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アウレリアとルークは、すべてをジュリアンに報告した。
エミルの告白。
母親が遺体を移動させた理由。
ミラーと宗教団体の関与。
ジュリアンは長く息を吐き、
「……二人とも、自首させよう」
と静かに言った。
エミルと母親は、互いに寄り添いながら署へ向かった。
その背中は小さく、どこか壊れそうだった。
***
連行の車に乗る前、
エミルはふと振り返り、アウレリアを見つめた。
その瞳は弱々しく、それでもどこか澄んでいた。
「……ありがとう、アウレリアさん」
アウレリアは驚き、そっと近づく。
エミルはかすかに微笑んだ。
「僕……最後に……“人”になれたかな……?」
アウレリアの胸が締めつけられた。
「エミル……」
「ずっと……人として扱われなかった。
昼間は外に出られないし……
友達もできないし……
ドラキュラにもなれなくて……
どこにも居場所がなかった」
エミルはゆっくりと目を閉じた。
「でも……最後に……人として裁かれるなら……
それだけで……十分なんだ」
アウレリアは言葉を失い、ただ彼を見つめた。
その横で、ジュリアンが手錠を持ったまま立ち尽くしていた。
事情を聞いた彼の表情は苦しげで、
「……こんな結末、誰も望んでなかったのに」
と小さく呟いた。
エミルは母親と共に車へ乗り込む。
母親は涙を流しながら息子の手を握りしめていた。
ドアが閉まる直前、
エミルはもう一度アウレリアを見た。
その瞳には、
ほんのわずかに――救われたような光が宿っていた。
車が走り去り、
夜の静けさが戻る。
アウレリアは胸に手を当て、
深く、ゆっくりと息を吐いた。
――事件は終わった。
けれど、心に残る痛みは、簡単には消えそうになかった。
事件から数日後。
アウレリアは警察署の屋上で夜風に吹かれながら、
エミルのことを考えていた。
そのとき、ルークが静かに隣へ立った。
「……エミルの容体、聞いたよ」
アウレリアは振り返り、息を呑んだ。
「……やっぱり、悪いの?」
ルークは苦しげに頷いた。
「医師の話だと……
エミルの感染症は、リディアの血を飲んだことで起きたものらしい。
ポルフィリン症で免疫も弱っていたから、
身体が耐えられないんだと」
アウレリアは胸を押さえた。
「治療は……?」
「……拒否してる。
“もう十分だ”って。
このままだと……判決を待たずに死ぬ可能性が高いらしい」
アウレリアは目を閉じ、
あの日のエミルの言葉を思い出した。
――僕は最後に、人になれたかな。
ルークは続けた。
「母親も……受け入れてるそうだ。
“あの子はもう、十分苦しんだ”って」
アウレリアの喉が詰まり、言葉が出なかった。
***
その頃、取調室の前でジュリアンは壁にもたれ、
深く息を吐いていた。
ガラス越しに見えるエミルは、
母親と寄り添いながら静かに話している。
ジュリアンは拳を握りしめた。
「……治療すれば助かるかもしれないのに……
どうして……」
だが、医師の説明を思い返す。
――ポルフィリン症の進行、感染症の悪化、精神的疲弊。 治療をしても、長くは生きられない可能性が高い。
エミルはそれを理解したうえで、
“人として裁かれる”ことを選んだのだ。
ジュリアンは目を閉じ、
「……こんな結末、誰が望んだんだよ……」
と小さく呟いた。
数日後、アウレリアのもとに一通の手紙が届いた。
差出人はエミルの母親。
そこには震える文字で、こう綴られていた。
――息子は、穏やかに息を引き取りました。
あなたが話を聞いてくれたことを、
何度も嬉しそうに話してくれました。
あの子は、あなたに救われました。
本当に、ありがとうございました。
アウレリアは手紙を胸に抱き、
静かに目を閉じた。
彼は最後に“人として扱われた”
その事実だけが、
アウレリアの胸に温かく、そして痛い余韻を残した。




