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この毒に身を焦がせば  作者: ゴオルド


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第5話 アクウェイズ製薬

 受付で4階へ行くように言われ、目的の階にエレベーターで到着するとドアの前に白衣を着た女性が立っており、私を出迎えてくれた。


相田(あいだ)三緒(みお)さんですね。お待ちしておりました。どうぞ、こちらに」


 彼女は返事を待たずにきびきびと歩き出した。私は女性の後を追うようにして、昼だというのに薄暗い廊下を歩く。閉まったドアの前を幾つか通り過ぎた。時折物音が聞こえて、室内に人の気配を感じさせた。なんだか普通の会社にお邪魔しているという感じだ。とても薬をつくっている施設だとは思えない。じゃあ、薬をつくっている施設ってどんなのかと問われると、見たことがないからわからないと答えるしかないのだけれど。


 通路の行き止まりまで行くと、女性はそこのドアを開け、私を先に部屋に通した。


 室内には二人の男性が待ち構えていた。セーターを着た中年太りの男性と、スーツ姿の色白の中年男性が、長テーブルの奥に並んで座っている。二人は椅子から立ち上がると、やや大げさな笑顔を浮かべ、私を歓迎してくれた。


 すすめられた椅子に腰掛ける。先ほどの白衣の女性が私の隣に腰掛けた。男性二人と女性二人が対立するみたいに対面する格好となった。


「相田さんは、ご主人の浮気でお困りなんですね?」

 まず、セーターの男が切り出したので、私は頷いた。

「は、はい。市民プールに置いてあったカードを拝見いたしまして、こちらに相談にまいりました。浮気を治せると……もしそんなことができるのならばと……」

 私の疑う気持ちを察知したのか、女性がはっきりと断言した。

「浮気は治せます」

「それは、あの、どうやってですか……?」

「ホルモン療法や遺伝子治療によってです。これから一つずつ説明しますね」


 女性が資料を差し出してきた。ラミネートフィルムで覆われた文書は、過去に何度も来談者に見せてきたのだろう、すっかり角が丸まっていた。


「なぜ人は、いえ、ほ乳類は浮気をするのか。さまざまな研究がなされていますが、はっきりとしたことはわかっていません。ただ、その多くは種によって傾向が決まっていることはわかっています。個人差より種の差のほうが大きいようなんです。ほ乳類全体の中で、生涯連れ添う種は、諸説ありますが大体5%前後とも言われております。ヒトはこの5%に入るのか……それもまた解釈の分かれるところです」

「はあ」

 女性は淡々と語った。正直私はそんな雑学にはあまり興味を持てなかった。世界中の男が浮気するかどうかより大事なのは自分にとって特別な一人が浮気するかどうかということなのだから。


「さて、浮気をする種と浮気をしない種では何が違うのか。それはホルモンの影響が大きいという考え方があり、弊社はその立場に立って研究を進めております」

 スーツ姿の男が解説を引き継いだ。


「こちらはホルモンの影響の大きさを物語る事例です。視床下部に腫瘍ができてしまい、性格に変化が見られた男性のケースです」

 資料をさししめされて、手元に目を落とした。脳のイラストと、性格の変化の過程が記されているようだ。


「脳腫瘍で性格が変わるというと、怒りっぽくなったとか言動がおかしくなったとか、そんな悪い話を聞かれたことがあるかもしれませんが、「良い方に」変わることもあるんです。それがこの事例の男性」

 浮気ばかりしていたDV夫が脳腫瘍のせいで妻に優しい夫になり家事もするようになった。子供を可愛がるようになって浮気もしなくなったということが資料には書かれていた。


「腫瘍により、分泌されるホルモンのバランスが変わったことが原因です」

「そんなことがあるんですか……」

 胡散臭い話だと思っていたのに、自分の中に期待がむくむくとふくれあがるのを感じた。夫も、もしかしたら、変わってくれるのかも……。私に優しい人になってくれたら、どれだけ幸せだろう……。


 次はこちらを、と渡された書類には、ネズミの写真とホルモンについての文章が載っていた。

「アメリカハタネズミのオスに、性行動に関わる重要なホルモン受容体を増やしたところ、浮気をしないオスになったという実験です。それも、オスが子煩悩になるというオマケつきで」


 子煩悩か。うちには子供はいないけれど、もし子供がいたらと想像してみる。夫が子煩悩だったらと考えるだけで、胸が苦しいほど幸せなことのように思えた。


「ホルモンバランスの変化によって妻だけを愛すようになったオスは、なぜか子供も可愛がるようになる。どうしてなのかはまだわかっていませんが、結果としてそういうデータが出ていることは事実です」


「これは僕の私見ですが」と、セーター姿の男が口を挟んだ。

「オスが多数のメスと交尾する場合は、子供がたくさん産まれて、そのうち幾らかが生き残ればいいわけです。つまり子供を可愛がる暇があったら、より多くのメスと交尾することに時間を使ったほうが、子孫を残す確率が上がります。しかし、1匹のメスとしか交尾しない場合、自分の血を受け継ぐのはそのメスが産んだ子供しかいない。子供を大切に育てることで、我が子が生存競争で勝ち上がれるよう手助けする。それにより自分の遺伝子を残す確率を上げる戦略なのではないかなと」

「はあ……」

 白衣の女性が咳払いをして、話をもとに戻した。

「ええと、それで、浮気防止にはバソプレッシンというホルモンが関係しているようなんです。このホルモンが前脳の腹側領域に働きかけることで、浮気しない夫になる……という理屈です。ただ、そうは言っても、ホルモンの働きというのは単純なものではなくて、ただ増やせば良いというわけでもありません。またオキシトシンなどほかのホルモンとの関係等々、解明されていない部分も多く、はっきりしたことは言えないのが現状です」

 そこで女性が黙ると、スーツの男が引き継ぐように口を開いた。


「我々は、バソプレッシンを初めとしたホルモン療法や遺伝子治療について研究しておりまして、相田さんにはその治験にご協力いただきたいんです」


 治験。ようやく知りたい話の核心にたどり着いたようだ。



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