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新しい売買現場は、王都の外れにあるスラム街だった。
昼間だというのに薄暗く、建物の影が路地を覆い、
湿った土と腐った食べ物のような臭いが漂っている。
人々は皆、目を合わせないように歩き、
どこかで子どもの泣き声がかすかに響いていた。
ハロルドの部下である若い刑事・レオンが、
古びたコートを羽織り“ミラーを買いに来た客”を演じていた。
胸元には、セラフィーナが調整したばかりの探知機が隠されている。
セラフィーナは少し離れた建物の影から、
受信機を抱えて様子を見守っていた。
アウレリア、ルーク、ジュリアンも近くに潜み、
周囲の動きを警戒している。
「……反応はまだ?」
ルークが小声で尋ねる。
セラフィーナは受信機の魔力パネルを見つめながら首を振った。
「まだよ。ミラーの揺らぎは微弱だけど特徴的だから、
近くに“濃い反応”があればすぐ分かるはず」
そのときだった。
――ピッ。
受信機の魔力ランプが、かすかに点滅した。
セラフィーナが息を呑む。
「……来た。誰かが近くを通ったわ」
アウレリアが路地の先を見つめる。
薄暗い通りの奥から、一人の男がゆっくりと歩いてくるのが見えた。
フードを深くかぶり、顔はほとんど見えない。
だが、彼がレオンの横を通り過ぎた瞬間――
――ピピッ、ピピピッ!
受信機が一気に強く反応した。
セラフィーナの目が大きく見開かれる。
「強反応……! ミラーの揺らぎが濃い……!
この人、相当量のミラーに触れてる!」
ジュリアンが低く呟く。
「……カインの可能性が高いな」
男は周囲を警戒するように視線を動かしながら、
スラム街の奥へと歩いていく。
アウレリアは息を飲み、拳を握りしめた。
「……あの人が……」
ハロルドが短く頷く。
「追うぞ。逃がすな」
ハロルドの部下・レオンへ合図を送り、
ハロルド本人も別の路地から回り込む。
こうして、ついに姿を現した。
ミラーの仕入れ屋にして、売人たちのリーダー
スラム街の薄暗い路地を、フードを深くかぶった男が歩いていた。
背は高く、痩せているのに肩幅は広い。
頬はこけ、目の下には深いクマ。
だが何より印象的なのは、時折のぞく瞳の鋭さだった。
獣のように周囲を警戒し、誰かに見られている気配を常に探っている。
――カイン。
ハロルドの部下・レオンは、震える手を抑えながら男に近づいた。
「なあ……ミラー、まだあるか?」
男は足を止め、ゆっくりとレオンを見た。
その視線は、まるで相手の心の奥まで覗き込むようだった。
「……誰に紹介された?」
低く、乾いた声。
レオンは用意していた偽名を口にする。
「橋の下で買ってた連中だよ。最近ここで売ってるって聞いて……」
男はしばらく沈黙し、レオンの顔をじっと観察した。
その間、セラフィーナの受信機は強く反応し続けている。
「……お前、見ない顔だな。
本当に“欲しい”のか?」
レオンは喉を鳴らしながら頷いた。
「欲しいさ。強くなれるって聞いた。
“本当の自分”になれるって……」
その言葉に、男の口元がわずかに歪んだ。
笑ったのか、嘲ったのか判別できない。
「……ああ、そうだよ。
本当の自分を映す鏡だ。
だが――覚悟がなきゃ壊れる」
その言い回し。
売人たちが語っていた“仕入れ屋”の口癖と一致する。
レオンは確信した。
――こいつが、カインだ。




