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男はさらに一歩近づき、レオンの顔を覗き込む。
「ところで……お前、どこから来た?
最近、警察がうろついてるからな。
妙な奴はすぐ分かる」
レオンの背中に冷たい汗が流れる。
その瞬間、路地の奥からハロルドの声が通信機に入った。
『レオン、無理に動くな。まだ泳がせる。
カインの背後にもっと大きな組織がいる。
今ここで捕まえたら、尻尾しか取れん』
ジュリアンの声が続く。
『だが、今なら話を聞けるかもしれない。
リディアの件…カインが何か知ってるはずだ』
ハロルドは短く息を吐いた。
『気持ちは分かるが、焦るな。
カインはただの売人じゃない。
“上”を捕まえなきゃ、ミラーは止まらん』
観察していたアウレリアは、胸がざわつくのを感じた。
レオンがカインに近づき、探るように会話を続けていると、
インカム越しにジュリアンの声が入った。
『レオン、聞けるなら聞いてくれ。
被害女性が死んだ日のことだ。
あの日、カインが何か見てないか……誰かに会ってないか……
少しでも情報が欲しい』
レオンは自然を装いながら、話題を切り出した。
「そういえば……橋の下で女が死んだって噂、聞いたか?
あの日、お前……何か見てないか?」
カインの動きが止まった。
フードの奥から、鋭い視線がレオンを射抜く。
「……なんでそんなこと聞く?」
レオンは肩をすくめ、あくまで“客”の演技を続けた。
「いや、ただの噂話だよ。
あんた、あの辺りのこと詳しいだろ?」
カインはしばらく沈黙し、
やがて、乾いた笑いを漏らした。
「……あの日か。
悪いが――覚えてねぇよ」
レオンが眉をひそめる。
カインは続けた。
「ラリってたからな。
自分がどこにいたかも、誰といたかも……全部ぼやけてる」
そこで、ふとカインの目が細くなった。
「……ただ、一つだけ覚えてることがある」
レオンの心臓が跳ねる。
「……何を見た?」
カインは口元を歪め、囁くように言った。
「ドラキュラだよ。
真っ赤な目をした“夜の王”が、橋の下に立ってた」
レオンは息を呑んだ。
インカム越しに、ジュリアンの声が震える。
『……ドラキュラ……? まさか……』
アウレリアは胸がざわつき、
ルークは険しい表情でカインを見つめた。
カインは続ける。
「幻覚かもしれねぇ。
でも……あれは“人間”じゃなかった。
俺はあの日、確かに見たんだよ」
その言葉には、嘘とも本当ともつかない狂気が滲んでいた。
ハロルドの落ち着いた声がインカムに入る。
『レオン、深追いするな。
カインはまだ泳がせる。
もっと上の組織を捕まえるためにも、今は動くな』
ジュリアンは悔しそうに息を吐いたが、
カインの“ドラキュラ”という証言が、
事件の核心に触れていることを直感していた。
――カインは覚えていないと言った。
だが、彼が見た“ドラキュラ”は、確かに存在していた。




