65
翌日。
朝の王都警察は、昨日よりもさらに慌ただしい空気に包まれていた。
アウレリア、ルーク、ジュリアンの三人は、
規制薬物対策課のフロアへ向かうため廊下を歩いていた。
「ハロルドさん、もうカインの情報を調べてるかな」
アウレリアが小さく呟く。
ルークは肩をすくめた。
「昨日の様子だと、徹夜で資料を漁っててもおかしくないな」
ジュリアンが苦笑する。
「家族サービスできてるといいんだが……」
そんな会話をしながら課の扉を開けると、
ちょうどハロルドが書類の山に埋もれながら、部下に指示を飛ばしているところだった。
「ハロルドさん!」
アウレリアが声をかけると、彼は顔を上げ、少し驚いたように目を細めた。
「おお、アウレリアちゃんたちか。朝からどうした?」
ハロルドは椅子から立ち上がり、
まるで自分の娘を迎えるような柔らかい笑みを浮かべた。
アウレリアは一歩前に出て、真剣な表情で尋ねた。
「カインのこと……何か分かったことはありますか?」
ハロルドは深く息を吐き、手にしていた資料を軽く叩いた。
「昨夜から調べてたんだが……こいつは相当厄介だ」
ルークが眉をひそめる。
「やっぱり、ただの売人じゃないのか」
「そうだ」
ハロルドは頷き、資料を三人に見せた。
「カインは“ミラー”の流通ルートを握っていた中心人物だ。
売人どもはあいつを“仕入れ屋”と呼んでる。
裏社会じゃ、かなり顔が利くらしい」
ジュリアンが低く呟く。
「つまり、ミラーの元凶に近い存在ってことか」
ハロルドは腕を組み、険しい表情を見せた。
「問題は……カインが最近、姿を消してることだ。
取り締まりの直前に逃げたのか、誰かに匿われてるのか……」
アウレリアは胸の奥がざわつくのを感じた。
ハロルドはアウレリアの曇った表情に気づき、
まるで娘を気遣うように声をかけた。
「大丈夫だ、アウレリアちゃん。
あの橋の下から離れた別の場所で、またミラーの売買が始まってるって情報が入った。
ただ……カインの顔も背格好も、ほとんど記録がない。
判別する手段がなくてな。まいったよ」
アウレリアは不安げに眉を寄せる。
ルークも腕を組んだまま、難しい表情で黙り込んだ。
そのとき――
廊下の向こうから軽い足音が近づき、勢いよく扉が開いた。
「みんな、ちょうどよかった!」
白衣を翻しながら入ってきたのはセラフィーナだった。
手には調整を終えたばかりの魔力解析機を抱えている。
ジュリアンが驚いたように目を見開く。
「セラフィーナ、どうした?」
セラフィーナは胸を張り、誇らしげに言った。
「ミラーに反応するように、解析機を完全に調整できたわ!
ミラーを使った人間は、魔力の流れが独特に乱れるの。
その“揺らぎ”を検出できるようにしたのよ」
アウレリアの瞳がぱっと明るくなる。
「じゃあ……カインを見つけられる?」
「ええ」
セラフィーナは力強く頷いた。
「今、新しくミラーが売られている場所に行って、
この機械を作動させれば――
一番強く反応する人間が“カイン”のはずよ。
仕入れ屋である彼が、ミラーに最も深く触れているから」
ルークが感心したように口笛を吹く。
「やるじゃないか、セラフィーナ。科学の勝利だ」
ジュリアンも頷き、ハロルドの方を見る。
「ハロルドさん、これは使える。
カインを特定できる唯一の手段になる」
ハロルドはしばらく解析機を見つめ、
やがて深く頷いた。
「……よし。やってみる価値は十分にある。
ミラーの揺らぎを追えば、カインを炙り出せるってわけだな」
セラフィーナはにっこり笑った。
「そういうこと!」
アウレリアは胸に手を当て、ほっと息をついた。
「これで……リディアの事件に近づける」
ハロルドは優しい目でアウレリアを見つめた。
「君たちの力が必要になる。
準備ができたら、すぐに現場へ向かうぞ」
――こうして、カインを追い詰めるための“新たな手段”が整った。




