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アウレリアは少年を抱えて病院へ急いだ。
診察を受けた少年は、ミラーの影響で体力を大きく消耗していたが、
命に別状はないと医師に告げられた。
ベッドに寝かされた少年は、
汗で濡れた髪を額に貼りつかせながら、
浅い呼吸を繰り返していた。
アウレリアは椅子に座り、
そっと少年の手を握った。
「……もう大丈夫よ」
病院の静かな個室で、アウレリアは少年の傍らに座っていた。
点滴の滴る音だけが、規則正しく響いている。
しばらくすると、白衣の主治医がカルテを手に入ってきた。
「お待たせしました。少年の状態ですが……」
アウレリアは不安そうに顔を上げる。
医師は穏やかな声で続けた。
「ミラーの影響で体力が大きく落ちていますが、命に関わる状態ではありません。
それと……軽い感染症にかかっていました。
こちらは薬で治療できますので、ご安心ください」
アウレリアは胸を撫で下ろした。
「よかった……本当に……」
医師は微笑み、カルテを閉じた。
「今は眠っていますし、あなたはもう帰っていただいて大丈夫ですよ。
ご家族にも連絡がつきましたので」
「家族……?」
アウレリアが首をかしげたそのとき――
「……あのー」
背後から控えめな声がした。
振り返ると、
入口に一人の女性が立っていた。
疲れ切った表情で、しかし必死に涙をこらえながら、
ベッドに眠る少年を見つめている。
「この子……エミルは……うちの息子です」
アウレリアはゆっくり立ち上がり、
女性に向き直った。
「あなたが……お母さんなんですね」
女性は震える声で頷いた。
「迎えに来ました……本当に……ありがとうございます……」
その目には、安堵と後悔と、母親としての深い愛情が滲んでいた。
アウレリアはそっと微笑み、
「無事でよかったです」
と静かに言った。
――少年は家族のもとへ戻り、
アウレリアの胸にも、ようやく温かい安堵が広がっていった。
それを見送るアウレリアの目には決意が滲む。
病院で少年を母親に引き渡したあと、
アウレリアは夜の冷たい空気の中を歩き、警察署へ戻った。
署内はまだ慌ただしく、夜影の聖堂の捜査報告が飛び交っている。
その中で、ルークがアウレリアを見つけて手を振った。
「おかえり。少年はどうだった?」
アウレリアはほっとしたように微笑む。
「命に別状はないって。感染症も薬で治るって言われたよ」
ルークは胸を撫で下ろした。
「本当か、良かったな」
そこへ、書類を抱えたジュリアンが近づいてきた。
疲れた顔をしているが、どこか安心したようでもある。
「二人とも、お疲れ。
今日はここまでにしよう。
ハロルドさんも戻ったら報告をまとめるって言ってたし、
続きは明日に回した方がいい」
アウレリアとルークは頷いた。
ジュリアンは軽く手を振り、
「ゆっくり休んでくれ。今日は長い一日だった」
と言って奥へ戻っていった。
ジュリアンの背中が見えなくなったあと、
アウレリアはそっとルークの方へ向き直った。
「ねえ、ルーク……」
「ん?」
アウレリアは少し迷ったあと、真剣な表情で言った。
「今日倒れた少年……エミルのところに、もう一度行こうと思うの。」
ルークは驚いたように目を瞬かせたが、
すぐに柔らかく笑った。
「……だろうと思ったよ。
アウレリアは放っておけないタイプだもんな」
アウレリアは少し照れながらも頷いた。
「うん。
それに……あの子、すごく怖がってた。」
ルークは真剣な目でアウレリアを見つめ、
「俺も行くよ」
と静かに言った。
アウレリアは目を丸くした。
「え……いいの?」
「もちろん。」
アウレリアは安心したように微笑んだ。
「ありがとう、ルーク」
――こうして二人は、
再び少年エミルのもとへ向かう決意を固めた。




