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錬金術を売り歩く商人  作者: 独蛇夏子
錬金術を売り歩く商人
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哀愁着色ドライフラワー

即興小説トレーニング(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=222214)より転載 お題:死にかけの秋 必須要素:脂肪吸引 制限時間:30分

 そこのお嬢さん。何を泣いているんだね?

 整形手術とは何ぞや。おう、じいさんはそんなもの、知らん。説明してくれなくば何故泣いているか分からんね。え?分かってもらわなくてもいい?

 まあ、これからも付き合い続ける間柄というならば、あんまり他人を傷付けるような言説を聞かせる相手として相応しくないかも知れん。だがこのじいさんはただの通りすがりだ。すっと来て、ふっと行ってしまう流浪の人だ。重たい話だろうと悪口だろうと、すっと聞いて、ふっと掃いて捨てちまうから、言うだけ言ってみなさい。


 ・・・なになに、綺麗になるための医術とやらに騙されたと。

 しぼうきゅういん?ああ、痩せるための施術かね。それをするはずだったのに、さほど痩せず、しかも手術後痛いばかりであるかね。

 おまけに腹に大きな傷跡が残った。医者はまったく意に介さない。無視をする、とな。悪い医者に捕まったのだね。

 錬金術師にも悪いやつがいてね。そのお陰で、昔、ほかの善い錬金術師も迫害されるようになってしまった。今じゃ表向き錬金術師として活動している人間はいなくなってしまったよ。

 まったく、いつの世にも人を人とは思わない者はいるもんだ。


 何だね?改めてジロジロ見て。怪訝そうだね。

 胡散臭いだと?失敬なね、お嬢さん。

 古めかしい帽子、などと言うでない。この帽子は由緒正しき黒いシルクハットなのである。

 このマントはどんな寒いところでも温かく過ごせ、どんな暖かいところでも涼しく過ごせる、優れものの寒暖差調整マントなのだ。ただの黒っぽいビロードのマントなどと言うでない。

 この黒い鞄の中には、古今東西の錬金術師が工夫を凝らして創った商品が入っている。何でもあるぞ。何か欲しいものがあったら言ってみなさい。


 なんだね、また浮かない顔をしているね。

 ・・・けったいな要求をするね。人を呪い殺す商品でもないかって?

 まあ、似たようなものはある。どれ、見せてあげよう。


 そう、これ。

 ただの透明な小瓶に入っているアーモンドと思うことなかれ。

 これは「わざわいの種」なのだ。

 一粒食べさせれば、食べた人間に次々とわざわいが降りかかる。

 それはもう、地獄のような日々を過ごすことになるだろう。金持ちは一文無しになり、名誉は蔑視になり、周りの大切な人は皆死に、目は潰れ、職には就けない、食べ物も食べられない。ありとあらゆる苦しいことを、その人間は経験することになるのだ。そしてその内、無念の内に死ぬことになる。

 何故そんなものが作れたかといえばね、このアーモンドには昔、異端といわれて蔑まれ、殺されていった錬金術師の記憶と経験の結晶がそれぞれ詰まっているのだよ。

 錬金術師たちは自分たちの辛苦を結晶化して、後世に伝えた。

 それはそれは、凄惨な記憶さ。生き残った錬金術師は涙ながらにその結晶を受け取り、結晶とアーモンドを合成したのだ。

 善い錬金術師だって、苦しめられれば恨みも持った。悔しかった。生き残りの錬金術師は涙を流してこらえるしかなかった。

 みんな誰かにその苦しみをぶつけたかったのだ。

 それでこんな恨みつらみの詰まった「わざわいの種」を作ったってわけだね。


 だがね。この「わざわいの種」を作った生き残りの錬金術師は、種の使用者にひとつの制約を設けた。

 この種を食べるよう仕向けた使用者にも、食べさせた人間と同じ苦しみを味わう、というね。

 何だっけね、東洋の言葉だっけ。

 人を呪わば、穴二つ。まさにその通り。


 他人に苦しみを味あわせようとする人間になってしまえば、わざわいを与えたい人間がどんなに酷い人であろうと、同じものになってしまう。

 良心がある人間に、自分が大事である人間に、立ち止まらせる制約なんだね。

 立ち止まって、考えさせる。錬金術師は、使用者に良心を天秤にかけるように誘導しているのだ。


 これを使ってみたいかい?

 おや、もっともっと泣いているね。

 悔しい。苦しい。だけどあいつとは同じにはなりたくない、ね。よく言った。

 でも、合法的に真っ直ぐ戦っていく、か。医者のことを、糾弾して糺すんだね?許せない。分かるよ。

 それもまた苦しい道だね。

 お嬢さんの苦しみは、まだまだ続きそうだ。



 それなら、代わりにこの商品をじいさんはあげよう。

 「哀愁着色ドライフラワー」という。

 このドライフラワーは優れもの。所有者の悲しみが深ければ深いほど、綺麗な色に染まる。

 ほら、持ってごらん。

 茶色い花びらと葉っぱが、次々と色付いて、おおう、複雑な色合いだね。こっちは青い、こっちは赤い。黄色い小さな花がふんだんに咲く。綺麗な色になったじゃないか。


 悲しみの種類によって、色付き方は違う。

 これからお嬢さんが歩むのは茨の道かも知れない。

 しかし、少しでもその悲しみの中に彩りがあり、心のほっとする瞬間がありますように。

 綺麗に染まる花に、悲しくも優しい気持ちを抱けますように。

 じいさんは「哀愁着色ドライフラワー」を、お嬢さんに捧げよう。

【寒暖差調整マント】寒いときは温かく、暑いときは涼しく温度を調整してくれるマント。調整できる温度に限度はなく、旅人に最適。


【わざわいの種】色形、味がアーモンドによく似た種。幾千人の虐げられた錬金術師の苦しみを食べた人は味わうことになる。また、食べさせた人間も同じ苦しみを味わう。


【哀愁着色ドライフラワー】様々な花をドライフラワーにした花束。所有者の悲しみの質、度合によって色が変化し、美しくなる。悲しみが色濃ければ濃いほど、花の色も濃くなる。

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