quatorze
年末に近い、冬の日。
マリーの町に滑り込んできた列車は、四人の学生をホームに降ろした。
「ほんとう」
エロイーズが呆然とした声で言った。
「マリーの地元って田舎町なのね」
ぽかんとしたエロイーズの様子を見て、マリーはくすくすと笑った。
ホームに立つと、向かいに牧草地が広がっている。遠くに枯れた葡萄畑の棚が薄ぼんやりと重なり、その向こうに教会の尖塔が突き出ている。駅の改札の方には、城下町の面影を残した家や建物が並び、徐々に密集していく様がみえる。
ちらほらと白い雪が屋根や道を覆い、暖かい格好をした人たちがゆったりとした足取りで歩いている。
都会の趣きとはまったく異なる、ノスタルジックでのどかな空気がそこには流れていた。
「こんなに視界の広いところに来たの、久し振りかも」
「いいね、歴史を感じさせるっ」
「トリスタンは喜んでいるらしいぜ」
瞳と眼鏡を輝かせたトリスタンが列車から飛び降り、その後ろからセザルが続いた。
マリーは不思議な気持ちになった。ラテン語チームの皆で、自分の地元の駅のホームに立っているなんて信じられない。
セザルが周辺を見回し、観光客の人混みを見つけて感心したように言った。
「結構人がくるんだね」
「ゴーストツアー目当ての観光客が多いの」
「なるほど。君のメメント・モリは町の繁栄に今でも一役買っているわけだ」
メメント・モリ。
セザルの口にした名にまごつきながら、そうね、とマリーは頷いた。
マリーが衝撃の告白をしたのは数か月前の話だ。
ラテン語授業の三人は戸惑いを隠せない様子で、暫く翻訳作業は滞ったが、最終的には信じるのと信じないのと中間の態度をとり、写本の翻訳を続けることで合意した。
マリーが言うんだからね、というのが大きな理由であることにマリーは少なからず驚いた。三人とも真面目でひたむきな努力を重ねるマリーの言うことを、無下にはできない、と言うのだ。
自分がそのように思われていたと知ること自体が初めての感覚だったし、またありがたくもあった。頭のおかしい人間だと思われても仕方がないと思っていたのだ。
メメント・モリがただの「物語の中の人」ではなくなった。
この一点が違うだけでも、マリーの精神的な負担は軽い。
そんなわけで翻訳作業を進めていたのだが、年明けの授業で発表が決まり、作業にも一旦区切りが必要になった。
秋口になって、例によってエロイーズが提案した。
「ねぇ、皆でマリーの実家に行かない?!」
再び、突然のことにマリーはぽかーんとした。今までそんな話一切出たことがなかったのだ。
「うち?田舎だよ。ゴーストツアーと葡萄酒はあるけど、ほかに名産とかないよ」
「というか、何、突然」
「ちょっともう!当たり前じゃない。この写本の書かれている内容の主な舞台はマリーの実家なのよ。実地で確かめてこそ内容を読み取れるんじゃない?」
エロイーズのこの言葉に、不審げな顔をしていたセザルも得心いったようだった。
授業では既に他のグループの発表がいくつか行われていた。どのグループも、テキストに選んだ資料の著者の出身地や、物語・随筆の舞台になっている場所に行って、イメージで補強しながら翻訳を行っていた。
やる気があって、フットワークの軽い学生が集まっているらしい。
実地に行き見聞を深めることで、単語や熟語、成句や文法の理解に役立ち、更には翻訳以上に内容に切り込む、レベルが高い発表内容になっている。
レベルの高さを求めるには実地調査が有効だと既に証明されている。そもそもマリーたちのグループは個人の写本をテキストに用いるので、『ガルガンチュア物語』や『デカメロン』といった有名な物語と違って受講生に馴染みがない。テキスト内容の理解の深さをアピールするためにも、マリーの実家に行って調査するのは必要だといえた。
「わあー。マリーの家は古そうだから色々面白そうなものがありそうだなぁ」
目をキラキラとさせたトリスタンは既に行くつもりである。
セザルはやや不満げにエロイーズを見つめたが、エロイーズは構わずマリーに迫った。
「例えばメメント・モリが登場した暖炉はどうなってるんだろうとか!城壁はまだあるかとか!気になるわけなのよ。元貴族のお屋敷って一体どんな感じなんだろうとか・・・!」
目をキラキラさせて訴えかけるエロイーズを見て、トリスタンが一言。
「エロイーズ、それが目的だね?」
「何よ、トリスタンだって歴史の古いものに興味あるだけでしょ!」
エロイーズとトリスタンが睨み合う。
どちらもある意味でのミーハーだった。
マリーはくすくすと笑って、「いいわよ」と頷いた。
「ゴーストツアー以外には何にもないところだけど、是非うちに泊りに来て下さいな」
「やった!」
「憧れのお嬢様ライフが見られるの楽しみ!」
それぞれ別方向の想像を巡らせている二人をよそに、セザルが複雑そうな顔でマリーを見ていたので、マリーは首を傾げた。
「どうしたの?」
「いいのか?この・・・メメント・モリのことって、触れられたくない人なんじゃないのか」
ドキッとした。
慌てて、マリーは言い繕う。
「そんなことないわ」
時折、セザルはマリーの心情に踏み込んでこようとする。
メメント・モリのことも、エロイーズとトリスタンはある程度触れないようにしているのに、セザルははっきり「メメント・モリ」と呼び、テキストに書かれた彼の行動などをマリーに直接訊ねたりした。
それがどうしてだか分からないけれど、かなり奥の方まで入り込もうとする感じがして、マリーはセザルに苦手意識を持つようになっていた。
どうだっていいじゃないの、私とメメ様のことは。
メメ様がいるんだって、伝えただけでも、私は充分なのに。
あまり気にしないで欲しいところを、セザルは掬おうとする。お陰でメメント・モリの名を口にされるたび、ぎょっとしてしまう。
マリーの実家に来たら、どんな行動に出るだろう。招いたものの、それが少し不安だった。
駅を出ると、観光客が集まっているバスとは別に、人だかりが出来ていて、マリーはそれに目を留めて軽くショックを受けた。
「マリー!あそこに馬車があるね。すごい、四頭立ての馬車って本当にあるんだ!」
「きれーい!さすが観光地ね」
「あれうちの馬車なんだけど・・・」
「えっ」
四頭立ての黒塗りの馬車。葡萄の蔦の紋章。
祝祭のときや、婚礼といった、お祝いにしか出さない馬車がそこにあった。
馭者と共に黒いオーバーの襟を立てて、紳士然として佇んでいたのはフォール家の執事である。
マリーが駆け寄ると、目尻に皺を寄せて微笑んだ。
「お帰りなさいませ、お嬢様。お疲れでしょう」
「お迎えをありがとう。でもこれは一体・・・」
いつもなら車で送り迎えしてくれるのだが。
馭者台の上で、いつもは馬丁をやっている馭者がにっこり微笑んで帽子を上げて挨拶した。
「お客様がたが歴史好きと、貴族の生活に興味のあるお嬢様だとお聞きして、屋敷の者は皆はりきって準備しております」
至極真面目に言った執事は口の端を上げた。
はしゃいでいるエロイーズとトリスタンを馬車に押し上げ、セザルとマリーも乗り込む。馬車が進むと、初めて乗った三人は歓声を上げた。
「すごい!馬車に乗れる機会なんてないから嬉しいわ!」
「結構快適だね。うわー!速い!」
「ありがとう、マリー」
「うん、ありがとう!」
窓に張り付いて外を眺め、道行く人に手を振りながらエロイーズとトリスタンは代わる代わるマリーに礼を言った。
マリーは目をぱちくりとさせて、頷いた。
セザルはセザルで、外を眺めるためにやや身を乗り出し、「すごいな!」とマリーに声をかける。
なるほど。執事たちがはりきるわけだ。
学友が喜んでいる様子をマリーも嬉しく思いながら、屋敷へ向かう旅を過ごした。
馬車にガタゴト揺られ、窓から見上げると高台の上に褐色のレンガの壁の屋敷が見えた。周りには元の城壁があり、崩れたところには新しい塀が連なっている。
元貴族、フォール家の館だった。
到着するとフォール家の屋敷の人々一同が笑顔で出迎えた。
「お帰りなさいませ!マリー様」
「ただいま」
使用人たちと抱き合い、再会を喜び会ってから、マリーは物珍しそうにしている学友三人を居間に案内した。
こざっぱりとした服装で登場したフローレンスは、いつも通りを装っていたが、客人に緊張していたらしい。マリーが学友を一人一人を紹介すると、微笑みを浮かべ、ほっとした、というリアクションをとった。
「マリーがどんな友達を連れて来るかと思って、少し緊張していたの。初めてだから。ようこそいらっしゃい」
「無理を言って押しかけたのに、歓迎をありがとうございます」
「いいえ、気にしないで。久しぶりの歓迎すべきお客様に屋敷の皆はりきってるの」
ウキウキした様子のフローレンスに屋敷中どんなことになっているやらとマリーは思いを巡らした。
客間に三人を案内した後、マリーは久々に自室に入った。
マリーがいない間も綺麗に掃除されている部屋に、「ただいま」と大きな声をかける。
「もう既にお分かりだと思うけど、今日ね、友達を招待しているの」
トランクから服を取り出してベッドの上に広げながら、マリーはメメント・モリに何を伝えるべきか考えながら話した。
「ラテン語の授業で一緒なの。メメ様の写本を、一緒に翻訳しているグループなのよ」
いつもとは異なる、マリー一人だけでない帰省。
返事はないが、きっとメメント・モリはマリーの学友たちを観察しているだろうと思った。
各自部屋で寛いでから、歓迎会と称した本格的な晩餐会に参加した。マリーが予感していた通り、屋敷の人々はかつてないほどはりきって「元貴族の家」を演出してみせ、学友三人の度肝を抜かしたようだった。
マリーも少なからず驚いていた。普段使わない大食堂は花が飾られ、温かい火が灯されて華やぎ、人の声が満ちて、長テーブルにはたくさんの料理が並んだ。まるで大食堂が生き返ったようで、昔もこういう瞬間があったのかも知れない、とも思った。
四人はそれぞれ驚きつつも、新鮮な感覚を受けながら料理を美味しく食べて満足していた。
「聞いてはいたけど、元貴族の家ってすごいな」
セザルが言うので、マリーは苦笑して首を振った。
「違うのよ。いつもはこんなんじゃないの。お客様が来るから皆、腕の振るいどころだってはりきったみたい」
「血が騒ぐのかな」
「血?何の血?」
「元貴族の一家、の血!」
「なにそれ」
トリスタンがにこにこして言ったことに、マリーもエロイーズも声を合わせて笑った。
応接間に集まって四人はこれからの計画を立てていた。滞在期間中にテキストに登場する屋敷の部屋を見て特定しなければならない。どこを回るのか最初に決めておくのが重要だった。
「マリー、いくつか心当たりあるの?」
「うん。この暖炉の横って、居間の暖炉だと思う。城壁は分からないけど、もしかして残っている一部かも知れない。昔のは半分なくなっちゃってるから」
「そういえば、ゴーストツアーの人たちも城壁ら辺に集まっていたね」
トリスタンが思い出すように言ったことに、セザルがはっとした。
「そうか、マリー、前に話していたよな。町の怪談はすべてメメント・モリが関わっているって」
「う、うん」
翻訳の助けになる事柄や、逸話について、メメント・モリの記述を明らかにする捕捉になるようなことを、マリーは三人に話すようになっていた。
セザルは真剣な顔つきで提案した。
「その怪談の場所を辿ってみるって、結構色んなヒントになるんじゃないかな?」
確かに、そうだった。
けれど、それはかつてマリーが失恋して冬に帰省した際に試みたことでもあった。
一人で町中、怪談のあるところを、巡り歩いた。
メメント・モリの痕跡を探すために。
「いいわねぇ、それ」
いつの間にか、盆を持ったフローレンスが皆の背後に立っていた。
一同は佇まいを正す。甘い苺のジュースのグラスを四つテーブルに置いて、フローレンスはにっこり微笑んだ。
「ねえ、マリー。ゴーストツアーに行ってみたら?」
フローレンスの言葉に、マリーは目を丸くした。
「ゴーストツアー・・・」
「うちの周辺でやってることだから、当たり前すぎて行ったことなかったじゃない。町の大事な観光資源になっていることだし、一度内容を確かめてきてもいいんじゃないの」
言われてみれば、そうかも知れない。
マリーは頷いた。
「そうね。明日、観光協会に電話してみるわ。皆、それでいいかしら?」
「よし、それで決まりだ」
「いいね、僕も気になってたんだ、怪談には歴史がつきものだからね!」
「私は興味あるけどちょっと怖いわ・・・」
三者三様の反応だったが、ゴーストツアーに参加することに決まり、滞在期間中に屋敷のどこを見るか計画を立てて、その晩はお開きになった。
二日目、マリーは三人を屋敷の中に案内した。
三人は各部屋の暖炉やカーテンの裏、居間の備え付けの棚の横、地下の倉庫、広間、食堂と見ていくたび、しげしげと壁や床をみやり、手で押してみたり、隙間がないか確かめたりして、首を傾げていた。
「何にもないわね」
「どこから出て来たんだろう」
「私もよくそうやって探したわ。全然見つからないの」
一度だけ、見つけたことがあるけど。
その言葉は胸に留めて、エロイーズとセザルが壁紙を確認して首を傾げている様子を見て、マリーは昔の自分の姿を見るような気持ちになった。メメント・モリがどこから出て来るのかと部屋の隅を突いていた自分の姿はこんな感じだったのかも知れない。
一方でトリスタンは行く部屋ごとに古いものを発見し、興奮した様子だった。
「見て!これ中世の甲冑だよ!すごい!」
次々と品物を手に取り、目を爛々とさせて、マリーでさえ知らない発見までしてみせる。品物の鑑定までしてするとは侮れない。
写本には、今は間取りにない広間や地下室なども書かれていた。跡地に足を運んで確認してみると、確かにその痕跡が見受けられ、フォール屋敷の貴族時代が偲ばれた。
「やっぱりすごいわね!色んな部屋を見せてもらって、興奮しちゃった」
夕食の席でエロイーズは目を輝かせて言った。豪華な部屋の内装や、本物のビロードのカーテン、調度品に触れて、翻訳に必要な情報云云以前にかなり満足したらしい。
夕食を共にしていたフローレンスは嬉しそうに笑い声を上げた。
「そう言ってもらえてよかったわ。見て楽しいものがあったなら幸い」
「歴史的に古いものもあって楽しかったです」
「ありがとう。品物なら古いリストがあったと思うけれど・・・ジュール、出しておいてくれない?」
「はい、奥様。後でトリスタン様にお届けしますね」
「わあ、ありがとうございます!」
執事に声をかけられ、トリスタンが嬉しそうに頷く。熱心なトリスタンに、執事も協力的だ。
「それにしても、メメント・モリが現れた場所、どこにもそれらしい跡がなかったな」
セザルが残念そうに言う。結構本気で出入り口ないしは仕掛けを探していたらしい。
すると執事がフローレンスのグラスにワインを注ぎながらしれっと言った。
「それはそうでしょう。あの方が簡単に見つかるような装置を作るわけがありません」
招待客三人は目を丸くして執事を注視したが、何でもないかように執事は退出し、マリーとフローレンスは顔を見合わせて笑った。
翌日、前日までまっさらに晴れ渡っていた空に薄灰白の雲がかかり、重たい空気が町を覆った。
寒風に腹の底から震えがくる。まさにゴーストツアー日和だった。
マリーたちは、朝一番に駅前のロータリーに行き、観光客と混じってツアーに参加した。
ガイドの説明を聞きながら、バスときどき徒歩で巡る地元の町は、マリーにとって馴染みある光景であるはずなのに、この町が古くから朴訥と続いてきた町なのだと新鮮な気持ちになった。
銅像や噴水の前、街灯の下にまつわる怪談。兵士の幽霊や骸骨の舞踏会に絡んでくる歴史の面影。
姿を見せていなくても、メメント・モリはそこに息づいていた。
どれほどの時間をかけて、メメント・モリが自分の存在を隠しつつ、自らの思想を町のあちこちに忍ばせてきたのか。
気の遠くなる昔から、町の人たちはその片鱗を感じている。
怪談という形で、マリーの知らなかったメメント・モリの姿が、そこにもあった。
「マリー?ぼうっとしているけど、大丈夫?」
目の前で手を振られて、マリーははっとした。
セザルが不審げにマリーを見下ろしていた。
「ええ、大丈夫」
「そう?」
若干眉間に皺を寄せて、セザルはマリーをじっと見てから、ガイドの話に注意を戻す。
マリーは時折セザルが見せるこうした様子を不思議に思っていた。セザルの視線には様々な感情が見え隠れしていて、どこか居心地が悪い。
ゴーストツアーのガイドは丁度マリーの実家の塀について説明していた。古い城壁と新しい塀は時代が四百年も違い、新しい塀はルネサンス期に作られたものであるという。
エロイーズとトリスタンはガイドの真ん前に陣取り、わくわくした様子で魔女の格好をしたガイドの話を聞いている。
「塀の柵の真ん中に、葡萄の蔦が弧を描いたフォール家の紋章があります。優美で華やかなデザインは中世の素朴な絵柄と打って変わります。ルネサンス期が始まったのです」
魔女ガイドはマントを翻して柵を指し示し、マリーを見るとウインクしてみせた。
彼女はマリーの同級生である。
「フォール家は古くからこの地に根付く貴族の家柄です。起源は定かではありませんが、元からこの地の有力者であったフォール家がカロリング朝フランク王国に仕えたことからこの地を治める領主となったといういわれがあります。町を覆うゴーストの片鱗も、古きフォール家と共にあったといってよいでしょう。さて、権勢を誇り、畏き領主として君臨したフォール家は、弱き者の味方であったとよく言われています。こちらの絵をご覧ください」
魔女ガイドが鞄から出してきたパネルは、古そうな銅版画のコピーだった。
大勢のボロボロになった人間たちが、立派なガウンを纏った一人の男を前にして平伏している。立派なガウンを着た男の背後にはフォール家の紋章のある塀が描かれている。
マリーはどきりとした。
それと分かる者は少ないだろう。大勢の人間たちはいずれも錬金術の道具や品物を持っていた。
立派な格好の男の隣りには、黒いフードつきのマントをすっぽりと被った、骸骨が立っている。
「これはルネサンス期に起った、錬金術師の迫害に関する銅版画です。左に描かれた見るも無残な人々、これが追われた錬金術師たちです。フォール家の紋章が描かれているのが見えますか?これは当時のフォール家当主、シルヴェールといわれています。彼は迫害された錬金術師を匿い、無実の罪に問われていた錬金術師たちを救ったといいます」
マリーは時を止めたかのように硬直し、絵から視線を外さなかった。
「そのため、この町は〝錬金術師の隠れ里〟と呼ばれることがありました」
錬金術師の隠れ里、と呼ばれていたことは知っている。
地域史で、迫害された錬金術師が大挙して押し寄せてきたことも学んだ。絵も見たことがある。
メメント・モリ自身からも、聞いた。
見たことがあったのに、写本の記載を読んでから、何故これまで絵を見返そうと思わなかったのか。
今まで思い当らなかったのか。
「マリー!写本にあった記述の通りね!」
「この場所がメメント・モリが消えた場所だよ!」
エロイーズとトリスタンが囁き声で次々に言うのを、どこか遠くでマリーは聞いていた。
〝錬金術師ども、メメント・モリについてゆくに、城壁の穴に消えにけり。〟
あの地下の舞踏会場へと続く道が、この塀のどこかにあるのだ。




