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貯水槽から地上へ飛び出した四人は、濡れた石畳の上で足を止めた。
「よし、二手に分かれるぞ」
ルークが鋭く指示を出す。
「プロビー、俺と来い!」
「へっ、その手のネズミ捕りは俺の十八番だ。アンディ、後のことは任せたぜ。嬢ちゃんを泣かすような真似すんなよ」
プロビーが不敵に笑い、コートの襟を立てて闇に消える。
ルークもまた、「アウレリア、無理はするなよ」と言い残し、
プロビーを追って夜の街へ駆け出した。
残されたアンディは、乱れた呼吸を整え、アウレリアに視線を落とした。
「アウレリアさん、冷静になりましょう。追い詰められたソフィアさんが、自ら命を絶とうとするならどこへ行くと思いますか?」
アンディの穏やかで理性的な声に、アウレリアの焦燥がわずかに鎮まった。
「そんなことは考えたくはないけれど……日記に書いてあったわ。
大好きhな物語に出てくる時計塔が王都の時計塔にしている、と」
アウレリアは、自分の前世での経験を脳裏に巡らせる。
「追い詰められた人は、自分の『終わり』を、その不幸が始まった場所か、あるいは偽りの『救い』を与えられた場所で迎えようとする傾向があるわ……」
「なるほど、原点回帰ですか。……だとすれば――」
「本屋の近くの、あの時計塔よ!」
アウレリアは確信を持って指をさした。
「彼女、マックさんの本屋が大好きだった。
でも、借金をしてから、あの場所へ行く資格がないと思い込んでいたはず。
あそこから見える夜景は、彼女が唯一『綺麗だ』と思えた景色だわ……!」
「行きましょう。私の車を近くに回してあります」
アンディはジェントルマンらしくアウレリアを促し、夜の街を滑り出した。
夜の帳が下りた王都の港、第三埠頭。
潮の香りと魚の生臭さが混じる中、プロビーは古びた街灯の下で、不機嫌そうに時計を確認していた。
「……ったく。あいつ、本当に来るんだろうな。俺の膝が『もうすぐ雨が降る』って警告してんだよ」
「あんたの膝より、俺の直感を信じなよ、プロビー。……ほら、お出ましだ」
ルークが顎で示した先、闇に紛れるようにして、数人の男たちが大きな木箱を運び込もうとしていた。
その中心で、真っ白な法衣を捨て、小汚い旅装に身を包んだ男が、周囲をキョロキョロと見渡している。 ――教祖だった。
「へっ、あんなに『あの世へ行こう』って勧誘してた割に、自分は隣国へ高飛びかよ。現金な救世主様だぜ」
プロビーが鼻で笑いながら、ゆっくりと歩み出る。
「こんばんは、教祖様。
こんな夜更けに密航なんて、信心深さが足りないんじゃないか?」
男がぎょっとして振り返る。
「なんだ お、お前たちは……! 警察か!?」
「あいにく、俺たちはそれよりタチが悪い『野良犬』だ」
プロビーが不敵に笑い、教祖たちの逃げ道を塞ぐ。
「やれ! こいつらを始末しろ!」 教祖の叫びとともに、
手下の男たちがナイフを抜いて襲いかかってきた。
「おいルーク、右のハゲはお前の担当だ。俺はあっちのヒョロ長い方をやる。
終わったら、俺の功績を殿下に報告しろよ」
「その報告で、ノクティに何ねだるつもりだ?」
二人は軽口を叩きながらも、その動きは精密な機械のように噛み合っていた。
ルークが相手の視線を逸らした瞬間に、プロビーの重い一撃が沈む。
かつての戦友かと思わせるほどの連携で、手下たちは瞬く間に石畳に転がされた。
逃げ出そうとする教祖の襟首を、プロビーの太い腕がガシリと掴む。
「……離せ! 私は何もしていない! 毒を入れたのはあの娘、ソフィアだ! 私は彼女の凶行を止めようと——」
「嘘のバリエーションが少ねぇな」
プロビーが教祖の足をわざとらしく「うっかり」踏みつけ、悶絶する男の耳元で囁いた。
「裏ルートで聞いたぜ? お前、教団の金を全額引き出して、隣国のカジノで一発当てる計画だったんだってなぁ。信者を皆殺しにして、罪をあの娘に押し付けりゃ、自分だけが自由になれると思ったか?」
「……なっ、なぜそれを……!」
「残念だったな、この世にはお前より強欲な情報屋がいくらでもいるんだよ」
ルークが教祖の抱えていた鞄を蹴り飛ばすと、中から溢れ出したのは、信者たちの「準備金」――血の滲むような金貨の山だった。
「……ソフィアは、あんたの身代わりにするにはあまりに優しすぎたんだ。
あんたみたいな腐った物語の書き手には、過ぎた配役だったな」
ルークの冷徹な一言が、夜の港に鋭く響いた。
教祖の顔から、一気に血の気が引いていく。
プロビーは、力なくへたり込んだ教祖の横で、膝をさすりながら
「……おい、ルーク。こっちは『特大のゴミ』の回収が終わったぜ。膝の持病が悪化する前に、早めに掃除屋をよこせってジュリアンに伝えろ」
プロビーはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、足元の教祖を蔑むように見下ろした。
「仕事は終わりだ。今夜の祝杯は、お前のツケで一番高い酒を頼むぜ?」
「いいよ。ただし、アウレリア嬢には内緒だ。彼女、俺たちの不摂生には厳しいからね」
二人は軽口を叩き合いながら、夜明け前の港を後にした。背後では、縛り上げられた教祖が、自らの崩れ去った野望と共に、ただ無様に震えていた。




