元聖女の転送屋
転送屋を営む元聖女エルフィールの日記です
---私は元聖女エルフィール、今は転送屋を営んでいます
以前は勇者パーティと共に前線で戦っていたのですが、勇者のやらかしにより解散、ちりじりとなり
私は能力を生かして、各地へと人を運ぶ転送屋としてのんびりまったり暮らしてす
そんな日にとつぜん、
「たのもー!」
「たのも~?」
と、二人の子供が店にやってきたのです。
「はい、いらっしゃい」
私は営業スマイルを向けます。この仕事をしていて一番嬉しい瞬間です。
「あの……ここは転送屋なんですよね?」
男の子が聞いてきます。
「そうですよ」
「じゃあ、俺たちを前線まで転送してくれ!」
……は? 前線?
「……えっと、君たちはどうしてそのようなことを?」
私はとりあえず話を聞こうと思いました。
「僕らは勇者なんだ!」
「そう! だから魔物を倒しに行くの!」
「でもまだレベル1だから強い仲間を集めているところなんだ!」
なるほど、そういうことね……。
「ごめんなさいね。転送には相応の対価が必要なの」
一応断っておくけど……
「対価って何ですか?」
「お金かな?」
「う~ん……」
二人は困った顔をしています。子供にお金なんて持っているわけがないよね……
「じゃあこういうのはどう? 君たちがもっと大きくなってからまた来るっていうのは」
私が提案すると、
「ダメだよ! 急がないといけないんだから!」
「そうだよ! 悪い奴らが村を襲ってるかもしれないし!」
「それに仲間も早く集めたいし!」
あらあら…… 本当に正義感が強いんだなぁ
「わかったわ。それなら特別サービスをしてあげる」
しょうがないから今回はタダで送ってあげることにした。まぁ危険な目にも遭わないだろうし大丈夫でしょ!
「本当!? やったー!!」
「ありがとうお姉さん!」
「えへへ~♪」
嬉しそうな表情を見るとこっちも幸せになるわ~
さてと…… 準備しようかしら?
「少し待っていてくれるかしら?」
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準備をするために裏に戻ったエルフィールだったが実は内心「野兎にすら勝てるのかしら?」と疑問を感じていた。
子供たちの装備をもう一度確認すると、少年の腰には木製の剣が一本。少女の手には布切れを丸めた小さな盾。そして二人とも普通の町着を着ていただけだった。魔物との戦闘どころか野山を歩くのも心許ない格好だ。
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「エルフィールさん!まだー?」
「早くしてー!」
子供たちの声が聞こえる。溜息をつきながら転送魔法陣の準備を続ける。
「あと少しよ~」
魔法陣を描き終え、最後の詠唱を始めたところでふと考えた。
(このまま行かせたら死んでしまうかも……)
思わず魔法陣を途中で止める。
「お姉さん?どうしたの?」
「やっぱりやめる?」
不安そうな顔をする二人を見て決意した。
「ねぇ、勇者様方。少しお話しましょう」
椅子に座らせ、温かいミルクを差し出す。
「まずは名前を教えてくれる?」
「僕はライル!12歳です!」
「わたしはミリアム!同じく12歳です!」
「素敵な名前ね。ところでなぜ急いで前線に行きたいの?」
二人は顔を見合わせた。
「村が……村が魔物に脅されてるんです!」
「父ちゃん母ちゃんが『早く逃げろ』って言って森の中に入れてくれたんだけど……」
ライルが震える声で続けた。
「でも僕たちだけ逃げるわけにはいかない!だから魔物を倒すんだ!」
涙ぐむ二人を見て胸が締め付けられた。かつて私もこんな風に世界を救おうと思ったことがある。でも現実を知ってしまった今……
「ねぇライルくん、ミリアムちゃん。一つだけ約束してくれる?」
二人は首を傾げた。
「何でもするよ!」
「約束する!」
「それなら……」私は優しく微笑み、「転送はできないけど、代わりにあなたたちを強くする方法があるわ」
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翌朝。私の家の裏庭では素朴な訓練が始まっていた。
「いい?魔法を使うためには集中力と想像力が必要なの」
「はい!」
「はーい!」
ミリアムに基礎的な治癒魔法を教え、ライルには簡単な防御壁を作る練習をさせる。武器も私の古い短剣と小楯を貸し出した。
三日後—二人は驚くべき成長を見せた。
「エルフィールさんの魔法陣すごい!足跡が光ってる!」
「ほんと!まるで星みたい!」
彼らは私の作った魔法陣で「サービスでスキルに剣術Lv2 肉体強化Lv2をつけてあるわ」
「ではまっすぐ進んでください。野ウサギが出てくるので倒してみてね」
言われるままにすすむと少しサイズのでかいウサギが現れる。そして襲い掛かってきた。
「ひっ!」ミリアムが小さく悲鳴を上げた。ライルは反射的に前に出る。
「怖がらないで!」ライルは訓練で教わった構えを取りながら叫んだ。「ただのウサギだ!」
巨大ウサギが地面を蹴り、猛烈な勢いで突進してきた。その牙は鋭く尖り、通常の野ウサギよりも明らかに攻撃的だった。
「やぁっ!」ライルが短剣を振り下ろす。しかしウサギは身軽に避け、逆にライルの脇腹に噛みついた。「うわっ!」彼は痛みで膝をつく。
「ライル!」ミリアムが慌てて駆け寄ろうとす
その日から特訓が始まった。
ライルは剣術だけでなく罠の解除法や地形を利用した戦闘術を学び、ミリアムは治癒魔法だけでなく攻撃補助の簡易魔法陣の使い方も覚えた。そして最も重要なことは—
「自分の限界を超える勇気を持つこと」
数週間後……
「そろそろ行きましょう」私は真剣な表情で言った。「あなたたちの村を救う時が来たわ」
「でも……本当に良いんですか?」ミリアムが不安そうに尋ねる。「お姉さんも一緒に来てくれませんか?」
「私は残るわ」私は微笑んだ。「なぜならこれはあなたたち自身の冒険だから」
魔法陣が光り輝き始めた。
「約束して……生き延びること」「必ず助けに帰ってくる」「約束よ」
光の中で二人は姿を変えた。
ライルの服は青い旅装束に変わり、腰には鋼鉄の短剣。背中には弓矢も装備されていた。ミリアムの服も白いローブになり、手には小さな杖を持っていた。
「これが……私たち?」二人は驚きの声を上げた。
「特典付き転送サービスよ」私は笑いながら説明した。「転送先はあなたたちの村の近く。そこで最初の試練があなたたちを待っているでしょう」
「ありがとうございます!」二人は深々と頭を下げた。「絶対に魔物を倒します!」
「それじゃあ行ってらっしゃい」私は軽く手を振った。
魔法陣が完全に発動する直前、ライルが叫んだ。
「待ってください!お姉さんの名前は何ていうんですか?」
「私はエルフィール」私は静かに答えた。「ただの転送屋よ」
---
魔法陣が消え去り、部屋には静寂だけが残った。
「これで良かったのかしら……」
窓辺に立ち外を見る。夕陽が街を赤く染めていた。ふと思う。あの子たちならきっと魔物を倒せるんじゃないかしら。
だって私と違って—本当の希望を持っているもの。
### 数ヶ月後……
カランコロン――ドアベルが鳴った。
「お姉さーん! ライルとミリアムが帰ってきたよー!」
入ってきたのは二人組の少年少女。だけど初めて会った時の面影はない。背も伸びて顔つきも大人びていた。
「おかえりなさい」
私が声をかけると二人はぱあっと笑顔になった。
「ただいま戻りました!」
「お久しぶりです!」
ライルは軽鎧を纏い、腰には立派な長剣。ミリアムは白いローブに小さな宝珠のペンダントをつけている。明らかに戦い抜いてきた者たちの風格があった。
「どうだった? 村の状況は」
「はい! 村は無事でした!」ライルが誇らしげに報告する。「魔物たちを追い払いました!」
「みんなお姉さんに感謝してました」ミリアムが目を潤ませながら続けた。「あなたのおかげだって」
「それはよかったわ」私はホッと胸をなでおろす。「じゃあ、報酬を受け取ってもいいかしら?」
二人は顔を見合わせてからポケットを探った。
「はい! これです!」
差し出されたのは小さな袋。開けると中には銅貨が十枚ほど。子供の手にできる範囲での精一杯の報酬だった。
「これが……報酬?」エルフィールは思わず目を丸くした。
「ごめんなさい!」ライルが深々と頭を下げる。「でも村のお金庫にはこれしかなくて……」
「もっと稼いでくるつもりだったんだけど」ミリアムが申し訳なさそうに付け加える。「他の村を回って薬草摘みとかして」
エルフィールは思わず吹き出した。目の前の二人は確かに以前とは別人のように成長していたが、根っこにある誠実さと純粋さは変わらない。彼女は優しく微笑むと二人の頭をなでた。
「報酬は結構よ。それより聞かせて頂戴。村で何があったの?」
ライルとミリアムは顔を見合わせると、誇らしげな表情で話し始めた。
「わたしたちが村に着いたとき」ミリアムが語り始める。「すでに魔物たちが畑を荒らしていたの」
「大きな灰色の狼のような魔物が5匹くらいいて」ライルが続ける。「村の人たちは怯えて家の中に閉じこもっていたんだ」
「お姉さんに教わった通りに」ミリアムが得意げに言う。「まず地形を利用したの」
二人の計画は単純だった。エルフィールに教わった基本的な戦術を用いて村の入口の広場に誘導し、ライルが魔物の一匹の注意を引きつけている間にミリアムが別の魔物に小型の石投げ器で小石を投げつけたのだ。
「『肉体強化』の魔法を使って、ライルは狼の噛み付きを短剣で受け止めました」ミリアムが目を輝かせながら説明する。「それで相手の動きが一瞬止まったところを……」
「僕が横から『火種』の魔法で目の前を照らして怯ませたんだ」ライルが得意気に言う。「その隙にみんなで石や鍋の蓋を投げつけて!」
「最終的には全員で追い払っちゃった!」ミリアムが両手を挙げて喜びを表現する。
エルフィールは微笑みながらうなずいた。小さな成功だが、彼らにとっては大きな一歩だ。しかし疑問が残った。
「でも、あなたたちだけで本当に大丈夫だったの? 負傷者は?」
「それが……」ライルが少し恥ずかしそうに頭をかく。「実は最初の一匹にミリアムが襲われかけて……」
「でもそのとき不思議なことが起きたんです!」ミリアムが興奮気味に続ける。「魔法陣が突然光って、わたしたち二人の周りに透明な膜みたいなものが現れて!」
エルフィールは眉をひそめた。「魔法陣が?」
「うん!」ライルがうなずく。「お姉さんが書いた転送魔法陣の一部だと思う。文字が浮かび上がって……『守護結界Lv2』って」
「それから私たちの武器にも光が走って」ミリアムが続ける。「『聖光付与』って書かれた文字が浮かんだの。それで魔物が近づくと自動的に弾かれるようになって……」
エルフィールはゆっくりと立ち上がり、窓際へ歩いた。考え込むような表情で外を眺めながら呟いた。
「私がつけた『特典』が発動したのね……」
「特典?」ライルが首を傾げる。
「ええ」エルフィールは振り返り、真剣な表情で二人を見つめた。「実はあの魔法陣に隠し機能を入れていたの。危機的状況になったときだけ発動するように」
「すごい!」ミリアムが目を輝かせる。「それでわたしたちを守ってくれたんですね!」
「ただし」エルフィールの表情が厳しくなる。「それはあくまで緊急避難用よ。根本的な解決にはならない」
沈黙が流れた。三人はテーブルを囲み、熱い紅茶を飲みながら次の言葉を待つ。
「村は本当に安全なの?」エルフィールが問いかける。
「それが問題なんです」ライルが深刻な表情になる。「魔物たちは撤退したけど、すぐに戻ってくる」
ミリアムが涙ぐむ。
エルフィールはしばらく黙って考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「もう一度行く必要がありそうね」
「え?」二人は同時に顔を上げる。
「あなたたちと一緒に」エルフィールが優しく微笑む。「今度は私がサポートする番よ」
夜が更けるまで作戦会議が続いた。エルフィールは地図を広げ、周辺地域の魔物の分布や弱点について詳しく説明した。ライルとミリアムは真剣な眼差しでメモを取り、質問を繰り返した。
「お姉さんは本当に勇者パーティの一員だったんだね」ライルが感心しながら呟く。
「昔のことよ」エルフィールは遠い目をして答える。「今はただの転送屋。でも……」
言葉を切り、彼女は二人の若き冒険者を見つめた。
「あなたの炎はまだ消えていないみたいね」ミリアムがそっと言う。
「どういう意味?」エルフィールが困惑した表情を浮かべる。
「目が輝いてる」ライルが真剣な表情で言った。「本当はまた冒険したいんじゃない?」
その言葉にエルフィールはハッとした。長い間封印していた感情が蘇ってきた気がした。
「明日の朝に出発しましょう」彼女は決意を新たにして言った。「必要な物資を集めて、万全の準備を整えて」
翌朝、早起きした三人は支度を整えた。エルフィールは古い魔法道具箱を取り出し、ライルとミリアムのために適切な装備を選んだ。
「これを持っていって」彼女は小さな水晶を二つ取り出した。「魔力感知の水晶よ。魔物の接近を知らせてくれるわ」
「お姉さんは?」ライルが尋ねる。「装備は?」
エルフィールは苦笑いを浮かべた。「私は十分に強いわ」そう言って腰に下げた古びた杖に触れる。
「それじゃあ行こう!」ミリアムが元気よく宣言する。
三人は転送魔法陣の前に立った。今度はエルフィール自身も一緒だ。かつての勇者パーティを思わせる三人組は、新しい冒険へと踏み出そうとしていた。
「今度は本当の意味での勇者パーティね」エルフィールが微笑みながら言う。
「はい!」ライルとミリアムが声を揃えて答える。
魔法陣が眩い光を放ち始めた。三人の姿が徐々に薄れていき、次第に光の中に溶けていく。
「どこにでも行ける転送屋の力を見せてあげるわ」エルフィールは自信に満ちた声で言い、光の中に飛び込んでいった。
村を救うための本当の戦いはこれから始まる——希望と勇気を胸に抱いて。
「着いたわ」エルフィールの声が静かに響く。目の前には小さな農村が広がっていた。田畑が点在し、木造の家々が寄り添うように建ち並ぶ平和な光景——のはずだった。
しかし空気が違った。微かな血の匂いと焦げ臭さが風に乗って漂ってくる。
「村の東側が燃えています!」ライルが指さした方向に視線を向けると、黒煙が立ち昇っていた。
「走れ!」エルフィールが即座に指示を出す。
三人は村の入り口へ向かって駆け出した。途中で村人の一人が必死の形相で逃げてくるのが見えた。
「どうしたんだ!」ライルが呼びかける。
老人は息も絶え絶えに「ゴブリンの大群だ……若い衆が食い止めてる……!」と言い残し、その場に崩れ落ちた。
現場に辿り着くと、そこはすでに戦場と化していた。粗末な武器を持った村の男たちが、緑色の皮膚と醜悪な顔つきのゴブリンたちと激しい戦いを繰り広げている。地面には既に何体ものゴブリンの死骸が転がり、同時に村人の負傷者も多数出ていた。
「兄さん!」
ミリアムの悲鳴に振り返ると、彼女の兄と思われる青年が重傷を負っていた。腹部から大量の血が流れ、顔は蒼白だ。
「ミリアム!」青年はかすれた声で妹の名を呼ぶ。「お前……逃げろ……!」
「いやよ!」ミリアムが泣きながら兄に駆け寄ろうとする。
「落ち着きなさい!」エルフィールが彼女の肩を掴んだ。「今行くのは自殺行為よ」
「でも……!」
「あなたには治癒魔法があるでしょう? 私が道を作ります」
エルフィールは冷静に判断し、杖を高く掲げた。周囲に淡い青い光が広がっていく。
「【清浄の領域】」
魔法陣が地面に浮かび上がり、半径二十メートルほどの結界が形成された。侵入しようとしたゴブリンたちが結界に触れると、耳障りな悲鳴を上げて退散していく。
「今のうちに!」エルフィールが叫ぶ。
ミリアムは覚悟を決めたように兄のもとへ駆け寄り、両手を傷口に当てた。
「【生命の流れよ戻れ】!」
柔らかな緑色の光が傷口を包み込む。出血はすぐに止まり、顔色も僅かに回復した。
「凄い……治ってる!」ライルが感嘆の声を漏らす。
「まだ終わりじゃないわよ」エルフィールの表情が厳しくなる。「この結界も長くは持たない」
彼女は素早く状況を分析した。ゴブリンの数は約三十体。統率しているリーダー級が一体いる。さらに厄介なことに—
「ウルフもいるわね」エルフィールの視線の先には、二メートルを超す巨体のウルフが立っていた。「あれはかなり強い」
「俺に任せてくれ!」ライルが前に出ようとする。
「待ちなさい」エルフィールは彼の腕をつかんだ。「策があるわ」
「ライル」エルフィールが囁く。「あなたの仕事はウルフを引き付けること。でも直接戦わないで」
「どうやって?」ライルが問い返す。
「私が今から光の幻影を作る。君はその幻影に向かって走るの。本物の君は岩陰に隠れなさい」
「分かった!」ライルが頷く。
エルフィールは複雑な手印を結びながら呪文を唱えた。
「【虚像投影】」
ライルの隣にまったく同じ姿の幻影が現れた。幻影は迷うことなくウルフに向かって駆け出した。
「グォオオ!」ウルフが咆哮を上げ、幻影を追いかける。
「上手くいった!」ライルはほっと息を吐く。
「次は本番よ」エルフィールの目が鋭くなる。「【縛鎖の網】」
地面から無数の光の糸が伸び、ゴブリンたちの足元に絡みついた。動きを制限されたゴブリンたちが混乱する中、エルフィールは次の魔法を準備する。
「【聖光穿孔】!」
杖の先端から放たれた光線が一直線にリーダー格のゴブリンを貫いた。断末魔の叫びを上げて倒れるリーダーを見て、残りのゴブリンたちは恐怖で後退を始めた。
「今よ!」エルフィールが叫ぶ。「ライル!」
岩陰からライルが飛び出し、訓練通りの動きでウルフに挑む。
「【肉体強化】!」
筋肉が膨張し、彼の動きが格段に速くなった。短剣が閃き、ウルフの前脚を深々と切り裂く。
「ギャァン!」ウルフが苦痛の叫びを上げる。
「やった!」ミリアムが歓声を上げる。
しかし次の瞬間—
「危ない!」エルフィールの警告が遅かった。油断したライルの背後から別のゴブリンが棍棒を振り下ろした!
「くっ……!」
血が飛び散り、ライルの左肩に深い傷が刻まれた。痛みに膝をつきかける彼の前にミリアムが立ちはだかる。
「させない!」彼女は震える手で杖を構えた。「【防壁生成】!」
透明な壁が出現し、ゴブリンの次の攻撃を跳ね返した。その隙にエルフィールが二人を保護するために新たな結界を展開する。
「よく持ちこたえたわね」エルフィールは厳しい表情で言った。「でもまだ終わっていないわ」
彼女は深く息を吸い込み、最後の力を振り絞るように杖を高く掲げた。
「【天罰の閃光】」
天空から無数の光の矢が降り注ぎ、残存していたゴブリンたちを容赦なく打ち倒していく。閃光が収まった時、動いている敵はもういなかった。
「終わった……?」ライルが恐る恐る顔を上げる。
「ええ」エルフィールは疲労困憊した様子で杖を地面に突いた。「完全に」
村人たちは信じられないという表情で集まってきた。誰もが口々に感謝の言葉を述べる中、特に印象的だったのは村長の言葉だった。
「あなた方は命の恩人だ」老村長は涙ぐみながら言った。「そして……なんと懐かしい方と再会できたことか」
エルフィールは驚いて村長を見つめる。
「私のことを……?」
「忘れもしません」村長の目に涙が光る。「十年前、疫病が流行した際に訪れてくださった聖女様ではありませんか」
沈黙が流れる中、エルフィールはゆっくりと頷いた。かつての記憶が鮮やかによみがえる。
「そうでしたね」彼女は柔らかく微笑んだ。「あの時はまだ新人だったわ」
ミリアムはそんな二人のやりとりを見て確信した。エルフィールお姉さんは本当は素晴らしい魔法使いなんだということを。
「さぁ」エルフィールは皆に向けて声をかけた。「怪我人の手当てをしましょう。そして……」
彼女はライルとミリアムを見つめ、真摯な表情で言った。
「本当の戦いはこれからよ。村を守るための策を練りましょう」
夕陽が村を黄金色に染める中、三人の新しい冒険が始まったばかりだった。そしてエルフィールの心には、久しく感じていなかった情熱の炎が静かに灯っていた。彼女自身もまた、新たな勇者の旅立ちを迎えたのである。
「まずは怪我人の治療を最優先に」エルフィールの指示は冷静かつ的確だった。
村の中央広場には即席の野戦病院が設営され、負傷した村人たちが次々と運ばれてきた。エルフィールはミリアムと共に治癒魔法を使い分けながら、重症者から順に処置を行っていく。ライルは村人と協力し、簡易ベッド作りや薬草採取などの雑務に奔走した。
夜が更けていくにつれ、広場には少しずつ活気が戻り始めた。炊き出しの湯気が立ち込め、人々の談笑する声が聞こえる。しかしエルフィールの表情は依然として硬い。
「あの時も疫病だったわね」エルフィールはぽつりと呟いた。
村長が感慨深げに頷く。「そうです。ちょうど聖女様が御一人で村に来てくださったのは……」
「違うわ」エルフィールが静かに遮った。「あの時は『勇者パーティ』の一員として来ていたのよ」
「それでも我々にとっては救世主でした」村長の言葉に嘘偽りはなかった。「貴方がいなければ多くの命が失われていたでしょう」
エルフィールは遠い目をしたまま、かつての思い出に浸っていた。勇者ゼルカイトに同行した聖女として初めて実戦経験を積んだ頃のこと。若く未熟だった自分。しかし村を救えたという誇りは今でも彼女の心を温めていた。
その夜、三人は村長宅の一室を借りて対策会議を開いた。蝋燭の明かりだけが揺れる部屋の中、エルフィールは地図を広げた。
「ゴブリンたちがなぜこんな村を狙ったのか」彼女は指を滑らせながら説明する。「原因は恐らく……」
「近くに洞窟があります」ライルが思い出して言う。「子どもたちが遊びに行く秘密の場所で」
「そこよ」エルフィールの表情が厳しくなる。「拠点になっている可能性が高い」
「じゃあ壊滅させるんですか?」ミリアムが不安そうに尋ねる。
「いえ」エルフィールは首を振った。「もっと賢い方法があるわ」
彼女は詳細な作戦を説明し始めた。まずは偵察隊を派遣し、洞窟内の正確な情報を得ること。次に村全体の防御態勢を固めること。そして最終的には……
「全員参加型の反撃作戦ね」エルフィールは微笑んだ。「村人も含めて」
「全員?!」ライルとミリアムは驚愕した。
「ええ。今回の襲撃で分かったでしょう? あなたたちだけでは勝てなかったわ」エルフィールは厳しい現実を突きつける。「でも村全体が一つになれば話は別よ」
彼女の作戦は大胆かつ緻密だった。年配者は子供たちと老人の避難支援。男性は前線での作戦遂行。女性は後方支援と情報伝達。全ての人が役割を持つことで生まれる連帯感と力。
「これが本当の勇者の姿よ」エルフィールは静かに語った。「一人で強くなることも大切だけど……時には皆で一つの目的に向かって進むことも同じくらい大切なの」
翌朝、エルフィールの作戦は即座に実行に移された。村全体が慌ただしく動き始め、それぞれが自分の役割を果たすために奔走する。
「ねえライル」ミリアムは兄の隣で弓の手入れをしながら尋ねた。「どう思う?」
「何が?」ライルが返事をする。
「エルフィールお姉さんのこと」ミリアムの瞳には尊敬の念が宿っている。「本当に昔は有名だったのかもしれないわ」
「ああ」ライルは素直に認めた。「あの戦いで見せた力は普通じゃない」
二人はお互いを見つめ合った。
「でも」ライルは続けた。「今重要なのはあの人が俺たちを助けてくれてるってことだ」
「そうよね」ミリアムも同意する。「私たちはまだまだ未熟だけど……お姉さんのおかげで成長できてる」
その日の午後には偵察隊が帰還し、洞窟内部の詳細な地図を持ち帰ってきた。エルフィールはそれらの情報を基に最終的な作戦計画をまとめ上げた。
新月の暗い夜。闇に乗じて村人たちが動き出した。彼らの多くは農具を持った素人同然だが、その目には確かな決意が宿っている。
「今夜決着をつけましょう」エルフィールの声が闇に溶け込むように響く。
彼女はライルとミリアムに特別な指示を与えた。「あなたたちは洞窟内部へ潜入して。私は外部からの支援を行うわ」
二人は頷き、緊張した面持ちで洞窟へと向かった。エルフィールは彼らを見送りながら小さく呟く。
「これであなたたちも本当の勇者への第一歩を踏み出せるわ」
洞窟内部ではライルの剣技とミリアムの治癒魔法が見事に調和し、次々とゴブリンを倒していく。一方外ではエルフィールが巧みな魔法で敵を混乱させ、村人たちの進軍を助けた。
夜明け前、ついに洞窟最奥に潜んでいたゴブリンキングが討伐され、長きに渡る脅威は終焉を迎えた。
「ありがとう」村長は深々と頭を下げた。「あなた方のおかげで私たちの平和が守られました」
広場では祝宴が催されていた。エルフィールは少し離れた場所でその様子を眺めながら、グラスを傾けていた。
「お姉さん!」
振り返ると、ライルとミリアムが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「私たち……本当に冒険者になれたのでしょうか?」ミリアムが恥ずかしそうに尋ねる。
エルフィールは優しく微笑んだ。「いいえ、まだよ」
「えっ?!」二人はショックを受けたように固まる。
「でもね」彼女は続けた。「今日のあなたたちは素晴らしい冒険者だったわ。それは確かよ」
「じゃあこれからは?」ライルが希望を込めて聞く。
「そうね」エルフィールは空を見上げた。「次は何処に行こうかしら」
彼女の目は遥か彼方を見据えているようだった。
「一緒に来る?」その一言に二人は息を呑む。
「もちろん!」声を揃えて答えた。
星空の下で三つの影が寄り添う。過去と未来が交錯する瞬間。エルフィールの心にはかつての輝きが戻りつつあった。そして新しい冒険が始まろうとしていた。
(続く)




