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学生の言い訳はスケールがでかいね

 この中古ショップのトイレはタイルの壁も床も汚いが、汚いなりに定期的な掃除がされていることが分かるだけの白さは残っていた。ぼおっと小便をしながら壁を見ているとこれからの人生、僕がどれだけ住む場所を変えようが結局は、この中古ショップのトイレの続きから出ていけないような気がしてくるのだった。不思議なことだ。どこまで歩いても、僕はこのトイレの延長線上を歩かされる運命にあるようだ。そしてどういう訳か、この世界のどこかには、このトイレの延長線にすら足を着けない希有な人物も存在しているという。そんな奴と僕との差はきっと一生埋まらない。僕は残りの人生、この差についてうっすらと気にしながら過ごすことが決まってしまい、色々と考え事をしながらも手洗いは素早かった。

 外は明るかった。コンクリートの壁に灰色の犬が鎖で繋がれていて、保護色でちょっとびびった。目の青い犬はなぜこうも優しそうにみえるのか。ほら、花粉で鼻水がひどいから犬がティッシュを3枚ほど分けてくれた。ありがとう。飼い主によろしく伝えておいてくれ。お前は世界で一番器用な四つ這い動物だ。

 少し歩くと、大手ドラッグストアの自動ドア前、生前のセロニアスモンクがカルテットを率いて演奏していた。泣いた。

 カルテットが天国に解散のあと、いい音楽を聞いたあとはいつも反動で死にたくなる。はあ死にてぇ……というより、かは~死にてぇっ。歩きながら、中古ショップで買ったゲームソフトを袋から手に取って眺めていた。カセットなんて買ったのは一体いつぶりだろう。日が当たってケースの表面には数えきれないほどの傷が、花瓶に差した一輪の向日葵を浮かび上がらせる。なんて力強いタッチなのだろう。本物だけが持つ黄金の輝きさえ放っている。灰色の戦闘機にも見えてくる。外国の戦闘機が我々の花を飾る生活を脅かしている……。

 その歩行のまま、僕はやけに長い抽象世界のロッカールームに突入していた。正確に言えばロッカールームの形にまで落とされた抽象世界なのだけれど、ここでは言葉の綾を楽しめる余裕が求められている。右へも左へもどこまでも、背の低い青色のロッカーが並んでいる。近くにあったロッカーを開けると、中はガソリンスタンドに繋がっているのが見える。ガソリンのにおいがするから、向こうが物質世界への帰り道だろうか。一旦ロッカールームの方へ顔を戻して、右にも左にも、気が滅入るほどの青いロッカーが立ち並んでいる。試しにもう一つ他のロッカーを開けると、中は暗くて、野球ボールほどの大きさのダイヤモンドがキラキラ輝いていた。ダイヤモンドの下にはあずき色の座布団がサイズぴったりに敷いてある。これ以外ロッカーの中は完全な暗闇に包まれている。きっと盗んでも誰も気が付かない。再度ロッカーから顔を戻して、個々の境目さえ曖昧なほど大量のロッカーに目を回した。別のロッカーを一つ開けて、みると生地の破れたガルショークが置かれている。破れた穴からガルショークを覗くと、球を成したニシンの群れがシチューのとろみをかき分けて泳いでいる。水底では観光バスのタイヤに苔が蒸している。ガラの悪い中年が緑のライターを道の端に捨てている。辺りに細かな水泡が焚かれ、ガルショークから顔を離しロッカーから顔を戻すと、長いロッカールームは左右のどこまでも続いているように見えた。ガソリンのにおいはもう消えている。帰り道を見失い、ロッカールームが抽象世界本来の形へと上昇する頃合いに巻き添えをくらった僕はここまで辿って来た背後を振り返る。直近の走馬灯にはでかでかと中古ショップのトイレで小便だ。査定もなく天国に投げ出された。

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