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ギィ……と軋む音とともに、薄暗い部屋が姿を現す。
プロビーが真っ先に中へ入り、ぐるりと見渡した。
「……なんにもねぇな。
家具もほとんどないし、生活感が薄い」
アウレリアはなんだか身辺整理をしたかの様だと思い寒気がした。
アンディも部屋に入り、壁際を見て目を細める。
「でも……周りの家具なんかに比べて、これは立派ですね」
そこには場違いなほど大きく、しっかりした木製の本棚があった。
本棚には、転生・異世界・魔術関連の本がぎっしり詰まっている。
ルークが眉をひそめる。
「たしかに、本棚だけ妙に豪華だな……」
アウレリアは部屋の隅に目を向け、何かに気づいたようにしゃがみ込んだ。
「……これ」
埃をかぶった木箱の中から、小さな革張りのノートを取り出す。
アンディが近づく。
「日記……ですか?」
アウレリアは表紙をそっと撫でながらうなずいた。
「ええ。ソフィアのものだと思う。
ここに、何か残っているかもしれない」
プロビーが腕を組んで唸る。
「日記か……そりゃ手がかりの宝庫だな。
ただし、読むなら慎重にな」
ルークも真剣な表情でうなずいた。
「ソフィアが何を考えていたのか……ここからわかるかもしれない」
アウレリアは日記を胸に抱え、静かに息を吸った。
__ソフィアの日記__
王都に来てから、毎日が少しずつ変わっていく気がする。
薬草屋の仕事は大変だけれど、前の村よりずっと人が多くて、
ここなら私でも何かを変えられるんじゃないかって思える。
本屋さんも近くにあって、あの場所に入ると胸がふわっと軽くなる。
知らない世界の話を読むと、私の人生もまだ続いていくんだって思える。
いつか、私も物語みたいに生まれ変われたらいいな。
もっと強くて、もっと自由で、もっと幸せな私に。
そんな夢を見てもいいんだって、この街が教えてくれた。
薬草屋の仕事にも少しずつ慣れてきた、
お店でよくしてくれる人が、食事に誘ってくれた。
優しい人で、私のことを気にかけてくれて、
仕事で疲れているときは声をかけてくれた。
でも……私は、その気はないと伝えた。
私はまだ、自分のことで精一杯で、
誰かと未来を考える余裕なんてなくて
本屋のおじさんがとてもよくしてくれる。すすめられた本はどれも面白くて毎日でも通いたい。
今日、薬草屋で集金したお金の金額が合わないと言われた。
私は関係ない。
帳簿も触っていないし、お金の管理だって任されていなかった。
なのに、皆の視線が私に向いた。
「田舎の娘は信用できない」
「頭がいいことを鼻にかけてるんじゃないの」
陰で話しているのを聞いてしまった。
私はただ、真面目に働いていただけなのに。
都会の人たちに追いつきたくて、必死に覚えて、必死に笑っていたのに。
胸の奥がぎゅっと痛くなった。
でも、誰も私を見てくれなかった。
誰も、私の言葉を聞いてくれなかった。
ああ、私はやっぱり、ここでも“よそ者”なんだ。
本の世界の登場人物みたいに強くなれたらいいのに・・・
今日、集金のお金がなくなった件の真相がわかった。
犯人なんていなかった。
店長の奥さんが、誰にも言わずに持って行っていただけだった。
「疑って悪かったな」
店長はそう言って笑った。
みんなも「よかったじゃないか」と軽く言って、
それでこの話は終わってしまった。
でも、私の中では終わらなかった。
あの日向けられた疑いの目。
田舎者だとか、頭がいいふりをしているとか、
そんな言葉を浴びせられた痛みは、
誰にも気づかれないまま胸の奥に残っている。
優しかった先輩も、
私を疑っていたことを謝りもしなかった。
みんなの笑顔が、少し遠くに見える。
声をかけられても、どこか上辺だけに聞こえる。
――なんだか、みんなとの間に壁ができてしまったみたい。
私はここにいてもいいのかな。
そんなことばかり考えてしまう。
今日、本屋で不思議な女の子に出会った。
名前はノクティア。少し偉そうで、言葉遣いもどこか特別で、
最初は近寄りがたいと思った。
でも、話してみたら全然違った。
私の好きな本の話を、目を輝かせて聞いてくれた。
「そなたの語りは面白い」と笑ってくれた。
こんなふうに誰かと話すのは久しぶりで、
胸の奥がじんわり温かくなった。
友達って、こういうものなのかな。
私にも、できるんだ。
また、店のお金がなくなった。
今度は、優しかった先輩が疑われた。
最後にお金を触ったのが先輩だったから。
「ソフィアが取ったのを見た」
……でも、先輩は言った。
そんなはずない。
私は触ってもいない。
なのに、先輩は私を指さした。
その瞬間、世界がぐらりと揺れた。
周りの人たちは、迷うことなく先輩を信じた。
誰も私の言葉を聞こうとしなかった。
「田舎の子は信用できない」
「またかよ、やっぱり怪しいと思ってたんだ」
そんな声が、耳の奥で何度も響いた。
私は泣かなかった。
泣いたら、もっと惨めになる気がしたから。
店長は短く言った。
「悪いけど、もう来なくていい」
それで終わりだった。
私は何もしていないのに。
ただ真面目に働いていただけなのに。
先輩は一番後ろで笑っていた。
信じていた人に裏切られた痛みが、
胸の奥でずっと燃えている。
――私は、どこに行っても“いらない人間”なんだろうか。
いっそのこと物語の世界に入っていきたい
仕事を失ってから、私は本にしか逃げられなくなった。
現実を見るのが怖くて、 誰かと話すのも怖くて、
部屋に閉じこもって本ばかり読んでいた。
本を読んでいる間だけは、
私が“いらない人間”じゃないような気がした。
でも、お金がなかった。
それでも本が欲しくて、借金をしてしまった。
「次こそは働こう」
そう思っても、外に出る勇気が出なかった。
気づけば、借金はどんどん膨らんでいった。
働いて返すこともできず、
誰にも相談できず、
ただ本だけが私の世界になっていった。
――このままじゃいけないと分かっているのに、
どうしたらいいのか分からない。




