような他に類型のねえ一芸武装とは違う。帝国にごまんといる鎧の武装使い。その頂点をとって八王の座に居るのは――伊達じゃないぜ」
鎧の王が親指で己を指し示した。
男の自負には、長きにわたる血と闘争の重みが込められている。
「ああ、そうかよ」
だが。王城健吾はそれでも笑う。
野獣の笑みを面に浮かべ、絶対強者に相対す。
「――なら、もっぺんだ。何度でもブチこんでやるぜェっ!!」
「来いよ小僧! “無敵甲冑”概念凌駕!!」
雄叫びとともに。
鉄の巨塊が鎧の王めがけて一直線に襲いかかる。
抗するように、鎧の王が、ふたたび闇の光を帯びた漆黒の甲冑でぶちかます。
低く、重い金属音。
おたがい敵の武装を砕くつもりで放った一撃。
だが。砕けない。
たがいが、たがいを砕けない。
そのことに、二人、驚きの言葉を発した。
「強えな、餓鬼」
「そりゃあ、ドーモ」
認めるような鎧の王の言葉に、王城健吾は不敵に笑う。
背後――宮殿の外からは、帝国兵の絶叫と、大砲を乱射する音が聞こえている。
「で、後ろで糞暴れてんのが、盾の王ルースを殺ったって小娘か……惜しいな。もう三つ四つ若けりゃ俺様の物にしてやったんだが……」
「バーカ。渡しゃしねェよこのロリコン。そもそも、アイツが人のモンになるタマかよ」
「そうか。残念だぜ」
鎧の王は、心底惜しそうに頭を振りながら、続ける。
「――だが、お前らいいじゃねえか。強い。俺様の次ぐらいには、だがな……どうだ、餓鬼。俺様と組む気はねえか?」
「ああ?」
「わからんか? 俺様と一緒に皇帝をぶっ殺そうってんだよ。エヴェンスに、ノルズ、お前らには二、三国もくれてやる。どうだ? 俺様と組まんか?」
「……テメェ、帝国野郎じゃなかったのかよ?」
「表立ってはな。その実、この10年、反乱の準備を進めてきた。シス――魔女のやつも、この企みに協力させるために攫ったんだ。お前らが俺様に付けば、すぐにでも大々的に軍を起こしてやるさ。俺様の戦略眼にお前ららの戦力が加わったら、怖いもんなしだぜ」
鎧の王の声が、熱を帯びてきた。
兜の奥から、野心にぎらついた瞳の輝きが見えた。
彼の眼には、見えるのだろう。おのれの野望が確かに果たされる、その光景が。
だが、王城健吾は。
鎧の王の提案を笑い飛ばす。
「はっ。抜かしやがれ。なんでオレがテメェの下につかなきゃなんねェんだ? オレのほうが強ェっての」
「……上等だ」
健吾の言葉に、鎧の王の声が不機嫌を帯びる。
「どのみち、はっきりさせなきゃな。地に這わしてどっちか上か、理解らせてやるぜ!」
雷のような声で、鎧の王が叫ぶ。
対する健吾も、構えながら不敵な笑みを浮かべる。
「そうかよ。なら、オレの勝ちだな」
「あん?」
虚をつかれた鎧の王に、健吾は言葉を叩きつける。
「テメェはオレを従える気でいやがる。だが、オレはテメェを――ぶっ殺す気でいるんだよっ!!」
「上等だ! ちょうどいいハンデだぜ!!」
鉄塊と漆黒の全身甲冑。
二つの塊が、ふたたび衝突する。
二度、三度。
重く鈍い金属音が、場を支配する。
王城健吾は考える。
敵の武装。“無敵甲冑”は“装備者を守る”概念を特化させた堅牢無比の鎧だ。
これを破るには、二つの方法がある。
ひとつは、「世界の規格から外れた」超々火力で概念防御をぶち抜くこと。
もうひとつは、物理を越えた概念の領域で、敵の防御を破る概念を構築すること。
前者は、単純に不可能だ。
長門かえでの“超弩級戦艦”や鉄轍也の“超重戦車”ならともかく、健吾の武装では、火力が足りない。
後者も、健吾の頭脳では不可能だ。
敵の概念を綻ばせる論理など、健吾には到底構築できない。
――めんどくせェ。
だから。王城健吾は考えるのを止めた。
考えるのを止めて――敵を倒す。それだけに集中した。
――どんな概念だろうが関係ねェ! ただ敵をぶっ飛ばす。それだけだ! ただそれだけでいい! 馬鹿が小難しく考えるな!
「うおおおおっ!!」
殴る。
殴る。
殴る。殴る。殴る。
王城健吾が拳を振るうたび、鉄塊が鎧の王に衝突を繰り返す。
「お、お前……いいかげんに……しやがれっ!」
たまりかねた鎧の王が、鉄塊の嵐の間隙を抜いて、王城健吾に体当たりを仕掛ける。
攻撃に集中していたため、とっさの反応が遅れた。避けきれない。凄まじい衝突音とともに、健吾の体は吹き飛んだ。
体がばらばらになるような、強烈な衝撃。
吹き飛び、転がされた地面で、大の字になる。
衝撃のためか、体は大の字になったまま動かない。
しかし、そんな状態にあって。王城健吾は、くつくつと笑いはじめた。
「なにが可笑しいんだ?」
「へへ、これだ。これだった。オレは昔っからこうやって戦ってきたんだ。ぶっ飛ばされて。ぶっ飛ばして。ぶっ飛ばされて。ぶっ飛ばしてよぉ……武装なんて大層な異能覚えちまったおかげで忘れかけてたぜ」
健吾は立ち上がる。
ふらつきながら、ゆっくりと。だが、確実に。
起き上がりながら、野獣のごとき男は言葉を続ける。
「――でも、忘れちゃいけねェもんがあった」
鉄塊を、顕現させる。
鉄の巨塊は、明滅を繰り返しながら、その巨体を実体化させた。
「帝国に反逆しようとするテメェが正義か悪か、オレにゃわかんねェ……だが、そんなのオレにゃ関係ねェ。オレは攫われた魔女さんを助ける――そのために、テメェをぶっ倒す! 王城健吾! 自分の正義を貫かせてもらうぜっ!」
言葉とともに、拳を握りこむ。
砕けんばかりに強く、握りこんだ拳。
そこに、己の信念を。王城健吾という存在を、まるごと預けて、健吾は拳を振り下ろす。
異変が起きた。
鎧の王に向かう鉄塊が、ふた回りも縮む。
同時に、天然の荒々しさを持っていた鉄塊の表面に、鈍い光沢が宿った。
「圧縮、鍛造―― 一瞬でかっ!?」
鎧の王が驚愕の声を上げた。
同時に、鉄の巨塊はうなりを上げ、地を裂きながら、鎧の王に襲いかかる。
「うおおおっ! 概念凌駕っ!!」
概念を凌駕させながら、鎧の王が吼える。
鉄塊と鎧がぶつかり、壮絶な異音が街中に響いた。
鉄塊は、健吾の元に戻り、鎧の王は無傷のまま、立っている。無敵の防御力を誇る武装使いは、健吾の渾身の一撃に耐えたのだ。
「ちょいと驚いたがな……わかったろ? お前の武装は俺様には効かんと――っ!?」
言いさして。
鎧の王が、ふいに地に膝をついた。
驚くべきことだった。
健吾の渾身の一撃は、わずかに「世界の規格」を越えた。
それは無敵の概念防御を凌駕させた“無敵甲冑”をも破り、衝突の衝撃力を鎧の王に徹したのだ。
「……そんな、そんな馬鹿な。俺様の、無敵の装甲が」
信じられない、というように、鎧の王は声を震わせる。
「無敵じゃねェんだろ。攻撃が通ったんだからなあ!」
それは、無意識だったのだろうか。
王城健吾の放った言葉は、武装よりも、なによりも鋭く、“無敵甲冑”の概念に痛撃を与えた。
健吾は知らない。
言葉で、別の概念で、敵の概念を打ち消す。
それこそが、概念の領域に足を踏み込んだ武装使い同士の戦いなのだと。
「――ぶっ飛ばしてやるぜっ! 鎧の王おおおおっ!!」
気合とともに真正面から放たれた、鈍い金属光沢を放つ鉄塊。
その一撃を、弱体化した概念ではしのぎ切れず……鎧の王は、城壁をはるかに越えて、ふっ飛んでいった。
その軌跡を、最後まで追って。
正拳を放った体勢のまま、王城健吾は口の端をつり上げる。
「へへっ。やってやったぜ」
「やってやった、じゃないでしょ」
ふいに、背後から声がかかった。
振り返るまでもない。長門かえでだ。城外の敵を始末し終え、戻ってきたのだろう。
「――ぶっ飛ばしただけじゃない。あれ、たぶん生きててるわよ」
少女の言葉に、しかし、健吾は満足げに返す。
「まあいいさ。奴をぶっ飛ばして、魔女さんを助けられる……十分じゃねえか」
「もう。すっきりした顔しちゃって……ま、あのざまじゃあ、仕返しする気も起こんないか」
あきれたような視線を向けて、黒髪の少女は、負傷のため膝を震わせている健吾に手を差し伸べた。
「――肩、貸すわよ」
にひ、と笑って、少女は健吾の身を支える。
そうしながら、まっすぐ正面に目を向けて、長門かえでは手を振り上げた。
「さあ、囚われの魔女さんと、再会を祝しましょうか!」
◆
首都ボルソン郊外。
風の宮殿を遠くに仰ぐ場所に、鎧の王の姿はあった。
概念を突破されたせいか、傷だらけになった鎧を身にまとい、それでも、さすが八王と評すべきか。両の足で立っている。
「……ぐ……詰めが甘えな、餓鬼よ。生きてる限り、決着は持ち越しだ。もう一度武装を鍛え直して――」
「もう一度はないぞ、不屈の男よ」
ふいに、低い声が割り込んできた。
驚きとともに、鎧の王が視線を向ける。
木陰より、人の形をした修羅が姿を現した。
「エクス……戦斧の王」
「負けたな。メルヴ、鎧の王」
淡々と、断ずるように。
修羅――戦斧の王は告げる。
「――殺しに来たぞ」
「……皇帝の命令か?」
舌打ちする鎧の王の言葉に、戦斧の王はゆっくりと首を振った。
「いや……先帝の命だ」
戦斧の王は語る。
「――大陸を統一した先帝は死ぬ前、我に命じた。鎧の王、もし貴様が誰かに敗れることがあれば、即座に処断せよ、と。有用であるという一点においてのみ許されていた反逆者を殺せ、と」
語る修羅の手に、巨大な戦斧が顕現した。
長大な柄を持つ、禍々しき装飾を持つ戦斧。
それを一振りしながら、戦斧の王は断ずるように名乗る。
「我は戦斧の王。帝国の敵を処断する――処刑者なり」
「ま、待てっ!」
鎧の王の言葉を最後まで待たずして、処刑者は斧を振るった。
半ば壊れた“無敵甲冑”の概念を容易く突き破り、鎧の王の首は胴から離れ、飛んだ。
それにさしたる興味を見せず、戦斧の王は風の宮殿の方角に目を向け、語りかける。
「反逆者どもよ。早く我が領土まで来い。処刑の斧は常に研いでおくぞ」
◆登場人物
エクス……断罪惨殺処刑官系男子
【武装データ】
武装:鎧の武装“無敵甲冑”
使い手:メルヴ
特化概念:“装備者を守る”
鉄量:A
威力:S
備考:個体防御力において帝国最強の鎧型武装。
武装:“鍛造鉄塊”
使い手:王城健吾
特化概念:不明
鉄量:規格外
威力:S+
備考:“鍛造”の工程を経て、強化された健吾の武装。




