39
二人の間にあった長いすれ違いが、
静かにほどけていくようだった。
アウレリアはそっとジュリアンの袖を引き、
小さな声で囁いた。
「よかったわね……本当に……」
ルークは少しだけ目を細め、
静かに二人を見守っていた。
夜の森に、
ようやく温かな空気が戻ってきた。
ダリルはすぐに見つかり、叔父と共に警備隊に連行されていった。
こうして誘拐事件は幕を閉じ、屋敷にはようやく静けさが戻った。
ヴィクターはすぐに港の建設を再開した。
クラリッサと共に進めていた計画は、
実は――彼なりの愛情表現だった。
「君の好きな新しい品種のバラを、もっと簡単に手に入れられるようにしたかったんだ」
そう言ったヴィクターの声は、どこか照れくさそうだった。
クラリッサは胸が熱くなり、そっと夫の手を握った。
「ありがとう、本当にありがとう。」
…事件は終わった。
そう思われた。
だが――ひとつだけ、説明のつかないことがあった。
ジュリアンはルークを訪ねた。
冬の日としては、暖かい日で事件の終結を報告するにはよい日に感じた。
紅茶と茶菓子を出すアウレリアに感謝の言葉をかけるジュリアン。
ルークは報告が終わったなら早く帰れと言わんばかりに、ジュリアンを手であしらった。
「気になることがあってな…」
ジュリアンは含みのある言い方をして続けた。
ダリルの事情聴取で、
彼が“遮音の魔法”を使っていたことが判明したのだ。
「誘拐の間、誰にも気づかれないようにするために、
ダリルが魔法を張っていたらしい」
ルークも頷いき同意した。
「確かに、外からは何も聞こえなかった。
あの小屋は、完全に音が遮断されていた」
ジュリアンも答えた。
「俺たちが近づいた時も、物音は一切なかった」
しかし――アウレリアだけは、黙っていた。
ルークがふと気づき、彼女に視線を向ける。
「アウレリア。
君……小屋の中の音が聞こえていたと言っていたな」
アウレリアは小さく頷いた。
「うん……聞こえてた。
クラリッサさんの声も、椅子が倒れる音も……全部」
ルークとジュリアンは顔を見合わせた。
「遮音魔法の中の音が……聞こえた?」
ジュリアンが驚いた声を漏らす。
アウレリアは不安そうに自分の胸に手を当てた。
「わたし……おかしいのかな。
普通は聞こえないんだよね……?」
ルークはしばらくアウレリアを見つめ、
ゆっくりと首を横に振った。
「いや……おかしくなんてない。
ただ――」
その目は、どこか探るようで、どこか確信めいていた。
「君には、まだ自分でも気づいていない“力”があるのかもしれない。前回の認識阻害の魔法が効かなかったこととも関係しているのかも。」
アウレリアは息を呑んだ。
胸の奥で、何かが静かに目を覚ますような感覚がした。
こうして、本当に事件は終わった。




