第5話「日常」
いつの間にか当たり前になってきた日々。
太陽が昇って一日が始まり、学校や家庭で過ごす日々に馴染んできた。まるで、本当にあったあの辛く苦しい過去ですら神様とやらが見せた長い長い夢だったんじゃないかと錯覚する。
教室の大きな窓からまだまだ厳しい残暑の太陽を睨み付けながら、春萌初苺が座っていた空席に視線をやる。
(しばらく見てないな……)
昼休みのチャイムが鳴り。弁当を持って屋上へと向かう。なんとなく、そこに行けば春萌がいるような気がして……。
残暑を遮ってくれる給水塔の影は春萌の特等席だった。街を一望できる明るいベンチに目もくれず俺はそこに座る。
「お前の場所、勝手に借りるぞ」
腰を下ろす。ひんやりとしたコンクリートが尻の熱を奪う。ここで待っていればいつか来るんじゃないだろうか? あの小柄なシルエットが俺の前に立つ。
「かなーたくんっ」
小柄は小柄だが待ち人の姿ではない。無邪気に名前を呼ぶ舌っ足らずなその声に顔を上げると、天使マナがそこに立っていた。
「隣、いいかな?」
「あ、ああ」
了承するとマナは明るい夏の日差しのような笑顔で笑って隣に座る。
「直に座るのかよ」
「ハンカチ汚れちゃうもんっ」
くすぐったそうに笑って購買の袋から菓子パンを取り出す。こいつの正体はイマイチよく理解ってないが、こうして同じ時を過ごしていると距離感からか親子兄弟みたいな空気を感じる。
まぁ、こんなふうにゼロ距離で絡んでくる女子がいないっていうのも原因かもしれないが……。
「お前は未来から来たんだよな?」
「んお? ひょうらよ……んぐっ、むぐぐっ」
「呑み込んでからでいい。どんな未来から来たんだ?」
「んー……ごくんっ。見てきたのは君と同じ未来だよ。ただ、次元が違っただけ」
次元……? ああ、そうか、こいつは俺とは違う存在なんだっけ。
「えーと、確か……概念? とか言ってたな」
「そう、概念。姿かたちはなく、この声も聞こえない」
「概念ってのがよくわからないんだけど、有り体にいえば幽霊みたいなもんだよな?」
「あははっ……お化け扱いしないでしょぉぉ……」
うーん。幽霊の類いではないのか。そうなると天使マナの存在していた未来ってのはどういうものなんだ?
「幽霊と違ってボクは生きることができなかった。生まれてすらいないからね。だからかな……すごく生きたいって願い、そしてこの強い気持ちに同調できる魂を探した」
「その同調する魂っていうのが……俺?」
「まぁ、そういうことだね」
「んん? お前が存在するから俺が存在する……その逆も然りなのか?」
「うん。君がいるからボクは存在する。そしてボクがいるから君もまた存在する」
話の内容が突飛しすぎて理解しがたいが、マナが過去に存在することにより俺の魂がこの世界に巻き戻されたってことなのか……? そしてそれは俺じゃなきゃダメだった。
「うーむ……哲学的な話だな」
「そんなことないよ。ただボクたちは思うがままに生きる権利を得ただけだ」
その権利のために春萌初苺が犠牲になったとしても? 俺が生きてしまったことで春萌の人生が閉ざされたとしても?
「……厳しい話だな」
「そうかな。ボクたちはまだスタートラインに立っただけだよ。君は君だけの人生を歩めばいい」
「どうしてそんなふうに背中を押してくるんだ?」
「君の望むままに生きることが、ボクの願いだから」
どうして……こいつはこんなにまっすぐなんだろう。ここに存在していることが俺のおかげだとしても、願いが叶ったならば手放しで人生を謳歌すればいいのに……。
「……だからさ、叶えてよボクの願いを」
「それがお前の望みなら、多少頑張ってやるよ」
「うん! 勝ち取ってほしい……君の未来を」
いつの間にか菓子パンを食べ終えたマナはにっこりと笑って立ち上がる。スカートのホコリを手で払ってくるりと背を向けて走って行く。
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