第7話 グリューヌ門のだらけ兵士
ブルグ城は城塞都市として必要な強固な城壁や、防御施設が兼ね備わっているが、防御性のある門は正面と側面、裏側――と、それぞれで守備力が異なる。
正面はコヴァル湖畔を眺めての守備、側面は側塔からの監視により成り立っている。しかし、裏門はリューヌ山麓洞窟の監視を優先とさせているせいか、裏門に割けられている人員はごくわずか。
そんな中、ブルグ城の城主であるミラー将軍は領主を誰かに任せ(この場合は娘二人とかに)、自らは城の管理と末女の育成に力を注ぐことを決める。
末女ルーシャには、城主、そして次期将軍として育てていく決意を固め、まずは裏門の現状を確かめさせ、指揮を執らせてみることにしたのだった。
「……お母様。あの私、まだ何も分かっていないです」
「だろうね」
(淡々と話すとか、この辺が冷血将軍の所以なのかも)
「そしてあの、魔法なんてちょっと興味があるだけなので、急いで見に行かなくても……」
「いいや、我が軍にも魔法兵がいるってのを知っておく必要がある。今回はその為でもあるのさ」
「でもお城を留守にするのは……」
「アロナが巡回してるから心配いらない。あの子はああ見えて用心深いからね」
(駄目だ、何を言っても私には厳しさを見せるって決めてるっぽい)
こうしてミラーに連れられてブルグ城の裏門にあたるグリューヌ門へとたどり着くと、そこには兵士の詰め所らしき小さな建物と山麓が見えていて、山麓にはぽっかりと開いた洞窟の穴が見えている。
「グリューヌ門は主に魔法兵で防御してる。間近に見える山麓はリューヌ洞窟っていって、石壁採掘の場となってる場所さ。ルーシャにやってもらうのは、この門を守る魔法兵をきちんと動かすだけ。簡単だろう?」
そうは言うけど兵士の姿なんてどこにも見えないような。
「……やれやれ、裏門に敵が来ることは滅多にないにしても酷い有様だね。報告で聞いてた以上だよ……」
ミラーはそう言うと、ルーシャを連れて兵士の詰め所に向かって歩き出した。
兵士の詰め所は小さな小屋のような作りで、グリューヌ門とリューヌ山麓の中間に建てられている。本来なら門を守備する兵士がいるのが当然なのに、誰一人として立っていないのは流石におかしいと思ってしまった。
ミラーは顔に出さないものの内面で静かに怒っているようで、ルーシャを気にするそぶりを見せなくなった。
「お前たち、門の守りをさぼって何様だい!!」
ミラーは怒声とともに小屋の扉を勢いよく開ける。その声に驚いたのか、中でさぼっていたらしき慌てふためく数人の声が響いた。
中から聞こえてくる声の中には、明らかに少年や少女のような声が混じっている。
「なんだぁ~誰だ、休憩の邪魔をする奴は~?」
ミラーの声のすぐ後、部屋の奥からルーシャより少し上の年若い男が面倒くさそうな態度で外へと出てくる。
「……ほぅ? いい度胸をする者がいるとはね。お前がここの責任者かい?」
「何だこのおば……うえぇっ!? ミ、ミラー将軍!? なぜここに?」
(ミラー将軍に悪態つくなんて、怖すぎるなぁ)
小屋の中から出てきた男の格好は青銅製の胸当てと大層なマントを着けているものの、それ以外は一般兵のような軽装をしていてとてもじゃないけど、上の立場の人間には見えない。
「やれやれ、ルーシャ。これが魔法兵を束ねる兵士の現実だよ。一応、兵士長ではあるんだけどね」
「兵士長……」
「へへへ……ど、どうも~」
ミラーの後ろで兵士長を見るルーシャに気づいたのか、兵士長の男はへらへらと笑って誤魔化している。
「ここはね、目の前のリューヌ山麓洞窟があるせいで、ある意味必要のない門と言われてるのさ。だからって、無意味だなんてあたしは思っちゃいない。外であることに違いはないし、魔法兵を育てる場所としては最善だからね。要は気の持ちようなんだ!」
ミラーがこれ呼ばわりした兵士長は、恐らく兵士の階級としてはそこそこ上の立場。それなのに、下の者を束ねるはずの兵士長自らがだらけているせいで下の兵士たちがこぞってだらけきっている始末。
そんなだらけきった兵士がいる場所にルーシャを連れてきた――ということは。
「兵士長……だったね。お前はここから外す。すぐに城に戻って、アロナ・コヴァルからの訓示を受けな」
「うぇっ!? ク、クビですか?」
「さぁね。だが、グリューヌ門を守備する者の責任は取ってもらう! さっさと行きな!!」
「ひ、ひぃっ!」
ミラーの言い放ちに腰を抜かしながら、兵士長だった男が城へと駆けて行く。
(やっぱりどこの世界にも、怠けたりそれを悪い方に先導する人っているんだ)
「さて、と。ルーシャ。あたしらは小屋から出てくる者を黙って待つとするよ」
「はい、お母様」
(私に指揮を執らせるとか言ってたけど、もう分かっちゃった)
兵士長の男が小屋からいなくなったのを不安に感じたのか、しばらくして小屋の中からぞろぞろと兵士が外へと出てくる。
そのほとんどが、ルーシャと同い年あるいは少し下の少年少女ばかりだった。
「まだ幼い……のに、兵士?」
「そうさ。正確には魔法の素質がある兵士だけどね。見てごらん、ここがいかに腐っていたかを」
ミラーの言葉の後、再び小屋から出てくる者を気にして見てみると、緊張感がまるでない部屋着のまま外に出てくる者までいた。
「……お母様。もしかしてですけど、魔法を使う少年や少女たちの指揮を執れと、そういうことでしょうか?」
(もう~! 何でよりにもよってこんな子たちの面倒を見ることになるの!?)
「指揮を執るまでは無理だろうけどね。だけど、ルーシャにやってもらうのは、このだらけきった者たちを正してもらうことだよ。こいつらがマシになるくらいまでになれば、いずれ魔法兵の指揮を執らせることを考えてもいい。そうなってもらいたいものだね」
ミラーの言葉にルーシャは言葉を失って、すぐに反論が出来なかった。もちろん反論出来るはずもないけど。
「えーと、えっと……でも私だけだと流石に……」
「もちろん、あたしもそこまで冷血じゃない。あんたもここにいる兵士らとさして変わらない年だからね。だから、お目付け役というわけじゃないけど、ルーシャには一人だけ頼れる奴を置く。話相手として頼っていい奴だよ」
優しい人ならいいけど、ミラー将軍が寄越す人という時点で厳しそうな人しか思い浮かばない。
「それで、その人はどこに?」
「もうすぐ来るはず――あぁ、戻ってきたね」
そう言うと、ミラーはリューヌ山麓の洞窟付近からこっちに向かって歩いてくる人に手を上げている。
遠目からしか見えないものの、どうやら少しだけ年が上そうな男性で、その格好は何かの職人のように見える。
「ルーシャ。こいつはリューヌ洞窟で石工をしてる――あぁ、名前は本人から訊いておくれ。それじゃあ、ルーシャ。頼んだよ」
「は、はい、お母様」
洞窟の石工職人がルーシャのお目付け役とか、ミラーが何を考えているのかさっぱり分からない。
決して強そうに見えないけど、どうだろうか。
とりあえず名前を訊いて話を、と思っていたら向こうからルーシャに近づいてきた。男性の見た目は大人びて見えるけど、まだ成人男性に達していないように見える。
「オレはジェニス。年は十九」
あぁ、やはり。ちょっと態度が大きそうな感じがするけど、職人なら癖の一つや二つ――。
「ジェニスですね。私は――」
「――お前が将軍の末女? 弱そうだな。弱そうなんだから、指揮するとかわがまま言わなきゃよかったのにな。まぁいいや。将軍に頼まれたし、やることはやってやるよ。よろしくな、末女!」
(な、なんて態度なの? お母様がいなくなった途端に本性を出すなんて!)




