第20話 七緒少年のともだちリュイエール
ぼくは愛刀フーリーンを青眼に構えて、襲い来る「2次ゾンビ」を見つめる。
2次被害のゾンビは、何度も石畳の腐肉で転んで汚れているけれど、衣服は真新しかった。
ついさっきまで、爽やかな空色のワンピースだったんだなと思う。
片方のサンダルが脱げていても、女の人は気にしていない。
ゾンビに嚙まれた事により、「腐蝕死」の呪いが体中に回って、彼女の意識は散り散りに消え失せてしまった。
肌が蠟のように白くなっているけれど、至る所で走ったためか、頬の血色が良かった。
まだ彼女の中で、血潮が息づいている証拠だった。
見た目が生前と変わんない。
けれどその瞳は白濁して、鼻から大量に血を流しており、もはや手遅れだった。
さっきまで生きていた獣人を切るのは嫌だと、お師さまやフーリーさんに泣きつくわけには行かなかった。
一々そんな事を頼んでいたら、何のためにお供として来たのか分かんない。
「ふー、ふー、ふっ」
ぼくは短く息を吐き、襲い来るゾンビの脇をすり抜けながら、ゾンビの膝頭を断ち割った。
ペキリと片足が折れて、ゾンビが膝立ちとなる。
その項垂れた首めがけて、フーリーンを打ち下ろした。
ドロドロとしたゾンビとは違って、切断された切り口から、血潮が噴水のように飛び出す。
まだ心臓が動いていたのだろう。
それを見たぼくの心に、黒い澱のようなモノがこびり付いた。
それは嫌悪、罪悪感、吐き気が混じったヘドロのようなもの。
ぬちゃりとぼくにまとわり付く。
同じゾンビでも、腐肉ゾンビとは切った感覚がまるで違った。
まだ生きた肉と骨だった。
生きた獣人と変わらない。
あれほどゾンビを切って来たのに、出来たてのゾンビを一体切っただけで心が揺らぐ。
動揺して、フーリーンを持つ腕が下がりそうになる。
でも手を止めてはいけない。
止めたら3次4次と、もっとゾンビ化が広がっちゃうから。
ぼくは次のゾンビを見定め、刀の柄を握りなおす。
「ふー、ふー、ふー、うっぷ……」
「すげーなお前、まだガキのくせして、さすが岬さまのとこのガキだなっ」
いきなり冒険者から声をかけられた。
横並びに立つ剣士を見ずに、ぼくは言い返す。
「そーですよ、うっぷ。
ぼくは、お師さまとフーリーさんの弟子ですからっ、うっぷ」
「はっ、強がりやがって、吐きそうになってんじゃねえか。
一回吐いとけ楽になんぞっ」
「ぼくは吐かないです、うっぷ。
あなたみたいに」
「お前見てやがったのかよ、ちっ、しまらねーなっ。
お前も吐き友になっとけっ」
「嫌ですよ、うっぷ。ぼくは絶対……うっぷ」
「はー、生意気なガキだぜっ」
絡んでくる剣士を無視してもいいけど、ぼくはそうしなかった。
剣士がぼくを、気遣ってくれていると分かるから。
戦場で兵士が軽口を言い合うのは、敵を舐めているからじゃない。
そうやって緊張をほぐし合わなくちゃ、体が強張って上手く動けないからだった。
動けなければ死が待っている。
剣士が声を掛けなければ、代わりにお師さまがぼくに声を掛けていただろう。
ぼくは軽口を言い合って、幾分か気持ちが楽になる。
お礼代わりに憎まれ口を叩いてあげる。
「ゾンビに嚙まれたら、ぼくが切って上げます」
そう言ってちらりと剣士を見た時、ぼくは剣士ごしに見てしまった。
思わず2度見したけど間違いない。
「あの子は!」
お師さまとフーリーさんから離れないと約束したけれど、ぼくは一人で駆け出した。
剣を交えずにゾンビをかい潜り、向かう先はとある家の玄関先。
木製の扉がほんのちょっと高い位置にあり、階段が3段付いている。
その石段の脇にうずくまる、少年の元へ駆けた。
少年の前へかがみ込み、下唇を噛む。
「そんな……っ」
間違いない、ぼくの顔見知りだった。
朝、ぼくがサーファーさんで街へ買い物に来たとき、浜で挨拶した子供の一人だった。
サーファーさんが大好きで、よくサーファーさんをジャングルジムのようにして遊ぶ子だ。
辺りを見る。
親はいない、この子一人だった。
恐らく逃げ回るうちに、はぐれてしまったのだろう。
少年の腕は、ゾンビに嚙まれて出血していた。
「リュイエール分かる!? ぼくだよ七緒だよっ!」
声をかけるけれど反応が鈍い。
獣耳がたれ、尻尾も内側へ丸まり、激しく怯えている。
自分の中の変化に、意識が持って行かれているのだろう。
今のリュイエールはゾンビ化が発症して、初期症状の中にあった。
体がゆっくりと、死を受け入れているのだった。
目が見えなくなり耳も遠くなる。
ぼくはリュイエールを揺さぶり、もう一度大声で名前を呼んだ。
「リュイエールっ!」
「ああっ、その声はナナオ!? ナナオなのっ!?
どこにいるの、ぼく目が見えないんだっ!
怖いよナナオっ、ぼくどうなっちゃうのっ!?」
「リュイエールしっかりっ!」
リュイエールの青い瞳は、まだ白濁していない。
だけどもう夜の光量では、ものが見えないようだった。
何も見えない眼から大粒の涙があふれる。
「助けてナナオっ」
発症してから初期症状の時間は10分。
まだ眼球が濁っていない所からすると、発症したばかりだろう。
しかしぼくが来たとき、丁度発症した訳じゃない。
発症してから何分たったの?……1分?2分?
いやもっと前かも知れない。
絶望的だった。
僧兵は必ずやってくるとしても、あと数分以内にくるなんて事は無いだろう。
「どうすればっ!?」
「怖いっ、怖いよっ、助けてっ」
一体どうすれば良いのか?
混乱するぼくの前で、リュイエールの鼻からたらりと血が流れ始める――
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