第24話 七緒少年とゾンビ化に抗うひと
剣士コーラルは4階建ての集合住宅へ入り込み、片っ端から台所を物色していく。
台所には大概、買い物カゴがあり、その中に依頼されたブツを突っ込んでいった。
家の者は皆逃げてもぬけの殻だ。
誰も彼の暴挙を、見とがめる者はいない。
コーラルは両手いっぱいに「買い物カゴたち」を抱えながら、困惑の色を滲ませた。
「俺、一体なにやってんのー!?」
*
「ふー、ふー、ふーっ」
星形の御守り、塩の瓶、包丁。
ぼくは、それらの気脈(魔力)を慎重に繋げていく。
続けて、ゾンビ化を発症した母と子に繋げて円環させる。
「立てますか、気持ちをしっかりっ。
これから向こうの用水路まで行きます!」
「ひいっ、何も見えないの、何もっ」
「お母さんどこ!? お母さんっ!?」
「大丈夫ですっ、ぼくが2人の手を引きますからっ。
さあ立って早く!」
親子の手を引き、渦中の広場を通る。
ぼくめがけて襲い来るゾンビは、全てお師さまが吹き飛ばしてくれた。
肉片が降り注ぐなか用水路に着くと、岸に生えた樹木の根元に座らせ、樹と2人の気脈をループさせる。
「いいですか、カゴをしっかり持ってっ。
この樹から2人とも離れないでっ。
大丈夫です、必ず助かりますから!」
「ひいいいいっ」
「うわあああああんっ」
ぼくは「絶対助かる」ともう一度声をかけ、次の発症者の元へ駆けた。
そこへ買い物カゴを山ほど抱えた、コーラルが並走する。
「おいガキっ、星やら塩やら持ってきたぞっ」
「ありがとうございますっ」
ぼくとコーラルは、壁際でうずくまる者たちの前にしゃがんだ。
ぼくがさっそくコーラルの持ってきた、「星と塩と包丁」を気脈で繋ぎ合わせていく。
気脈の見えないコーラルは、ぼくが何をしているのか、さっぱり分からなかった。
何だか指先を伸ばして、下手くそな「エアあやとり」をしているようにしか見えないと思う。
「お前、何してんの!?」
「えっと、えっと……これで何んとかなるんですっ」
「まじかー、訳わかんねーぜ、ちくしょーっ。
おい、まだ星はいるのか!?」
「お願いしますっ」
「おう!」
ぼくは女性2人へ御守りを繋げると、母子と同じように手を引き、用水路の木々を目指した。
しかし1人が、足をもつらせ転んでしまう。
「足が動かないのっ」
「大丈夫ですっ、ぼくの手をしっかり握ってて下さいっ。
そのまま引っ張って行きますからっ」
ぼくは右手で女性を引き、左手で転んだ女性を妖狐の力で引きずっていく。
すると手を引いていた方の女性が、いきなり持たせていた買い物カゴを投げ捨てて、ぼくの手も振りほどき走り出してしまう。
「きゃあああああああああっ」
「ああ、待ってっ!」
四方から聞こえてくるゾンビの叫び声に、目の見えなくなった彼女は耐えられなかった。
お師さまが粉砕したゾンビの骨片が顔に当たったみたい。
その途端、走り出す衝動を抑えきれなかった。
けれど視力を失っているため、彼女は直ぐにバランスを崩して転倒してしまう。
「ひいやあああああああっ」
そんな彼女の襟を、フーリーさんがむんずと掴んで、こちらまで引きずってくる。
途中襲い掛かるゾンビは、片手で刀を扱いバラバラにしていった。
襟を掴まれた女性は、ゾンビに捕まったと思ったのだろう。
手足をばたつかせて必死に抵抗するけど、フーリーさんは意に介さない。
「フーリーさん!」
「向こうへ引きずれば良いんだな」
「はいっ」
樹木へとたどり着き一人を樹とループさせた後、フーリーさんの引っ張ってきた女性を妖狐の眼で見つめる。
彼女と星の御守りとの繋がりが、切れてしまっていた。
たぶん投げ捨てたときに途切れたのだろう。
ぼくがもう一度繋げようとすると、彼女が暴れた。
御守りの入った買い物カゴを、手で振り払い立とうとする。
「いやあああっ、助けてええええ!」
「落ち着いて下さいっ、暴れないでっ」
「やめてええええっ」
「ナナオを、煩わせるな」
フーリーさんはそう言うと、女の人のアゴ先へ刀の柄を激しくぶつけた。
綺麗に入って脳が揺れ、女の人が気を失う。
「これでいい」
「あ、ありがとうございますっ」
ぼくは気絶した女性を樹に寄りかからせて、ループ処置を施すと、また広場を駆けた。
かなり1人に手こずってしまった。
その分だけ他の発症者が手遅れになる。
先ほどまで、壁際で怯えていた人たちの何人かがいない。
完全にゾンビ化して、歩き去ったのだろう。
ぼくは半地下へと通じる階段にうずくまる、小さな女の子を見つけた。
できれば子供から先に見つけたいけれど、そう都合よく子供の発症者から見つかる訳じゃない。
ぼくは買い物カゴを急いで取りに行き、女の子の元へ駆け戻る。
しかし戻るとその場所にはもう、小さな女の子の姿はなかった。
「あああ……」
言いようのない無力感が、ぼくを襲った。
あともう少し……せめてあと1分早く見つけられていたら、助けられたかも知れない。
そう思うと足元の地面が、ぐにゃりと歪んだように感じられた。
立っているのが辛い。
だけど立ち止まっている時間は、ぼくに無かった。
「くううううううっ」
ぼくは歯を食いしばって、広場を駆け出す。
次の発症者の元へ、泣きながら駆ける。
ぼくは植え込みに隠れるようにして、うずくまる女性を見つけた。
顔色が異様に白く鼻血も出していて、瞳も完全に白濁している。
もうとっくに、ゾンビ化してもおかしくない状態だった。
それでもまだ震えている。
まだ怖がっていた。
ゾンビ化に抗おうとするように、意識を保っている。
何が彼女を、そこまで抗わせるのか?
ぼくは彼女のお腹を見て絶句する。
彼女のお腹は大きく膨らんでいた。
「妊娠している!」
もしお母さんがゾンビ化したら、お腹の子はどうなるのだろう?
そんな事、ぼくには分からなかった。
けれど分かる事が一つ。
彼女は自分のためではなく、我が子のために必死に抗っているんだ。
「ぐっ……」
ぼくは買い物カゴの丸い取っ手を握りしめて、彼女の前にしゃがみ込む。
カゴから星のオブジェや、塩の瓶を取り出し、気脈を繋げ始めた――




