第3話「欲」
秋晴れの空に白いボールが飛ぶ。どこまでも高く遠く。
「結構飛んだなー」
体育の授業。球技大会を前に気合いの入ったバレー部員のトスが思いがけぬ飛距離を生む。クラスメイトたちは「野球じゃないんだから」と笑いながらポールを片付ける中、俺はボールを拾いにグラウンドの隅へと向かう。
「あれは……天使マナ……?」
ふと、視界をよぎる小柄な少女の姿。歌でも歌うかのようにふわふわと歩くその背中に俺は声を掛ける。
「おーい」
不思議な雰囲気の丸い瞳がこちらを振り向く。そして、大輪の花を咲かせたような笑顔で俺を呼ぶ。
「奏汰くんヤッホーだよ」
「や、ヤッホーだな……」
子供じみた無邪気な笑みが向けられ俺は一瞬ひるむ。天使マナの印象は、あの日から変わらない。普通であって普通では無い、電波なのか正気なのか分からないこの女子に少々振り回されている。
「心は決めた?」
「どういう意味だよ……」
「君が選ぶ未来をボクは許してあげられる」
ほら、まただ。奇々怪々な電波で厨二病をこじらせたような言葉を平然と言えるこの子は、いったい何者なんだろうか? 俺の存在を知り、この世界に存在しなかった女の子……。
「……んにゅ? ボクの許しは必要ないのかな」
「許すもなにも……未来はこの手で勝ち取るものだ」
SF作品なんかでいうところの高次の存在という奴なのだろうか? 俺が元の肉体に精神だけタイムリープして人生をやり直してなかったら、速攻その場で通報しているところだ。
「勝ち取る……? ふふっ、そうだね」
マナはクスッと笑う。まるで何かを察したかのように、まるでどこかの未来を見ているかのように。
「なんだよそれ……意味深がすぎるだろ……」
この世界はきっと失われた人生の続きだろう。そして、俺は初めて見る己の人生の行く末を勝ち取るものだと宣言した。自分でも意味不明だけど、たった一言の言葉で胸を張れる気がした――
今日も今日とて自転車で坂道をくだっていく。朝の登校は心臓が破れそうなこの坂道も帰路では大変イージーだ。
(母さん明け方に〆切は抜けたって言ってたな)
そろそろ起きてるだろうか? 自転車の空気を入れに行ったついでに大きな書店で立ち読みをしていたら太陽はとっくに沈んで一番星があがる時間だった。
いつものようにカーポートに自転車を駐める。今日の夕飯はなんだろう? 母さんの料理はなんだって美味いから楽しみだ、と玄関からリビングにはいったそのとき異変が起こった。
「母さん!?」
リビングに繋がる階段の下で母さんが座り込んでいた。
「どうしたの!?」
「階段から足を滑らせてしまって……」
「怪我は?」
「大丈夫。踏み外しただけだから……痛っ」
咄嗟に足首をかばう仕草に俺の視線は母さんの白いつま先に向かう。
「折れてない? 病院に行く? ああ、でも俺、自転車しか……」
狼狽する息子を安心させるように母さんは俺の手を握る。しっとりとした温度の低い細い指先が、きゅっと絡みつく。
「大丈夫よ。ありがとう奏汰くん」
そのとき俺はどんな顔をしていたんだろう。困ったように笑う母さんの表情とひんやりとした指先、そして艶めかしいとも思える細い足首に……高校生らしからぬ劣情を膨らませてしまう。
「……っ……な、なら、いいかな……。でも、安静にしてほしいし腫れてきたら病院に行くんだぞ」
「ええ。わかってるわ」
母さんの視線がほんの少し熱っぽかった。痛みに濡れた瞳が、吐息を漏らす唇が、なんともいえない庇護欲をかき立てるのを感じてから制服のしたで息づき始めた存在に視線を落とす。
(やべ……っ!)
母さんも気づいていただろうか? そうだとしても生理的なものとしてからかったりなんてしないのがこの女性の性格だ。俺はギクシャクしながら母さんを抱き起こすと逃げるように部屋に帰った。
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