どう見ても美少女です、本当にありがとうございました
まだ続きます。僕の気力が続く限りは……
「おにいちゃーんっ!起きてっ!朝だよっ!」
なんだ、幻聴か……? 俺に妹なんていなかったはず……。
「おにいちゃーんっ! 起きてっ、起きてっ」
高めでやや鼻声っぽい、声。これはひょっとして……いや、ひょっとしなくても女の子の声だ。
ゆさゆさと身体が揺すられる。
本当はもう少し睡魔に身を委ねていたいところだが、仕方なく目を開ける。
「おにいちゃん、早く朝ご飯食べないと遅刻するよ?」
ベッドの前に立っているのは、制服を着た小柄な少女だった。これが赤の他人なら朝からテンションが上がるが、残念ながらこれでも血の繋がった家族である。
「ソラ……なんで僕の部屋の中にいるんだ? ちゃんと鍵をかけたはずなのに……」
「え? おにいちゃんの部屋、鍵空いてたよ?」
「そんな馬鹿な。ちゃんと寝る前に施錠したはずなのに……って、あ……」
そうだった、思い出した。早朝にGとバトルした後、部屋の鍵を閉めるのを忘れていた。眠気に負けて保安を怠っていたとは何たる不覚!
「……ところでソラ。着替えるから出て行ってくれないかな」
「わかった、一分以内ね」
「……って早っ?!」
ソラを追い出し、制服に着替える。今日は高校の始業式。気合を入れていかねば。
久々に袖を通すブレザーを一分の隙もないように華麗に着こなし、
「ってうぇええええええっっ?! もう八時回ってるじゃねぇか!!!!」
華麗な着こなしもクソもない。一分で着替えを終了すると音速でリビングまで移動する。
「おはよう母さん、父さん、ソラ。今日は時間の進み方が早いね。これは地球の自転が速すぎてウラシマ効果でも発生したのかな」
リビングには既に家族が勢ぞろいだった。
「馬鹿なこと言ってないで速く食べなさい。顎が外れるくらいに気合を入れて咀嚼しなさい」なんて言ってる見た目だけはおっとりとした長身の女性が、僕の母さん。
「みんな同じ速度で動いているからウラシマ効果は起きないぞ?」と律儀に返してくる四角い眼鏡をかけて新聞を読んでいる、見た目だけは真面目そうな男性が、僕の父さん。
そして「おにーひゃん、おはよー」なんて卵焼きを頬張ったまま返してくる見た目だけは可愛い美少女が、ソラである。
「ところで俺の部屋にソラを派遣したのは母さんの仕業?」
「そりゃそうよ、だって自分で声かけるのは面倒くさいじゃない」
「いや……寝坊した僕が言えた義理ではないけど……しかし、もうちょっと色々と考慮していただきたい! たとえ見かけだけだとしてもアレが自分の部屋に侵入してくるんだぞ!?」
「見かけだけってなんなのさー」とソラがムクれるが華麗にスルー。
「あら、良い目の保養じゃない。朝一からリフレッシュできたでしょ?」
「むしろ僕は朝から著しくMPが吸い取られたよ……」
あの外見に騙されてはいけない。いくら見た目が可愛かろうが、ソラはソラだ。それ以上でもそれ以下でもない。
顎関節症にならないギリギリのスピードで速く顎を動かしなさいよ、と母親からよく分からない急かし方をされて朝食を終えると、鞄を持って立ち上がった。今日は始業式だ。早く行かなければ。
「おにいちゃん、おにいちゃん」
「行ってきます」と出かけようとすると、ソラが駆け寄ってくる。
「どう? かわいい?」
そう言うと、ソラはくるっとその場で一回転した。軽やかなソラの動作に合わせてプリーツスカートがふわりと空気をはらみ、花のように広がる。
「あー、うん。似合ってるよー」
「また棒読みー。そんなんだからいつまで経っても彼女さんできないんだよ?」
「やかましい、余計なお世話だ」
まあ、似合っているのは確かだった。紺色の上品な制服には、ソラの白い肌よく映える。
しかしだからといって、素直にそう口に出したくはないという思いがある。血が繋がっているからということもあるが、何より僕はソラの中身を知っているのだ。これしきことで騙されたりは……
「おにいちゃーん」
「こらこらこら! スカートでそんなクルクル回るなよはしたない! 中身が見えたらどうするんだっ!」
「あー、お兄ちゃんの顔赤いー」
「ええい黙れ! 僕はもう行くよ」
……騙されたりは、しにゃい。
畜生ソラめ、わかっててやってるのか? 僕への嫌がらせか?
「ダメだよおにいちゃん、女の子にも免疫つけなきゃ」
「それこそ巨大なお世話だ」
「巨大なお世話って……。道端に美少女が倒れていたからって、お持ち帰りしちゃだめだよ?」
「そんなことはそうそう起こり得ないがな」
「ましてやそれが死体だからって家に飾ろうとか思っちゃダメだよ?」
「飾らないよ! どんな趣味してるんだよ僕は!」
「うーん、白雪姫の王子様と同じ?」
「そういえばそんな設定あったな……」
元々眠った姫を死体愛好家の王子様がお持ち帰りする話だったっけ? まったく、夢の溢れる童話も真相を知れば興ざめ……どころか結構エグい。
「おにいちゃん、もういちど訊くけど、今のわたしってかわいい?」
再びソラが訊いてくる。時間が無いからさっさと切り上げてくれ……とは思うが、それでも無下にすることはできないのだ。この問いは、ソラにとってとても重要なものだから。
はぁ……と僕は溜息を吐いて、そして言う。
「どう見ても美少女です。本当にありがとうございました」
そして、僕の言葉の真意をくみ取ったのか微妙に苦笑いするソラを置いて、新学期を迎えた新たな学校生活に繰り出すべく、僕は玄関の扉を開けた。
この時の僕は迂闊だった。
なぜならどう考えてもフラグにしかならない行動を立て続けにとってしまっていたからだ。
なぜなら。
「なん……だと……?」
玄関先に、美少女の死体が転がっていたからだ。。
伏線回収の大切さはてーきゅうで学習したので、はりきって回収しようと思っております。