掌編【悲劇売りの少女】
掲載日:2026/04/19
「悲劇はいりませんか?」
道ゆく人はだれも立ち止まってはくれない。
まるで私が見えていないかのように通り過ぎていく。
少し前までは良かった。
親に捨てられた。理不尽に暴力を振るわれた。食べ物を買うお金が無くなった。
そんな悲劇を誰もが喜んで買ってくれた。どんなに辛い人生も、生きていくために必要な仕事だった。
それなのに、いつしか誰も悲劇を買わなくなった。
可哀想だね、だけどよくあるよね。なんて言って素通りしていく。
「悲劇はいりませんか?」
何度繰り返しても立ち止まる人はいない。
立っているのも辛くなってしゃがみ込む。
いつからご飯を食べていなかっただろう。
意識がだんだんと遠くなってくる。
悲劇はいりませんか?
その呟きは声にならなかった。
頬にあたる地面が冷たくて気持ちがいい。
もう悲劇を売らなくて済む、そう考えると少しだけ救われた気がした。
初めての気持ちに少しだけ頬が緩む。
そんな私を、たくさんの靴が囲んでいるのが見えた。




