第6話 七緒少年にとって怪異は日常
街の大通りで開かれる“朝どり一番市”に、ぼくはきていた。
市には水揚げされたばかりの、魚介を売る威勢のよい声。
マーヤ平野で取れた作物や、山側の段々畑でとれた果実を売る女の人の声がひびく。
そこに買い物客、観光客がどっと流れ込み、歓声、笑い声、値切り声が合わさって、何の祭りかなと思うほどごった返していた。
普段の買い出しなら、別にわざわざ市にくる必要なんかない。
けれどぼくは、街へくるとつい一番市へ寄ってしまうのだった。
この騒がしさに身を沈めていると、自分が人の輪の中にいるなあって実感できる。
そして声をかければ話すことだってできるし、触れることだってできる。
そんなもの当たり前なんだけれど、ぼくはその当たり前がたまらなく嬉しかった。
ぼくがカレーの新しい具材研究のため、タケノノコを持ち矯めつ眇めつ眺めていると、売り子のおばちゃんが話しかけてくる。
「ほらナナオちゃん、一本持って帰っておくれよっ」
「おっきいなー、うち3人だから食べきれるかなあ?」
会話は自分の見た目に合わせて、7歳の元気な男の子風味でかわしたりする。
ヒノモト時代でも、取り憑いた相手の口調を真似ていたから得意技だった。
そこに抜かりはないのです。
ぼくが「どうしよっかなあ」と首を傾げていると、おばちゃんがここぞとばかりにタケノノコアピールをしてきた。
「何言ってんだいっ。この時期に、食べなきゃどうするのさっ。
旬のタケノノコを食べりゃ、無病息災さねっ」
「これどうしたら、良いですか?」
「先っぽは、焼きが一番だねっ。
塩をふって食べとくれ。
真ん中は一口大に切って、カラッと素揚げで塩だね。
根っこの方は、コトコトごった煮でポトフだね。
2日目は味がしみるよ~」
「うわあ、美味しそうっ」
全部塩味じゃないですかと、ぼくは心の中で突っ込んでみる。
こんな会話をほくほく顔で続ける。
ぼくはこんな時間がちゃんと人と繋がってるって感じで、たまらなく好き。
そんなぼくの肩に、どこからともなくフラフラ飛んできたものが止まった。
何かと思って肩を見てみれば、子供の掌ほどの小さなイエリコウモ(コウモリに似た獣)だった。
大体夕方から活動を始めるはずだから、こんな昼前から飛んでいるのは珍しい。
当のリコウモもそれは分かっているようで、くりっとした眼が半分しか開いてなくて、とっても眠たげだ。
「ファ~、ムニムニ……キキ」
鳴く声もなんだか気だるげだった。
そんな声を聞いて、ぼくの顔からホクホクが消える。
ぼくは妖しの白狐として、鳴き声の意味が分かったりする。
ぼくはリコウモにうなずき、タケノノコを買って朝市から離れていく。
向かう先は、サーファーさんの待つ浜辺ではなくて反対側。
山側の住宅地の方。
白漆喰の壁と赤い瓦屋根が、山の裾野にずっと広がっていた。
陽に照らされて、赤みのある瓦がオレンジに輝いている。
ぼくはその瓦屋根の上を、ぴょんぴょんと飛んで渡り歩いた。
イエリコウモの視点で進まないと、案内役のリコウモが、どこへ行って良いのか分からなくなっちゃうから。
そんなリコウモが、ぼくの肩で急にキキっと鋭い声で鳴いた。
「ここの家?」
「キキッ」
「そっかありがと」
「キキッ」
ぼくはくる途中捕まえた、冬蛾をリコウモに与える。
そのとき指先から妖力を注ぎ込み、蛾を青白く光らせた。
イエリコウモは光る蛾を旨そうに平らげると、ぼくの肩から飛び立ち、二軒隣りの屋根の隙間へもぐり込んだ。
役目を終えたイエリコウモは、これから二度寝を決め込むみたい。
ぼくの妖力がたっぷりこもった蛾を食べて、今年はきっと元気な子供を産むんじゃないかな。
ぼくは密集する屋根と、屋根の間へ飛びおりる。
降り立つとそこは、狭い路地だった。
陽が射さなくて薄暗く、浜から上がってきた潮風がよどんでいる。
このような暗くべたつく路地が、住宅地全体に入り組んでいて、山の裾野にちょっとした迷宮を作っていた。
家の前には道を塞ぐように人だかりができていて、一人がこちらに気づくとホッとしたような顔をする。
「ああ、岬さまのとこのっ。来てくれたかっ」
「七緒です。中はどうなってます?」
「もう駄目かもしれねえ。
昨日この家の者が山菜取りにいっとったから、たぶん山から、何か連れてきちまったんだ」
それだけ聞いて、ぼくはこくりとうなずく。
「教会に連絡は?」
「とっくにしたさっ。けどどうせ、昼過ぎまで動いてくれねえよう」
「分かりました。
すみません、どなたか買い物カゴ持っていてもらえますか?」
ぼくにとって怪異は日常で、親しみのある出来事だった。
それは妖狐であるぼく自体が、怪異そのものだから。
ぼくは軽い気持ちで、ちょっと家の中を覗くことにする。
ライムグリーンに塗られた木製のドアに、鍵はかかっていない。
ぼくはゆっくりと押し開け、闇の凝る屋内へと体を滑り込ませた。




