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錬金術を売り歩く商人  作者: 独蛇夏子
錬金術を売り歩く商人
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回想装置カメラ・オブスキュラ

即興小説トレーニング(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=222974)より転載 お題:突然の失踪 制限時間:1時間

 こんなところに座り込んで何をしているんだい?壮年の男よ。今は真夜中の三時なるぞ。じいさんの金時計もその数字を指している。

 何?金時計の文字盤が変?失敬な。蛇、蠍、蛙、蝟・・・これらは皆きちんと数字を示す役割を果たすのだ。仲間に分かるようにな。

 何?格好が変?失敬な。このシルクハットは由緒正しきシルクハットで、このマントは寒暖差調整マントという優れもので・・・・

 ん、なんだ、てろりすととは。きちんと説明しないかね。何、突然建物を爆破したり人を殺したりする反社会的な勢力のこと?失敬な。じいさんは非常に静かに、善良に暮らしているのである。いくら見た目がパブリックでないからといって犯罪者扱いするとは、壮年の男よ、お前の思考のありようの方がよっぽど危うい。

 大体お前にしても、こんな夜更けに、寒いのに、摩天楼街の隅に座り込んでいるとは何事なのだね。閑散とした夜の摩天楼街に壮年の男、お前の存在は非常に目立つ。何やらただならぬ雰囲気を醸し出しておるぞよ。

 なんだ?「壮年の男と呼ぶな、俺はこーむいんだぞ」とな。こーむいん?お前の名前か?まあいい。お前のことをこれからは壮年の男ではなく、こーむいんと呼ぶとしよう。何か不服か?

 どうでもいいだなんて、じいさんが嫌いな言葉である。投げやりで自分を放り出している。

 まあ、兎に角、何とでも話してみなさい。ここで遭遇したも何かの縁だからね。


 奥さんが突然、失踪したと。子供を連れていなくなった。ほほう。それは心配だね。

 心配どころか、怒っている?こーむいんを馬鹿にしているとな。いやいやこーむいん。何事にも理由はあるものだよ。奥さんにも何か理由があってそんなことをしでかしたのだ。何か原因に心当たりはないのかね。色々と考えたり、知人に聞いてみたり、アドバイスを求めてみたり、解決法は色々あるはずである。

 なに、奥さんには知人がいない、心当たりがない、とな。勝手なことをして、許さない、探し出してめちゃくちゃにしてやる、と・・・それは随分と物騒な物言いだね。それじゃあ、奥さんが戻ってきたいはずないではないかい。え、奥さんが戻ってきたいかどうかは関係ないって?


 いやはや。どうやらこーむいん、お前には重大な過失がありそうである。

 お前の言うことを聞いていると、奥さんという人が、大切に聞こえないのだよ。


 じいさんに奥さんはいない。こーむいん、お前のように国家に勤める者でもない。

 由緒正しき黒いシルクハットを被り、錬金術師の作った商品を黒い鞄に詰めて、あちこちをめぐる流浪の商人である。

 だからこそ、じいさんは縛り付けられるのが嫌いな者の気持ちが分かる。

 こーむいん、お前の側にいたら、きっと奥さんは縛り付けられたと思い、苦しかったであろう。


 それでも、お前は伴侶への愛情の示し方として、それが最善であり、当たり前だと思うのかね。

 ・・・まあ、じいさんは賛成できんな。じいさんは先ほども言ったように流浪の商人である。あらゆる人に商品を売ってきたが、お前のような考え方をする者は大体大事なものを失っている。

 どれ、ひとつお前にも商品を紹介しよう。奥さんを取り戻すヒントにもなるやも知れないからね。

 何だい、見るのが怖いのかい?逃げるのかい?

 そうでなくば、じいさんの商品を見てから帰りたまえ。


 深夜に登場、ご紹介しまするは「回想装置カメラ・オブスキュラ」。

 これは一見、赤い屋根の家のミニチュアである。木製、完璧な寸法。美しい外観にほれぼれするであろ?

 こーむいん、手にしてみなされ。そしてその赤いドアを開けてみたまえ。



 ―――驚くことなかれ。

 縮小装置が働いただけである。心配することはない。とある錬金術師が発見した人間縮小の法により人はミニチュアの家でさえ入れるようになった。

 すなわち、この薄暗い部屋は先ほどお前に渡した「回想装置カメラ・オブスキュラ」の中である。


 カメラ・オブスキュラを知っているかね。

 カメラの原型といわれる光学装置だね。原初に発明されたものは大きな一件の家であった。窓や天井などより計算し尽くされた角度から光を中に取り入れ、部屋の中央に配置されたテーブルの上に光を集め、幻を写すしくみなのである。

 「回想装置カメラ・オブスキュラ」はその原初の形を模している。

 ご覧ぜよ、中央にチラチラと映像のうつる白いテーブルがあるだろう。「回想装置カメラ・オブスキュラ」は部屋に入った者の見たい記憶をあらゆる角度から取り入れて、映像にし、みせてくれる優れた品なのである。

 あの白いテーブルには、今、お前の知りたい奥さんのことが映されているね。

 近付いて見てみようか。


 おや、これは何だい?

 付き合いたての二人ではないかね。なんと、お前、ラブレターを渡して告白したのか。学友だった奥さんの心をそれで射止めた。見事ではないか。

 これは何かプレゼントをもらっているところだね。はにかむ奥さんは愛らしいね。お前も何か渡している。おお、喜んだ。鳥のモチーフのペンダントに奥さんはとても嬉しそうだ。早速着けている。

 次は・・・おや?他の男と奥さんが喋っている。それをお前は見ていたのだな。それで言う。他の男とは喋るなと。戸惑いながら、奥さんは頷いているね。素直にお前の嫉妬だと思ったのだろう。

 二人は付き合い続け、順調に愛情を育んでいった。そして、結婚。白いドレスとヴェール、ブーケを持った奥さんは綺麗だね。おや、睨むんじゃないよ。褒めてるんじゃないか。

 結婚してから、奥さんはお前に料理を作ってくれた。お前が好きな魚料理を作って、お前の側で微笑んだ。とても楽しそうに暮らしている。

 だけどある日、お前さんは奥さんが読んでいる本が目につく。休みの日や空いた時間に読書をしているのが気に入らない。奥さんから本を取り上げてしまう。

 次は近所の人と話をしているのが気に入らない。奥さんにあまり近所づきあいをしないよう、命令する。

 子供が産まれてから、奥さんは子育てと家事に追われる。お前はそれを逐一報告させるようになった。奥さんに暇ができないようにした。

 そんな中で奥さんが新しい趣味として始めたのはガーデニングだったのだね。綺麗に三色スミレが咲くよう、手をかけていた。・・・だがそれも、お前は鉢ごと壊し、捨ててしまった。

 こうしてお前は奥さんの好むものを全て取り上げて、捨てさせていった。鉢に泳がせていた金魚も、友人たちとの集いも、映画も、手芸ボタン集めもぬいぐるみを作ることも。何か奥さんが好んで行う物事の全てが気に入らなかった。奥さんが別の物に向ける好意は、全て自分に向けるべきものだと考えた。そういうことだね?


 そして、お前は奥さんがあやす子供に目をつけた。

 子供は屈託なく、母親に甘えている。

 お前が子供を見つめているのに気付いて、奥さんは顔を強張らせている。


 これが、お前が奥さんを見た最後の記憶なのだね。



 ―――見たい記憶が終わると、元の場所に戻れる。



 さて、真夜中の摩天楼街に戻ってきた。

 お前、奥さんの好きなものを全て奪って、それで自分が愛されると思ったかね?見たかい、奥さんの顔を。どんどん暗くなり、悲しそうになっていく、その表情を。


 え、あ、お前、泣いているのかい?

 なに、奥さんの笑顔を久しぶりに見たって?

 嬉しかったと。


 じいさんは、それがよいのか、悪いのか分からないね。

 お前の奥さんは、もうお前の側にはいないのだから。絶望していく表情こそ、お前に残された真実だと思うぞ。

 都合のよいところだけ見たいのは、人間の愚かさかね。


 「回想装置カメラ・オブスキュラ」を譲ってくれ?

 別に構わんが、何度見ても、同じところに行き着くが、それでもいいかね。

 楽しそうな、幸せそうな奥さんの笑顔が見ることができるのは、最初の方だけ。回想が終わるまで、その装置の中からは出られない。否が応でも、お前は、何度でも、絶望する奥さんの姿を見ることになるだろう。


 それでもよいなら、うむ、じいさんはその装置をお前にあげよう。

 なあに、お代はもう頂いた。心配するな。


 何度でも見るがよい。奥さんの笑顔を。

 何度でも見るがよい。奥さんの悲しみを。

 繰り返し見ていくことで、お前は悟るだろう。

 自分自身の過ちを。

【蛇蝎盤金時計】文字盤が蛇・蠍・蛙・蝟・蛞蝓・蜥蜴・蟷螂・蜘蛛・蛾・蜈蚣・蟻・蚯蚓になっている。それぞれ数字に置き換えられるが、これらの生物が近くにいるときに短針でその生物を示し、長針でその生物がいる方向を示す。


【回想装置カメラ・オブスキュラ】赤い屋根の木のミニチュア家の外装で、扉を開くと縮小装置が作動し中に入れる。部屋の中央に白い机のようなスクリーンがあり、中に入った人物が見たい記憶を見せる。しかし客観性に基づいた編集になっているので、ときに見たくないものも映像にする。観終わるまで外に出られない。

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