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「……何をしてるんだ!!」
地下貯水槽の静寂を切り裂いたのは、怒鳴り声に近いジュリアンの叫びだった。
現場に駆けつけたジュリアンは、青ざめた顔で兄であるルークに詰め寄った。
その後ろでは、武装した憲兵たちが戸惑いながら現場の封鎖を始めている。
「ルーク! やる気のない兄貴だと思っていたら、気づけば王都を揺るがすような大事件のど真ん中にいる。
しかも、アウレリアをこんな薄気味悪い場所に連れてきて……!」
ジュリアンはアウレリアの肩を抱き寄せ、保護するように自分の後ろへ隠すと、再びルークを睨みつけた。
「落ち着けよ、ジュリアン。
そんなに声を荒らげたら、犯人が戻ってきても逃げ出しちゃうぜ」
ルークはわざとらしく耳を塞ぎ、いつもの飄々とした態度で肩をすくめた。
だが、その瞳には真剣な色が混じっている。
「……説明しろ。なぜ警察より先に、民間人のあんたたちがこの封鎖魔法を破って中に入っているんだ。この地獄絵図は一体何なんだ」
ルークはため息をつき、これまでの経緯を語り始めた。
ノクティア殿下からの直々の依頼、行方不明の少女ソフィア、そして彼女の絶望が綴られた日記の内容。
「……ソフィアは『ソウル・リバース』に救いを求めていた。
ここに潜入したのは、彼女が『転生の儀式』と称して行われる儀式を調べるためだったんだが……着いた時には、もうこの有様さ」
ルークの視線の先には、円を描いて横たわる十二人の信者たち。
ジュリアンは兄の説明を黙って聞き終えると、沈痛な面持ちで現場に目を落とした。
「……毒殺、か?それも集団自殺を装った。
だがルーク、君の話が本当なら……姿を消したその少女、
ソフィアが、最も怪しいということになるぞ」
ジュリアンが遺体のそばに落ちていた、飲み干された杯を指さす。
「毒物は薬草を調合したものらしい。
薬草屋で働いていた彼女なら、知識は十分だ。何より、ここに『来る』と書いておきながら、彼女一人だけが死体の中にいない。
これは……逃亡と見るのが自然だ」
「そんな……。ソフィアさんは、誰かを殺すような人じゃありません!」
アウレリアがジュリアンの腕の中から叫んだが、ジュリアンは苦しげに顔を背けた。
「アウレリア、感情と事実は別なんだ。
……全署に通達しろ。ソフィアという名の少女を、この集団中毒死事件の重要容疑者として指名手配する」
刑事の顔に戻ったジュリアンの宣言が、暗い地下室に冷たく響き渡った。
ジュリアンが憲兵たちに指名手配の指示を出している横で、
アウレリアは石舞台の周りを這うように見つめていた。
(おかしいわ……。ソフィアが復讐で毒を盛ったのなら、なぜ自分の銀の杯だけ、あんなに離れた場所に落ちているの?)
アウレリアは、ルークがジュリアンと口論している隙に、そっと落ちていた乾燥薬草の破片を拾い上げた。
それはソフィアの日記に挟まっていた、彼女が大切にしていた
「心を落ち着かせるハーブ」の残り香がした。
「……プロビー、これを見て」
アウレリアは、影で暇そうに爪を弄っていたプロビーを呼んだ。
「これ、ソフィアさんが持っていたハーブよ。
でも、教団が配っていた薬物と混ざると……」
「銀の盃が変色してる…… 猛毒に変わる、ってわけか。なるほどな」
プロビーは不敵に笑い、アンディに目配せをした。
アンディは手帳を閉じ、現場の状況を再構築する。
「ソフィアさんは『みんなが落ち着くように』と善意でハーブティーを提案した……。混ざることで死を招くとも知らずに。」
アウレリアは胸が締め付けられた。
自分が良かれと思ってしたことが、大勢の命を奪い、自分を殺人犯にしてしまった。その絶望がどれほど深いか。
「ジュリアンは彼女を捕まえる。でも、今のソフィアさんに警察の手が伸びたら……彼女、自分が犯人だと思い込んで、そのまま……!」
「……自殺しかねないね」
ルークがいつの間にか背後に立ち、重い声で言った。
ルークはプロビーに向き直る。
「プロビー、真犯人の逃走経路と、ソフィアが逃げそうな場所……あんたの裏ルートで割り出せるか?」
「へっ、俺を誰だと思ってんだ。
アンディ、例の情報屋を叩け。警察が『殺人犯』を探してる間に、俺たちは『被害者』を救い出すぞ」
「了解しました、兄さん。
アウレリアさん、ルーク君、行きましょう。時間との勝負です」
ジュリアンが「ルーク! どこへ行く!」と叫ぶ声を背に、四人は地下貯水槽を飛び出した。
夜の王都。 冷たい風が吹く中、アウレリアは確信していた。
ソフィアは、一番お気に入り物語に出てくるあの場所と似ている、と日記に書き記した場所に向かったと




