点滅
【点滅】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
──これは、あなたの部屋でも起こるかもしれない。
あの日、淳は部屋でひとり、冷蔵庫の音すら耳障りに感じるような蒸し暑い夜を過ごしていた。
窓を開けても、風はない。クーラーは壊れていて、部屋は生ぬるい息で満ちている。
唯一の照明、天井の古い蛍光灯が、チカチカ……チカ……と、奇妙な間隔で点滅を始めたのは、夜の十一時を過ぎたころだった。
最初は寿命かと思った。だが、点滅のたびに、視界の隅に何か黒い“影”のようなものが、わずかに動くことに気づいた。
蛍光灯がパチッと点滅する。
その一瞬、壁際の本棚の影がわずかに広がる。
次の点滅で、その影は、少しだけ形を変えている。
まるで、“それ”は、点滅のたびに少しずつ、確実に近づいてきていた。
気味が悪くなり、立ち上がろうとしたそのとき——。
また、点滅。
影が、ひとつの“輪郭”を帯び始めていた。
人間のようなシルエット。けれど異様に細長い腕。
首が少し傾いている。顔はまだ見えない。
淳はテレビをつけた。砂嵐。ザザッという音だけが部屋に満ちる。
スマホのライトをつけようとしたが、反応しない。充電は十分なのに。
淳はリモコンを探し、蛍光灯を消そうとしたが、ボタンは利かなかった。
そのとき、点滅が加速した。
パチ……パチ……パチ……ッ!
影はもう、部屋の中央まで来ている。何かが床をすべるような音。爪か、濡れた布のような何かが。
点滅。
それは、俺のすぐそばにいた。
漆黒の何かが、淳を見下ろしている。
そして——。
点灯。
目の前に、“顔”があった。
それは、顔のような形をしていた。
だが、人間のものではなかった。
穴のように窪んだ目。
深く裂けた口。
皮膚は焼け焦げたようにただれ、どろどろと黒い液が垂れている。
だが、それ以上に、それが“自分の顔”とほとんど同じ”形”をしていたことに、背筋が凍った。
点滅。
その顔は、少し笑った。
歯が見えた——黄ばんで、鋭く、異様に多かった。
点滅。
暗闇。
点滅。
目の前にもう“そいつ”はいなかった。
ただ、じっとこちらを覗き込む、誰かの“顔”が、蛍光灯の明滅に合わせて、ふいに“あなた”の目の前にも現れるかもしれない——。
「光があるかぎり闇は現れる。だが、闇の中に見える光こそが、人間にとって最大の罠なのだ。」
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