表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺が買った『猿でも分かる魔法の使い方』が本物の魔導書だったので、とりあえず確率操作で無双します【リメイク】  作者: パラレル・ゲーマー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
52/52

第51話 猿と偽物の予言

 それは、今から半年前のことだ。


 深夜の六畳半のワンルーム。


 壁に薄っぺらい防音材を貼り付けただけの自室で、真壁遼はパソコンのモニターを睨みつけていた。


 画面の端に表示されている同時接続者数は、たったの『三人』。


 真壁が運営するオカルト系動画チャンネル《境界観測室》の、それが冷酷な現実だった。


 心霊スポット、都市伝説、陰謀論、未解決事件。


 ネットで受けると言われている題材は手当たり次第に扱ってきたが、取材力もなければ編集の技術もない真壁の動画は、大手配信者のコンテンツの海に埋もれ、固定の視聴者など全く定着しなかった。


 数少ないコメント欄には、悪意と嘲笑だけが並んでいる。


『また中身スカスカの釣り配信かよ』


『いつになったら本物の幽霊出るの?』


『なんちゃってオカルトマニア』


『そんなに超能力とか予言があるって言うなら、明日の天気でも当ててみろよw』


 真壁は、キーボードを叩き割りたい衝動を必死に堪えた。


「……お前らが、真実を理解できないだけだ」


 口から漏れたのは、負け犬の典型的な言い訳だった。


 自分には力がないのではなく、世間が自分の価値を認める目を持っていないのだと、本気で思い込もうとしていた。


 イライラしながら、ふと窓の外へ目を向ける。


 真壁のアパートの向かいには、古いクリーニング店がある。


 その店先に突き出た鉄製の袖看板が、強い風が吹くたびにギイ、ギイと嫌な音を立てて微かに揺れていた。


 留め具が完全に錆びついている。


 あれは近いうちに落ちるだろうと、以前から思っていた。


 真壁は、腹立ち紛れに配信用のウェブカメラを窓の外へ向けた。


「……明日の天気を当てろだと? そんなチンケなもんじゃねえ。じゃあ、もっと凄い予言をしてやるよ」


 マイクに向かって、投げやりな声で言う。


「明日の正午。お昼の十二時ちょうどだ。あのクリーニング店の看板が、完全に落ちる。……動画は残しておくからな。絶対に落ちるから、震えて見てろ」


 コメント欄が、冷ややかに流れる。


『はいはい予言者様』


『近所なら、あれが壊れかけてるの知ってただけだろ』


『外れたらチャンネル消せよな』


 真壁は、乱暴に配信を切った。


 翌日。


 午前十一時五十九分。


 真壁は、クリーニング店の道路の向かい側から、スマホのカメラを構えていた。


 自分でも、なぜこんなことをしているのか分からなかった。


 ただ、昨日の配信の最後、看板に向けて「落ちろ」と強く念じた時、自分の中の何かが確実につながったような、奇妙な全能感があったのだ。


 正午を知らせる、遠くの防災無線の音が鳴り響く。


 その瞬間、突風が吹いた。


 ギガンッ。


 錆びきっていた留め具が限界を迎え、重い看板が道路側ではなく、店舗の敷地内のコンクリートへ向かって落下した。


 ガシャァンという派手な音が響くが、歩行者に当たるなどの人的被害はなかった。


 真壁は、画面越しに落下した看板と、スマホの時計の「12:00」という表示を交互に見た。


「……マジか。本当に、落ちた」


 それは単なる偶然だったのか、それとも自分の何らかの『力』だったのか、本人にも確証は持てなかった。


 しかし、前日の配信アーカイブには、「時刻」と「対象」を明確に宣言した自分の映像が、動かぬ証拠として残っていた。


 そこから、小さな成功体験の積み重ねが始まった。


 最初の切り抜き動画が一部のオカルト掲示板で数百回ほど再生され、「たまたまだろ」「でも時刻までピッタリ当てたのは少し気味が悪い」と、ごく小規模な話題になった。


 真壁は、味を占めて次の『実験』を始めた。


『明日の午後六時、あの商店街の街灯が一本だけ消える』


 対象は、数日前からチカチカと点滅を繰り返していた古い街灯。


 結果は午後六時二分に消灯。


 少しずれたが、ほぼ的中。


『今夜の十時、この自動販売機は使えなくなる』


 対象は、コンプレッサーから異音を立てていた古い自動販売機。


 結果は午後十時ちょうどにエラーランプが点灯し、販売停止。


『明日の配信中、あいつのパソコンは完全に落ちる』


 対象は、長時間のゲーム実況で熱暴走を繰り返していた同業の小規模配信者。


 結果は、配信の中盤でパソコンがブルースクリーンになり強制終了。


 相手が「真壁に呪われた!」とネタにして騒いでくれたおかげで、真壁のチャンネルの知名度は少しだけ上がった。


 だが、それでも、爆発的な人気にはつながらなかった。


『どうせ、故障しそうな古い機械を狙って選んでるだけだろ』


『裏で業者から内部情報を買ってるんじゃないの?』


『自分で石でも投げて壊してる犯罪者だろ。通報しろ』


 コメント欄には、相変わらず冷ややかな疑念が並ぶ。


 真壁は、自宅のベッドでギリッと奥歯を噛み締めた。


「なんでだよ……。俺の予告は、百発百中で現実になってるじゃないか。……俺という人間に権威がないから、お前らは信じないのか」


 そんな時だった。


 真壁が、ネットを漁っていて『オカルト実験室クロノス』の動画を目にしたのは。


 そこに映っていたのは、不気味な猿の面を着けた、正体不明の男。


 名前は、《予知者K》。


 事件の発生を事前に知る。


 怪異と物理的に戦う。


 謎の呪物を破壊する。


 そしてXでは、未来予知めいた精度で株式を運用し、その売買記録や利益を公開している。


 匿名掲示板にも時折、それらしい人物が現れ、相場や不可解な事件について意味深な書き込みを残していく。


 政府系の裏組織とつながっているらしいという都市伝説まであった。


 ネット上では、Kが本物の超能力者なのか、単に株式運用とオカルト企画を組み合わせたエンタメなのか、連日激しい議論が交わされていた。


 真壁は、KのXアカウントを遡った。


 投稿時間。


 文章の長さ。


 句読点の置き方。


 株式について断定する時の、妙に淡々とした文体。


 クロノスの動画に映った猿面。


 さらに、匿名掲示板に現れた自称Kの書き込みまで片っ端から収集した。


 匿名掲示板で本人確認などできない。


 本物のKらしき書き込みもあれば、明らかな偽物も混ざっている。


 だが、真壁にとって重要なのは、本物かどうかではなかった。


 世間の人間が、


『Kなら、本当に未来を知っているかもしれない』


 と考えていることだった。


(……俺の名前じゃ、誰も信じない。でも、この『K』の名前を使えば、連中は最初から俺の予告を見るんじゃないのか?)


 予告を現実にしているのは、紛れもなく自分の『力』なのだ。


 ならば、自分がKを名乗ってやったところで、何の問題もない。


 真壁は、新しいXアカウントを作成した。


 表示名は、『予知者K・未来観測記録』。


 プロフィールには、こう書いた。


『株式関連は従来のアカウントで継続する。


 災害・事件・異常現象の観測記録はこちらへ分離した。


 見えた未来だけを記録する。


 信じるかどうかは、結果で決めろ』


 アイコン画像には、クロノスの動画に映っていた猿面を参考にAIで生成した、無駄に豪華で装飾過多な猿の仮面を設定した。


 もちろん、本物のKのXアカウントから、新しいサブアカウントを作ったという告知は一切ない。


 そこで真壁は、匿名掲示板を利用した。


『Kだけど、株の話と事件の予言が混ざると面倒だから、予言専用の垢を分けた』


『今日から異常事件関連はこっちに書く』


 そう書き込み、自分で偽アカウントへのリンクを貼った。


 さらに、別回線や複数の端末を利用して、


『マジでK本人っぽい』


『前から掲示板に来てたKと文体が似てる』


『株垢でオカルトやるより分けた方が自然だろ』


『本垢で告知してないのは、何か理由があるんじゃね?』


 と、自作自演で信憑性を補強した。


 偽K名義での最初のターゲットは、駅前の古いデジタル案内板に決めた。


 以前から、液晶のバックライトが一部死にかけ、画面の右端が不快な点滅を繰り返している代物だった。


『本日、午後九時。


 西口のデジタル案内板は、その表示を停止する』


 Kの名義を騙ったことで、その投稿は真壁の過去の配信とは比較にならない速度でネットの海を拡散していった。


 もっとも、最初は疑いの声ばかりだった。


『偽物だろ』


『本垢でサブ垢作ったって言ってないぞ』


『匿名掲示板の書き込みなんて誰でもKを名乗れるだろ』


『本物のK、株の運用以外でこんなポエム書かなくない?』


『午後九時に見に行ってやるよ。外れたらスパム報告な』


 しかし。


 午後九時ちょうど。


 駅前の案内板の制御装置が突然ショートを起こし、完全にブラックアウトして表示が停止した。


 その瞬間、偽Kのアカウントは一気に注目を集め、数万件のインプレッションを叩き出したのだ。


 真壁は、スマホの画面を見つめながら震えた。


(……すごい。Kの名前を使えば、俺の力の精度も上がる……!)


 見ている人間が多いほど、予告した現象がピタリと時刻どおりに発生しやすくなるような感覚があった。


 ただし、それによって真壁自身の能力が大幅に強くなったわけではない。


 止められるのは、もともと壊れかけていた案内板だけ。


 真新しい設備を破壊したり、建物を倒壊させたりできるわけではない。


 それでも真壁は、自分が本物の予知者へ近づいたと思い込んだ。


 偽K名義でもう一度、小規模な設備故障の予告を成功させる。


 この時点で、ヤタガラスの情報収集部門も、Kの名義を使う新規アカウントの存在を把握した。


 しかし、アカウントのIDは登録済みのKアカウントとは異なる。


 本物のアカウントに不正アクセスされた形跡もない。


 能力者による犯行か、内部情報を知った一般人の悪戯かも判然としない。


 被害も、古い設備が一時停止しただけ。


 低優先度の『なりすまし候補』として記録され、継続監視へ回された。


 そして現在。


 真壁は、これまでで最も目立つターゲットとして、東都駅前にある巨大な『大型街頭ビジョン』へ目をつけた。


 駅前広場のビル壁面に設置され、広告や地域ニュースを大音量で流している象徴的な設備だ。


 真壁は下見を繰り返し、ビルの裏手で管理関係者が「電源制御盤のリレー不具合で、交換部品を取り寄せている最中だ」と愚痴っているのを耳にしていた。


 その夜。


 偽Kのアカウントが、高らかに投稿した。


『本日、午後八時。


 東都駅前の大型ビジョンは、完全に光を失う。


 ――予知者K』


 過去の的中記録の切り抜き動画と共に、その投稿は瞬く間に拡散された。


 規模は小さいが、腐ってもKの名義だ。


 一部の物好きな配信者や野次馬が、カメラを持って現地へ向かう準備を始めていた。


 同じ頃。


 自室のベッドで昼寝から目覚めた健司は、枕元に置いていたスマホが何度も振動していることに気づいた。


 寝ぼけ眼で画面を見る。


 予知者Kとして使っている本物のXアカウントに、大量のメンションや返信が届いていた。


『未来観測記録って、Kさんのサブアカウントですか?』


『大型ビジョン停止の予言、本物ですか?』


『どうして本垢でサブ垢の告知をしないんですか?』


『株式運用と予言を分離したって、匿名掲示板に書いたのはKさん本人?』


『午後八時に現地へ行けば何か見られますか?』


「……何だ、これ……」


 さらに、梓からも連続でメッセージが入っていた。


『ししょー!』


『Kさんの予言専用サブアカウントができたって、鳥カゴで話題になってますよ!』


『今度は駅前の大型ビジョンが止まるらしいです!』


『これ、本当にししょーの別アカウントですか!?』


 健司は、一気に目が覚めた。


「作ってないよ! 俺のKアカウントは一つだけだ!」


 送られてきたリンクを踏み、偽アカウントの画面を確認する。


 無駄に豪華な猿面のAIアイコン。


 本物のKの文体を真似たつもりなのだろうが、妙に断定的でポエムじみた文章。


 本物の株式運用用アカウントを『従来のアカウント』と呼び、新しい予言専用サブアカウントを装っている。


 匿名掲示板にも、偽アカウントを本物だと主張する自称Kの書き込みがある。


「……めちゃくちゃイタい上に、やり方が地味に悪質だな」


 健司は、即座に梓へ返信を打った。


『偽物。俺じゃない』


『俺のXは今までの一つだけ』


『拡散しないこと。野次馬として現地にも行くな』


 梓からは、すぐにお気楽な返信が来た。


『分かりました!』


『でも、あの偽物の仮面のアイコン、ししょーが被ってる本物より高そうですね!』


「そこは今、本当にどうでもいいんだよ!」


 健司がベッドの上で叫ぶ。


『ふむ。確かに、あの偽物の方が仮面のデザインに金をかけているように見えるな。貴様のお面は、どう見ても縁日の出店レベルの安物だからな』


 魔導書までが、余計な追撃をしてくる。


「お前まで言うな!」


 魔導書は、健司のスマホ画面に映る過去の予告映像と、実際の故障が起きた瞬間の記録を一通り眺めてから、すぐに断言した。


『結論から言うが、これは未来予知ではない』


「もう仕組みが分かったのか?」


『映像を見る限り、すべての対象に、元から明確な物理的故障原因が存在している。あの偽物は、未来のビジョンを見ているのではない。ただ、あらかじめ壊れかけたポンコツの機械を選び、自分が指定した時刻まで、その寿命を少しだけ因果的に縮めているだけだ』


「……そんな、みみっちい能力もあるのか」


『空間の因果を、指先で少しだけチョンと押す程度の、極めて低級な宣言型能力だな。もし対象が完全に整備された新品の正常な機械であれば、あの能力では何もできん』


「じゃあ、今日の大型ビジョンも、事前に修理してしまえば終わりってことか?」


『ほぼ終わりだ。もっとも、あの手の古い大型設備には、壊れかけた部分が複数箇所潜んでいるものだがな』


「一つ直しても、別の場所が壊れる可能性がある?」


『あの偽物の予告の対象は、大型ビジョン全体だ。主電源が直れば通信装置へ。通信装置が直れば冷却装置へ。故障の候補が残っている限り、能力は対象の中で最も壊れやすい箇所へ向けて、ズルズルと干渉先を移していくはずだ』


 そこへ、ヤタガラスの三枝から着信が入った。


「佐藤さん。現在拡散されている、予知者Kを名乗る新規アカウントについてご報告します」


 相変わらずの、氷のような無機質な声だ。


「俺じゃありません。俺のアカウントは、株の運用に使ってる今までの一つだけです」


「承知しています。登録済みのKアカウントへの不正アクセスは確認されていません。問題の投稿は、全く別の新規アカウントから行われています」


「じゃあ、最初から偽物って分かってるじゃないですか」


「はい。今回は本人確認ではなく、名義悪用事案の報告です」


 三枝の反応は、あまりにも落ち着き払っていた。


「……これ、能力者が起こしてる事件なんですよね?」


「該当エリアにおいて、極めて微弱な因果律改変反応が検出されています。ただし、階位評価はTier4下位相当と推定されます」


「俺の未来視とは、仕組みが全然違うように見えるんですけど」


「はい。典型的な、宣言型の因果誘導です」


 三枝が、手元の資料をめくるような音を響かせた。


「ヤタガラスの現場では、いわゆる《予言者もどき》と呼称される類いの事案ですね」


「……そんな、身も蓋もない呼び方があるんですか?」


「正式な用語ではありませんが、現場の担当者の間では多用されます」


「よくいるんですか、そういうの」


「能力系統としては珍しい部類です。しかし、自称予言者、自称神託者、自称未来人、さらには無能力の虚言者や詐欺師まで含めれば、毎年のように一定数発生します」


「うわぁ……。なんか、すごく嫌な括りだな……」


「通常であれば、この程度の被害規模なら、地域担当部署の一般処理班に任せて終了します。しかし今回は、ヤタガラスの所属協力者として正式に登録されている《予知者K》の活動名義が、継続的に悪用されています」


「だから、わざわざ俺にも連絡が来たんですか」


「はい。加えて、予知者KのXアカウントは、株式市場でも一定の注目を集めています」


 三枝の声が、僅かに低くなった。


「現在は設備故障の予告だけですが、次に特定企業の倒産、株価の暴落、銘柄の急騰などをK名義で投稿された場合、能力犯罪だけでなく、金融市場への不正な誘導や相場操縦へ発展する可能性があります」


 健司は思わず顔をしかめた。


「俺の偽物が、株の買い煽りや売り煽りまで始める可能性がある?」


「十分にあります。能力自体の危険度とは別に、早期に名義の悪用を止める必要があります」


 事件そのものが大災害に直結するから健司を呼ぶのではない。


 あくまで、健司の仕事上の活動名と、株式運用で得た信用を勝手に使ったため、本人にも対応の席についてもらうという、極めて事務的な理由だった。


「佐藤さん。登録済みのKアカウントから、なりすましを否定する投稿を行ってください」


「俺が普通に投稿していいんですか?」


「はい。ただし、能力やヤタガラスには触れず、アカウントの関係性だけを否定してください」


 健司は、ベッドの上で文章を考え、本物のKアカウントから投稿した。


『現在、予知者Kを名乗り、未来観測記録を称しているアカウントは、私とは無関係です。


 東都駅前の大型ビジョンが停止するとの予告を行った事実もありません。


 現地での検証、無断撮影、通行の妨害は控えてください。


 K名義で使用しているXアカウントは、現在閲覧しているこのアカウントのみです』


 投稿直後から、大量の反応が届いた。


『やっぱり偽物か』


『本垢から否定来たぞ』


『予言用サブ垢は偽物確定』


『匿名掲示板の自称Kも偽物じゃん』


『でも、こっちの本垢が乗っ取られてる可能性は?』


『偽K同士の争い始まってて草』


 完全に疑いが消えたわけではない。


 しかし、偽アカウントを本物だと思っていた人間の多くが離れ始めた。


 一方、立体駐車場の屋上でその投稿を見た真壁は、顔を真っ赤にしてスマホを握り締めた。


「何だよ、こいつ……。俺を偽物扱いしやがって……」


 真壁は、偽アカウントから即座に反論した。


『従来の株式アカウントは、現在第三者の管理下にある。


 私を騙る偽物の発信を信用するな。


 午後八時になれば、どちらが本物か分かる』


 その投稿を見たヤタガラスの情報担当は、後に、


「ああ。なりすまし側が本物を偽物扱いする、よくある段階へ進みましたね」


 と、何の感慨もなく記録へ追加した。


 駅近くの、雑居ビルの一室に設けられた現地対策会議。


 参加者は、三枝、私服姿の健司、ヤタガラスの地域担当官、情報分析担当、そして大型ビジョンを管理している設備会社の秘密研修受講済み責任者、最後に駅前警備の担当者。


 地域担当官が、過去の予告リストをモニターに映し出した。


「これまでの被害は……クリーニング店の看板落下、商店街の街灯消灯、古い自動販売機のエラー、配信者のパソコン停止。それから偽K名義では、路上案内板の停止と小規模な設備故障が一件ですか」


「すべての対象設備の保守記録を確認しましたが、いずれも直近で不具合が報告されていた、故障寸前の設備です」


 情報担当が補足する。


「なるほど。では、よくいる典型的な《予言者もどき》の犯行ですね」


 地域担当官が、あっさりと結論づけた。


「はい。その認識で相違ありません」


 三枝が頷く。


 健司だけが、その冷え冷えとした会議室の空気の中で、一人ポツンと手を挙げた。


「……あの。俺の偽物なのに、なんかみんなの扱い、めちゃくちゃ軽くありませんか?」


「名義の悪用は重大な問題ですが、能力者の危険度評価とは完全に分けて考えます」


 三枝が淡々と答える。


「そういうものですか……」


「仮に、内閣総理大臣を名乗る悪質な偽アカウントが現れたとしても、その犯人の能力がTier4下位であれば、ヤタガラスとしての脅威評価はTier4下位のままです」


「例えが極端すぎる」


 ヤタガラスの対応方針は、驚くほど地味なものだった。


 駅前の大規模封鎖はしない。


 警察の機動隊などの大規模動員もなし。


 表向きは、設備会社による大型ビジョンの緊急保守点検として処理する。


 駅前を巡回する警備員と設備管理員を、通常より少しだけ増員する程度だ。


 優先事項は以下の通り。


 一、大型ビジョンの不具合原因の完全な除去。


 二、偽Kアカウントの運営者の現在位置の特定と確保。


 三、現地での無断配信や、設備への不法侵入の防止。


 四、K名義による追加の予告投稿の阻止。


 五、器物損壊に相当する、能力使用の決定的証拠の確保。


 六、一般社会に対し、本物のKの能力やヤタガラスとの関係を公式には確定させないこと。


「本物のKアカウントから否定しましたし、ヤタガラスからも大々的に偽物だと発表する必要はないんですよね?」


 健司が聞く。


「はい。佐藤さん個人が、無関係ななりすましアカウントを否定しただけです。それ以上の公式説明を加えれば、予知者Kと国家機関の関係を推測される材料になります」


「それは確かに困る」


「偽アカウントについては、悪質ななりすましとしてXの運営会社へ通常の通報を行っています。ただし、凍結は証拠保全が終わった後です」


 先に強権的な手段で削除してしまえば、ネット上の陰謀論者たちに、


『政府に都合の悪い、本物の予言だったから消された』


 と騒がれる可能性もある。


 今回は低級案件なので、国家規模の情報操作などは行わない。


 証拠を確保し、通常の通報手続で静かに消す。


 それだけだった。


 東都駅前。


 大型ビジョンを管理するビルの裏側にある機材室。


 健司は、作業着のジャンパーを羽織り、設備会社の作業員を装って内部へ入っていた。


 猿面は被っていない。


 設備責任者が、汗を拭きながら現状を報告する。


「判明している不具合は複数あります。まず、主電源制御盤の大型リレーが経年劣化しています。次に、映像の通信装置が熱で再起動を頻発。冷却ファンの一基から異音。そして、非常用電源への自動切替装置に微かな接触不良があります」


 通常であれば、数週間以内に何らかの停止トラブルが起きても全く不思議ではない、満身創痍の状態だった。


「部品交換自体は予定していました。ただ、今日の午後八時ちょうどに、これらが全部いっぺんに止まるって言われると……」


 責任者が、困惑したように言う。


「そのネットの予言を信じる必要はありません」


 三枝がインカム越しに指示を出す。


「とにかく、今判明している不具合の除去だけをお願いします」


「これ、午後八時までに全部直せるんですか?」


 健司が尋ねる。


「主電源のリレーと通信装置は、予備の部品があるので今すぐ交換できます。冷却系は、サブの予備機へ切り替えて回します。ソフトウェアは念のため再起動して、正常な状態へ戻します」


『壊れかけた箇所をすべて潰して正常にすれば、あんな低級な偽物の能力では何もできん』


 魔導書が言う。


 午後七時。


 駅前の広場には、偽Kの予言を見た小規模な配信者や、暇を持て余した野次馬たちが二十人ほど集まっていた。


 大群衆が押し寄せているわけではない。


 普段の夜より、少しだけスマホを掲げている人間が多い程度だ。


「はい! 偽Kか、本物の予言専用アカウントかを検証するため、東都駅へやって来ました!」


 自撮り棒を持った配信者が、ビジョンを背景に喋っている。


「本物のKのXが偽物だって否定してたぞ」


「でも匿名掲示板では、株垢の方が乗っ取られてるって言ってる奴もいたぞ」


「どう考えても予言垢の方が偽物だろ」


「でも、前の案内板が止まった予言は、本当に当たったらしいぞ」


 警備員が、


「通行の邪魔になりますので、通路を塞がないでくださーい」


 と、事務的に注意して回っている。


 健司は、機材室の中で大型ビジョンの裏側の配線群を見上げ、短期未来視のスイッチを入れた。


 数秒後から数分後の未来のビジョン。


 午後八時。


 画面が一瞬暗転し、そのまま再起動しなくなる未来。


 原因は、主電源のリレーのショート。


「主電源の右側にあるリレー、やっぱり交換した方がいいです」


 健司が設備担当へ伝える。


「リレーですね。了解、今やってます」


 リレー交換後。


 健司は、もう一度未来視を使う。


 今度は、午後八時直前に通信装置がフリーズし、映像信号を失って画面が真っ暗になる未来が視えた。


「次は通信装置が止まります」


「予備機へ回線を切り替えます!」


 通信装置の回避作業完了後。


 もう一度未来視。


 今度は、冷却ファンが急停止し、内部温度の異常上昇による安全装置が作動して電源が落ちる未来。


「……冷却系へトラブルが移りました」


「佐藤さん」


 三枝が通信で言う。


「対象全体の停止が時刻指定で予告されているため、一つの原因が潰されると、能力が別の故障候補を選び直して干渉しているのでしょう」


「低級な能力のくせに、イタチごっこで地味に面倒ですね」


「予言者もどきとは、だいたい地味で面倒なものです」


 その頃。


 ヤタガラスの情報班は、偽アカウントの通信経路をほぼ特定していた。


 犯人は匿名化サービスを利用していたが、専門的なクラッカーではないため、通信の痕跡は穴だらけだった。


 さらに、過去の動画へ映り込んだ店舗や看板、撮影場所の街並み、投稿時刻、対象設備の位置関係、端末の通信経路を照合。


 あっさりと、『真壁遼』というオカルト配信者へ辿り着いた。


 アパートの住所も判明したが、そこに本人はいない。


「過去のすべての予告において、犯人は必ず現象が発生する現場の近くから、自分で撮影を行っています」


 三枝が言う。


「自分が予言を当てたっていう決定的瞬間を、特等席で見たいんでしょうね」


 健司が呆れる。


『能力の条件ではない。ただの浅ましい自己顕示欲だ』


「それなら、今日も絶対にこの駅前のどこかにいる?」


『いるだろうな。あのような偽物が、自分の人生最大の晴れ舞台を見逃すはずがない』


 情報班が、駅周辺の監視カメラの映像をリアルタイムで解析する。


 やがて、駅前にある立体駐車場の屋上へ向かう、一人の男の姿を捉えた。


 帽子を深く被り、黒いマスクをして、スマホと撮影用の小型三脚を抱えている。


「本人の現在位置を確認しました」


 三枝が報告する。


「すぐ捕まえに行きますか?」


 健司が尋ねる。


「いいえ。まだ能力使用による器物損壊の現行証拠を確保します。佐藤さんは、設備の修理完了を優先してください」


 三枝の対応は、どこまでも事務的だった。


 真壁が逃走する兆候を見せれば確保する。


 それまでは泳がせておく。


 立体駐車場の屋上。


 フェンス越しに、煌々と光る東都駅前の大型ビジョンが見下ろせる絶好の位置。


 真壁は、三脚に固定したスマホの画面と、腕時計を交互に見ていた。


 午後七時四十分。


 偽Kアカウントの反応は、真壁の人生で過去最大の数字を見せていた。


 ただし、本物のKアカウントから否定された影響で、フォロワーや閲覧者は少しずつ減っている。


 ライブ配信の同時接続者も、一時は百人を超えていたが、現在は七十人ほどまで落ちていた。


「あと二十分……。あと二十分で、俺の方が本物だって証明される」


 真壁の心臓は、興奮と焦りで早鐘のように打っていた。


 しかし。


 真壁は、自分の中に流れる能力の感覚に、明確な違和感を覚えていた。


 いつもなら、予告の時刻が近づくにつれ、対象の設備が壊れる方向へと強く引かれていく確かな手応えがある。


 だが今回は、何度もその因果の流れが、プツン、プツンと途切れるのだ。


 まるで、自分が狙いを定めた弱点が、次々と塞がれていくような感覚。


「……誰かが、邪魔してる……?」


 コメント欄が流れる。


『本当に止まるの?』


『さっきからビジョンの裏に作業員が出入りして修理してるぞ』


『本物のK垢から偽物認定されてるけど』


『修理されても、未来予知なら結果は変わらないよな?』


『外れたら、偽物確定だな』


 真壁は焦った。


 このままでは、ただの大口を叩いたほら吹きになってしまう。


 咄嗟に、偽アカウントで追加の投稿を打ち込んだ。


『小賢しい修理などしても無駄だ。


 午後八時、ビジョンは必ず停止する。


 株式アカウントを名乗る偽物の言葉に惑わされるな』


 自分で逃げ道を塞ぐ、破滅的な宣言。


 宣言がより具体的になったことで、真壁の能力の精度は一時的に上がった。


 それでも、対象側の物理的な故障原因が片っ端から潰されているため、能力を現実へ押し込める余地が、極端に狭くなっていた。


 午後七時五十分。


 機材室での設備点検は、ほぼ完了に近づいていた。


 しかし、設備責任者が焦った声を上げた。


「非常用電源への切替装置だけ、交換部品の到着が間に合いません! 応急処置で接点は清掃しましたが、まだ接触不良の可能性が残ります」


 健司が未来視を発動する。


 午後八時直前。


 通常電源から非常用電源へ、機械が誤作動で理由もなく切替信号を発生させる。


 その瞬間の接触不良によって、両方の電源が一時的に完全に遮断され、画面が停止する未来。


「……まだ、あの一箇所だけ残ってます」


 健司が言う。


「切替装置ですね。ただ、配線が複雑で、今すぐ物理的に交換するのは不可能です」


「完全にシステムから切り離すことはできますか?」


 三枝がインカムで指示を出す。


「非常用電源のケーブルを引き抜けば可能です。ただし、もし今、本当に停電したら、ビジョンのバックアップがなくなって真っ暗になりますよ?」


「予告時刻を過ぎるまでの十五分間のみ、物理的に切り離してください」


 設備担当が、太いケーブルをガチャリと引き抜いた。


 非常用電源の切替系統が、物理的に完全に遮断された。


 これで、大型ビジョンは正常な主電源だけで、極めて単純に動く状態になった。


『これで、あの偽物が利用できる故障原因は、ほぼ完全に消滅したな』


 魔導書が言う。


「ほぼ?」


『画面の素子を一つ二つ、寿命で消す程度の地味な嫌がらせなら可能かもしれん。だが、全体を停止させるという大層な宣言は不可能だ』


 午後八時。


 駅前の広場で、配信者や野次馬たちが、誰からともなくカウントダウンを始めた。


「十!」


「九!」


「八!」


 健司はビル内部で、画面の裏側に並ぶインジケーターを見守る。


 真壁は駐車場の屋上で、スマホを握り締め、冷や汗を流しながらビジョンを凝視する。


「三!」


「二!」


「一!」


 午後八時、ちょうど。


 大型ビジョンは、何事もなかったかのように、大音量で普通の映像を流し続けていた。


 地元の地域スーパーの明るい特売広告。


 楽しそうに笑う家族連れの映像。


 軽快なBGM。


 一瞬だけ、画面の右端にある数個の画素が、ジジッと黒くちらついた。


 しかし、それだけだ。


 画面全体は止まらない。


 予言は、完全に外れた。


 広場の配信者が、呆れたような声を出す。


「……えー。普通に動いてますね」


「全然止まらないじゃん」


「はい、偽物確定ー」


「事前に業者が修理してたから外れたんだろ」


「未来予知なら、修理される未来も込みで見えてるはずじゃね?」


「本物のK垢からも否定されてたし、終わりだな」


 ネットのコメント欄も、急速に冷え込んでいく。


『外れた』


『予言専用サブ垢、偽物だったな』


『ただの設備不良を知ってただけの構ってちゃんでした』


『本物のKとは別人じゃん』


『本垢が乗っ取られてるとか言ってた奴、息してる?』


 真壁は、屋上でスマホを持ったまま、呆然と立ち尽くしていた。


「……なんで、だ……」


『壊れるべき物理的な理由を、すべて取り除かれたからだ。実に単純な理屈だな』


 健司の脳内で、魔導書が冷酷に言い捨てる。


 真壁は、パニックになってライブ配信を強制終了した。


 三脚を乱暴に回収し、駐車場の階段へ向かって走り出す。


「対象が、逃走のための移動を開始しました。佐藤さん、確保をお願いします」


 三枝の指示が飛ぶ。


「分かりました」


 健司は作業着のジャンパーを脱ぎ、立体駐車場へと向かって駆け出した。


 真壁は、薄暗い駐車場の階段を駆け下りながら、スマホで偽アカウントに別の小規模な予告を投稿しようと、必死に指を動かした。


『十秒後、この駐車場の照明はすべて消える!』


 ヤケクソの宣言。


 古い蛍光灯が多いため、数本が一斉にバチンッと音を立てて消えた。


 だが、完全に正常な新しいLED照明までは落とせず、完全な暗闇にはならない。


 健司は、未来視でその消灯のタイミングを察知し、全くスピードを落とさずに階段を駆け上がる。


「なんで全部止まらないんだよ!」


 真壁が叫ぶ。


「壊れかけてた数本にしか、能力が通じなかったんだろ!」


 下の階から、健司の声が響く。


 真壁は、追跡者の存在に気づき、さらに焦る。


「この防火扉は、今閉じる!」


 廊下の古い自動閉鎖装置が誤作動し、重い鉄の扉が健司の目の前でギイイッと閉まり始める。


 健司は身体能力強化で床を蹴り、扉が完全に閉じ切る前に、風のように隙間をすり抜けた。


「ひぃっ……!」


 真壁がエレベーターホールへ逃げ込み、ボタンを連打する。


「このエレベーターは、途中で停止する!」


 扉が閉じる。


 だが、エレベーターが一階分だけ下に移動したところで、真壁の能力によってセンサーが誤作動を起こし、緊急停止のブレーキがかかってしまった。


 真壁自身が、狭い箱の中に完全に閉じ込められたのだ。


「……何で、自分が乗ってからエレベーターを止めるんだよ……」


 健司が、閉まった扉の前で深いため息をつく。


『少し先の未来のことすら考えられないから、予言者もどきなのだ。自業自得だな』


 ヤタガラスの設備担当が外部からシステムを操作し、エレベーターの扉を強制的に開いた。


 真壁は、半狂乱になって別の階の廊下へと逃げ出した。


 そこからの短い追跡戦は、あまりにも一方的だった。


 真壁は、真っ当な戦闘能力など一ミリも持っていない。


 逃げながら、壊れかけた設備を利用して、小賢しい足止めをするだけだ。


 廊下の自動灯を消す。


 自動販売機をエラー停止させ、けたたましい警報音を鳴らす。


 駐車券の精算機をフリーズさせる。


 古いシャッターを下ろす。


 どれも小規模な嫌がらせレベル。


 健司は、未来視でそのすべてを先読みし、身体能力強化で跳び越え、時には見えない結界を張って空中の足場とし、いとも簡単に突破していく。


 過度に派手なバトルにする必要すらない。


「おい! お前が能力を使うたびに、器物損壊の罪状が増えてるぞ!」


 健司が走りながら警告する。


「違う! 俺は未来がそうなるって予言しただけだ!」


 真壁が息を切らしながら叫び返す。


「自分で機械を壊して回ってるの、もう完全にバレてるから!」


 真壁は、駐車場の管理室の前で、行き止まりに追い詰められた。


 すでにヤタガラスの情報班が周辺の通信を遮断しており、偽アカウントの更新はできない。


 一般人の姿もない。


「対象の配信停止と、周辺エリアの隔離を確認しました。……予知者Kとしての本人確認を行って構いません」


 三枝から通信が入る。


「本人確認って、何をすればいいんですか?」


「任意です。名義悪用を止めさせるため、説得材料になると佐藤さんが判断した場合のみ、仮面を使用してください」


 健司は、ポケットに忍ばせていた猿面を取り出し、顔に装着した。


 首元のボイスチェンジャーのスイッチを入れる。


 真壁が、荒い息を吐きながら振り返った。


 薄暗い廊下。


 目の前に立っているのは、クロノスの動画で何度も見た、あの不気味な猿面の男。


「……本物……?」


 真壁が、信じられないものを見るように後ずさる。


「その名前を使うのを、やめてください」


 健司が、低く加工された声で静かに言った。


「ふざけるな……。俺の予言は、今まで何度も完璧に当たった! 俺だって、Kを名乗る資格があるはずだ!」


「ありません」


 健司が即答する。


「何でだよ! お前だって、株の値動きや未来を当ててネットで有名になっただけの人間だろ!」


「俺は、お前と一緒にしないでください」


 健司は、冷たい声で言った。


「お前は、未来なんて見てない」


「俺が言ったとおりに、看板が落ちて、機械が止まった! 現実になったんだ!」


「ただ、あらかじめ壊れかけた物を選んで、それが壊れる時間を自分の能力で少し早めただけだろ」


 真壁が、図星を突かれてハッと黙り込む。


「今日だって、俺たちが事前に故障箇所を修理したら、お前の予言は見事に外れた」


「お前たちが、未来を変えたんだ!」


「違います。最初から、未来なんてどこにも見えてなかったんだよ」


 健司が、真壁に向かって指を差した。


「お前が見てるのは、未来じゃない。ただの壊れかけた古い物だけだ」


 真壁は、悔しそうに顔を歪めた。


「それでも……俺が言ったことは現実になった! 誰も俺の動画を見なかったのに、誰も俺を信じなかったのに……Kを名乗ったら、みんなが俺の言葉を見たんだ!」


「だから、俺の名前を勝手に使ったんですか」


「お前だけが予知者扱いされて、チヤホヤされてるのはおかしいだろ! 俺の方が、生活に密着した予言を何度も当ててる!」


「俺は、自分で機械の故障を起こして喜ぶために、未来を見てるんじゃない」


「結果は同じだろ!」


「違うよ」


 健司は、真壁の目を真っ直ぐに見据えて言った。


「俺は、見えた事故の未来を止めるために動く。……でもお前は、自分が予言を当てたって言いたいがために、わざわざ自分から事故を起こしてるんだ」


「……人は、怪我してないだろ」


 真壁が弱々しく反論する。


「今まではな。でも今日みたいに、エレベーターや防火扉を勝手に止めて、いつまでも誰も怪我しないっていう保証がどこにあるんだ?」


 真壁は、何も答えられなかった。


 彼は、最後のヤケクソの抵抗に出た。


 管理室の入り口にある、古びた金属製のシャッターを指差して叫ぶ。


「このシャッターは、今すぐ落ちる!!」


 ガキンッ!


 シャッターの上部の留め具が不自然に外れ、重い金属の塊が、健司と真壁の間へ向かってギロチンのように落下してきた。


 健司は、瞬時に空中へ強固な結界を展開した。


 ガァンッ!


 落下してきたシャッターが、空中の見えない壁に激突してピタリと停止する。


 健司はそのまま結界を横へスライドさせ、シャッターを安全な床の上へと静かに下ろした。


「……壊れかけた設備を見つけるのだけは、本当に上手いですね」


 健司が呆れ半分で言う。


『職業を間違えたな。真面目に設備点検員にでもなれば、そこそこ有能な人間になれたかもしれん』


 魔導書が皮肉る。


 真壁は、自分の最後の攻撃が防がれたのを見て、回れ右をして逃げようとした。


 だが、健司が真壁の足元に小さな結界を展開し、靴を床に固定した。


 転倒させて怪我をさせるような荒っぽい真似はしない。


 ただ、その場から一歩も動けなくしただけだ。


 そこへ、待機していたヤタガラスの地域担当官が数名、静かに管理室前の廊下へ入ってきた。


 抵抗する術を失った真壁は、手続に従ってあっさりと拘束された。


 大技が飛び交うことも、血生臭い死闘が繰り広げられることもない。


 あくまで、日常的な低級能力犯罪者の、静かな確保劇だった。


「俺はただ、ネットで予言を言っただけだ! 自分で直接、機械に触って壊したわけじゃない!」


 真壁が、拘束されながら往生際悪く叫ぶ。


「自身の能力によって意図的に故障を誘発した時点で、通常の器物損壊の実行犯と同様に評価されます」


 三枝が、直接現場へ歩み寄りながら冷徹に告げた。


「証拠があるのかよ!」


「微弱な因果律改変反応のログ、あなたの予告投稿の時刻、対象設備の故障履歴、携帯端末の位置情報、過去の配信記録、匿名掲示板で使用した複数回線の記録が揃っています。言い逃れは不可能です」


「でも、俺はKだ!」


「ヤタガラスのデータベースに登録されている予知者Kは、あなたとは全くの別人です」


「あいつが本物だって証明できるのか!?」


「あなたへ証明する必要は、一切ありません」


 三枝は、一切の感情を交えずに、ピシャリと切り捨てた。


「……三枝さん、メンタル強いな……」


 健司が思わず呟く。


『ああいう、自己顕示欲だけが肥大化した偽物相手の無益な問答には、腐るほど慣れているのだろう』


 が肥大化した偽物相手の無益な問答事件後の処理は、驚くほど淡々と進んだ。


 真壁は、いきなり極秘の重犯罪者用施設へ送られるような大物ではない。


 しかし、自分の能力を自覚した上で、自己顕示欲のために繰り返し公共の器物損壊を行っているため、単なる口頭の警告だけで済む話でもなかった。


 今後の調査対象は以下の通り。


 過去に起こしたすべての設備故障の件数と被害額。


 実際の修理費用の算定。


 人身事故へ繋がりかけた危険な事例の有無。


 予告対象をどうやって選定したか。


 業者から内部情報を不正入手していないか。


 K名義を使い始めた正確な時期。


 匿名掲示板で行った自作自演。


 偽アカウントによる広告収益の有無。


 株式銘柄や企業情報を利用する計画があったか。


 故意性の度合い。


 そして、現在の能力制御状態。


 真壁は、ヤタガラスの管理下で正式な能力者登録を受け、再発防止教育と能力使用制限の対象となる。


 偽Kのアカウントは証拠が保全された後、運営会社への通報によって凍結された。


 被害設備の修理費や、悪質な業務妨害については、ヤタガラス内部だけで処理せず、通常司法の警察側へ引き継がれることになった。


 危険度Tier4下位の、小市民的な能力犯罪者。


 危険人物として、国家が秘密裏に永久拘束するような、大層な扱いはされなかった。


 翌日。


 ヤタガラス施設の会議室。


 健司と三枝が、タブレットで事後報告書を確認していた。


「真壁遼。ヤタガラスとしての公式評価は、Tier4下位。能力は、暫定的に《予告成就》として登録します」


 三枝が報告する。


「やっぱり、どう見ても未来予知ではないんですよね?」


「はい。宣言をトリガーとした、軽度の因果誘導です」


「いわゆる、予言者もどき」


「現場用のくだけた俗称ですが、その理解で問題ありません」


「俺の名前……Kを名乗ったことで、あいつの能力が強くなったんですか?」


「絶対的な強さや出力が上がったというより、大勢に見られることで、時刻と対象の指定精度が一時的に安定したと考えられます。真壁の魂の定数や、真のTier評価に変化はありません」


「俺の力が、少し盗み取られたとか、そういうわけでもない?」


「全くありません」


『貴様のその空っぽの頭の中から盗めるほど価値のあるものなど、最初から少ないからな』


 魔導書が言う。


「お前は、本当に一言多いよ」


 健司は、ずっと気になっていたことを尋ねた。


「……通常の自称予言者なら、地域担当部署だけで処理して終わってたんですよね」


「はい。その通りです」


「今回は、あいつがKを名乗ったから、俺や三枝さんまで動いた」


「はい。予知者Kは、八咫烏の協力者として正式に活動名が内部登録されています。また、登録済みのXアカウントは株式運用を通じて、一般社会でも一定の影響力を持っています」


「その活動名を勝手に使われると、そんなに重大な問題なんですか?」


「今後、本物のKによる緊急の情報提供が必要になった際、偽物の不確かな情報が混在していると、一般人や関係組織の初動が遅れ、混乱を招きます」


 三枝が真剣な顔で言う。


「また、偽Kが特定企業や銘柄に関する予言を発信すれば、市場へ実害が出る可能性もあります。佐藤さん本人の秘密保持や、ヤタガラス内部での信用だけの問題ではありません」


「なるほど……」


「今後も、予知者Kの名声を悪用しようとする偽物が現れる可能性は、十分にあります」


「また、あんなのが出るんですか?」


「世間で有名な能力者、霊能者、退魔師、神託者には、一定数の模倣者や便乗者が発生します。歴史が証明しています」


「うわぁ……。なんか、すげえ嫌な有名税だな……」


「今後、偽アカウントを発見した場合でも、ご自身で勝手に接触して論破しようとせず、速やかにヤタガラスへ報告してください」


「今回、俺が現場で本人に直接会って文句言いましたけど」


「今回は、名義を利用した明確な能力犯罪の現行犯であったため、確保を優先しました。単なるXや匿名掲示板上の悪戯であれば、ヤタガラスはいちいち実働要員を動かしません」


「……対応の区別が、細かいですね」


「ヤタガラスは、行政機関ですので」


 三枝が、当然のように言った。


 八咫烏は、血生臭い戦闘だけを行う暗殺組織ではない。


 能力者の登録、調整、犯罪処理を事務的に担う、巨大な行政機関なのだと、改めて実感する一幕だった。


 ネット側の反応は、健司が心配したほど大事にはならなかった。


 大型ビジョン停止の予言は、完全に外れた。


 ネットのオカルト掲示板やXでは、ごく小規模に話題になっただけだった。


『やっぱり偽Kだったな』


『予言専用サブ垢なんて最初からなかった』


『本物のK垢から否定されてたしな』


『ビジョン、午後八時になっても普通に広告流れてたじゃん』


『事前に設備点検の業者が入ってたから、外れただけでは?』


『未来予知なら、点検されて直される未来も見えるはずだろ』


『過去の的中動画も、よく見たら壊れかけた古い機械ばっかり』


『株垢のKに裏で怒られて逃げた説あるなw』


『アカウント消えたの、逆に怪しい』


 意見は分かれていたが、大炎上してニュースになるようなことはなかった。


 数日もすれば、新しいゴシップやエンタメの話題に流されて消えていくだろう。


 ヤタガラスが、国家規模の大掛かりな情報操作を行う必要すら、今回はなかった。


 健司がアパートへ帰る途中、スマホに梓からメッセージが入った。


『ししょー。昨日の偽物、捕まったんですか?』


 健司は歩きながらフリック入力する。


『捕まった。未来予知じゃなくて、あらかじめ壊れかけた物を、能力で無理やり故障させるだけの奴だったよ』


『じゃあ、ししょーの偽物っていうより、ただの地味な設備破壊系の人だったんですね』


『そういうこと』


 すると、梓から煽るようなメッセージが来た。


『でも、あの偽Kの方が、ししょーよりXの更新頻度高くてマメでしたよ!』


『そこ比べる!?』


『ししょーも、株の運用とは別に、予言専用のサブアカウントを作ったらどうですか?』


『偽物が使った手を、俺まで真似するのかよ』


『じゃあ、本物のXで毎日の小さな予言を投稿しましょう!』


『そんなの、何を予言するんだよ』


『明日もししょーは、深夜のコンビニへ出勤する!』


『それ、ただのシフト表だろ!』


『的中率百パーセントの、恐ろしい予言だな』


 魔導書が、脳内でボケに乗っかってくる。


「お前まで言うな! ただの予定だよ!」


 そこへ、まるで見計らったかのように、三枝からメッセージが届いた。


『佐藤さん。新規のK名義サブアカウント開設は認めていません。


 また、登録済みのXアカウントで、任務や能力に関する未承認の情報を発信しないでください』


「なんで俺たちの会話を見てたみたいな、絶妙なタイミングで釘を刺してくるんだよ……」


 健司は、スマホをポケットにしまいながら、自分が《予知者K》として世間に知られることについて、少しだけ考えた。


 最初は、自分の正体を隠しながら株式を運用し、必要に応じてネット上へ情報を流すための、ただの仮名だった。


 やがてクロノスの動画へ猿面姿で出演し、匿名掲示板にも時折書き込むようになった。


 今では、その『K』という名前を使うだけで、全く無名の人間でも、一夜にして数万人の注目を集められてしまう。


 自分とは何の関係もない人間が、Kの名前で適当な予言を投稿する。


 それだけで、本物だと信じてしまう人間が、世間には少なからず現れるのだ。


「……俺が適当に名乗った名前なのに、もう、俺だけのものじゃないんだな」


『名とは、それを呼ぶ他者がいて初めて意味と力を持つものだ。世間へ広まれば、本人のコントロールを離れて独り歩きするのは、当然の理だ』


 魔導書が語る。


「やっぱり、無駄に有名になるのって、すげえ面倒くさいな」


『安心しろ。お前自身の知名度が上がったわけではない。世間に知られているのは、株で金を増やすKと、あの百均レベルの猿面だけだ』


「それはそれで、なんか複雑な気分だよ」


 夜。


 健司は、いつものコンビニの夜勤へ向かうため、東都駅前を歩いていた。


 広場から見上げる大型ビジョンは、何の問題もなく、明るく鮮明な広告映像を流し続けている。


 設備会社によって交換された新しい制御装置が、正常に稼働している証拠だ。


 画面の下部には、小さくテロップが流れている。


『定期設備点検完了のお知らせ』


 駅前を行き交う通行人は、誰も、昨日この場所で予知者Kの偽物がヤタガラスに捕まったことなど知らない。


 健司の前を歩いていた若い二人組が、ビジョンを見上げて笑いながら話している。


「そういえばさ、昨日、このビジョンが止まるって予言あったらしいよ」


「あー、見た見た。偽Kの予言専用垢だろ? 結局外れたんだよな」


「うん。株の話してる方のKが、偽物だって否定してた」


「でもさ、その株のKも本当に予知能力者なのか? クロノスのヤラセ企画のキャラかもしれないだろ」


「確かにな」


 二人は、ケラケラと笑いながら、そのまま別のゲームの話題へ移り、夜の街へ消えていった。


 健司は、その会話を聞いて、少しだけホッと安心した。


 真相は、世間に知られていない。


 だが、間違った嘘の予言も、一つの事実として世界へ定着することはなかった。


 日常は、何事もなかったかのように流れていく。


 それでいい。


『今回は、偽物の猿が一匹、ヤタガラスの檻に捕まっただけだったな』


「だから、偽物まで猿扱いするなよ」


『次は、もう少し出来の良い、本物に肉薄するような厄介な偽物が出るかもしれんぞ』


「縁起でもない不吉なことを予言するな」


『予言ではない。歴史が証明している、ただの経験則だ』


 健司は、嫌そうな顔でため息をつきながら、いつものコンビニの自動ドアをくぐっていった。


最後までお付き合いいただき感謝します。


もし「続きが読みたい」と思われた方は、ページ下部よりブックマークと評価をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ