第12話 海上の大赤斑(だいせきはん)
この世界で「魔力」と呼ばれるものを、ぼくは「気脈」と呼んでいた。
気脈は物質により、様々な形へと変化していく。
ただ共通して言えることは、良い気脈とは川の流れのように滞りが無いと言うこと。
すっきりした流れをしているんです。
すっきりしていなければ、そこには何かしらあると言うこと。
ぼくはほんのひと時、海に背を向けて、お師さまとフーリーさんの喧嘩っぷりに惚れ惚れとしていた。
「うはーっ♡」
「機械人形」と呼ばれる種族のフーリーさんならともかく、お師さままでが魔法も使わずに、ステゴロができるなんて知らなかった。
「ん?」
ぼくはお師さまの背中を見つめる。
おっと、魔法も使わずにとは少し違った。
黒いローブの内側。
お師さまの背中で、気脈が「8の字」にぐるぐる回っているのが見える。
何かしらのお手製の「魔道具」を、発動させているようだった。
お師さまの肩書は五教の修道院長だけど、本職は「魔道具作り」だったりする。
お師さまが作る魔道具は、その界隈でけっこう有名らしい。
だからちょっと思う。
将来はぼくも、その魔道具作りのお手伝いを――
「はうわっ」
ぼくが人生設計のような思考を巡らせていたら、気脈に囁かれた気がした。
ぼくは慌てて顔を戻し、海を見つめる。
「ああっ!?」
通常、海の気脈(魔力)は、海流に沿って川のように流れていた。
妖狐の眼でそれを眺めると、海面のすぐ下に白銀の大河が見える。
その流れの中に、ぽっかりと赤い穴が開いていた。
それはまるで、巨大なガス惑星の大赤斑のような大穴だった。
気脈の大河は乱れながら、その穴を避けるように西から東へと流れている。
ぼくは流れに逆らう大赤斑を見た瞬間、白い尻尾がパンパンに膨れ上がってしまった。
「おっ、お師さまー!
お師さまっ、お師さまああああっ!」
「来たのねっ」
ぼくの叫び声に、お師さまは男へアッパーカットを食らわせながら振り向く。
ちょっと鼻血が出ているけれど、お師さまの美しさは損なわれていない。
そして火事と喧嘩は止めようにも、なかなか止まらないもの。
お師さまは勢いの止まらない冒険者たちを、殴りながら尋ねる。
「どこなの!?」ガコンッ
お師さまに、気脈の流れは見えない。
「港の正面に、大きな穴がありますっ、ぽっかりっ!」
「ぽっかりなのねっ!」
お師さまは、全身ずぶ濡れの男を掴み怒鳴った。
「聞いたでしょっ、スタンピードが来るわっ!」
襟首を掴まれた男は、最初に海へ落とされた男だった。
海から上がってもう一度ケンカの最前線にくるなんて、なかなか根性がある。
男は怒りと酔いと鼻血で、顔を真っ赤にして吠え立てた。
「来るわきゃねえだろっ、つまらねえ嘘付きやがってっ!
街のことに、首突っ込むんじゃねえっ。
俺たちが体張って守ってんだっ。
ぽっと出で住み着いたよそ者が、ガタガタ抜かしてんじゃねえぞおっ!」
「だから来るって言ってるでしょ!」ゴキンッ
「ぐはあっ」
お師さまが股間にローキックを食らわすと、男は前かがみとなり、生まれたての小鹿のように足を震わせた。
けれど倒れないっ。
剣士は歯を食いしばって意地を通す。
「俺があっ……俺がいる限りっ。
この俺がああああああっ!」
「お師さまあああああっ!」
剣士とぼくが同時に叫んだその時――海面が爆発した。
突発的に高波が堤防へ襲い掛かり、その上で暴れていた血の気の多い連中を、きれいさっぱり洗い流してしまう。
その中でぼくたち3人だけが、ずぶ濡れになりながら高波をしのいで、堤防に留まった。
お師さまとフーリーさんは拳を、ぼくは妖狐の爪を堤防へ突き立てていた。
ぼくは海水でしみる眼を見開き、口をあんぐりと開ける。
ぼくのすぐ脇の上空。
星の瞬く夜空に、巨大なクジラが浮かんでいた。
いや、なんか違う。
クジラと言うよりも、もっと胴の長いウツボのような形をしてた。
その巨大なシルエットが星空を切り取るようにして、くっきりと見える。
浮かんでいるのではなくて、クジラのように海中から勢いを付けて飛び出したようだった。
さっきの爆発は、大赤斑から巨大魚が飛び出した水飛沫だった。
その巨大さのあまり、ぼくたちの上空を通過するとき、まるでスローモーションのように見える。
全身から海水を滴らせながら、ゆっくりとした大きな弧を描き、港の街へ――
その間、誰も何もできなかった。
ぼくもお師さまも、フーリーさんも、真夜中に泳ぐ羽目になった冒険者たちも、巨大魚が落っこちて、街を押しつぶすのをただ見ているしかなかった。




