最終話 合わせ鏡
カセットテープという話でおばあさんがテープに別の音を上書きをした。
これは完全創作と言ったが意味はわかるだろう。
音とは振動。
減衰すればやがては0になる。
そして幽霊の幽は限りなく0に近い事。
0と言ってよいがそれは0としか気づけないから。
”何か”に気づいたら0は0でなくなる。。
聞かなければ良いのではなく、気づいてしまったなら意図して消さなければ消えない。
音だって同じ、減衰したように見えて振動した事実がいつまでも痕跡として残りつづける。
そういう話だ。
基本的には技術の進歩は、見てはいけない、といより見たくないものをずっと隠してきた。
だから幽霊や精霊を都会で感じる事は少ない。
ただ逆に幽を再び現れさせる事もある。
それはAIなのか、クローンなのか、宇宙を更に見渡すアンテナ、古文書の解析なのか。
今こうして簡単に怪談話を発表出来る状況だってそうかもしれない。
私は一つの実験をした。
私は、私の書いた30の怪談を消えたモニターに向かって音読をした。
より正確にいえば待機状態、最後の話と同じ電源は入っているが暗い画面だ。
見続けると気づく事がある。
画面は自分の顔や部屋の様子を反射する。
暗いからこそ見える。
耳には電磁波なのか詳しくは知らないがやはり、独得の耳から入ってくる言語化はできない音が聞こえている。
何も合わせてはいないはずが合わせ鏡がふと頭をよぎる。目が鏡のようなオシャレな事をいうのは性にあわない。
私は更に音読をつづける。
光も波。つまり振動。
今ちょうど時計は0時を指した。




