第3話 ルーシャのお城見学 ①
「ごちそうさまでした」
ルーシャとして初めて与えられた食事を食べ終えたので、両手を合わせていつものことをし終えると、ミラーがすぐに反応する。
「幽閉された甲斐があったね、ルーシャ」
「え?」
「最低限の礼儀や教養を小部屋の書棚から学んでいたのだろう? そうじゃなきゃ、そう容易く礼を尽くす真似は出てこないからね」
(そういえば少しだけ本があった気が)
ミラーの表情だけで判断すると、ルーシャが学びを得ることには喜びを感じているように思える。
「さて、ルーシャ。あたしについてきな!」
「ど、どこへ?」
「決まってる。我が城の見学さ!」
――お城見学!
城ゲーの世界のお城はどれも魅力的なもので、キャラとして動いていた時は意味もなくあちこちに移動しまくっていた。
その世界の一端が間近で見られる。そう思ったら、ルーシャとしては興奮せずにはいられない。
そのせいか言葉遣いも気づかずに緩んでしまう。
「それってお城ツアーみたいなもの?」
「何だいそれは? とにかく、城主を目指すんなら全て覚えてもらう必要があるから、まずは城塞を歩き回ってもらうよ!」
――ルーシャはかつて光莉だった頃を思い出しながら、ミラーの後ろをついて行く。
食堂から出て初めに飛び込んできたのは、夢にまで見た古城の外観だった。すぐ近くには修繕している最中の側塔なんかも見えている。
城塞というだけあって、城主がいる場所を囲うようにいくつもの建造物が建ち並ぶ。
「本当に攻撃を受けるんだ……」
「ん? あぁ、見るのは初めてだったね。ルーシャが見えている側塔はかなり前に砲撃を受けた場所なんだ。修繕は時間がかかるものではあるが、なぁにすぐに直るさ。やられたのは側塔であって、あたしらがいる城塔は無傷だから問題ないよ」
湖畔の崖沿いにそびえ立つ古城なんて目立つような気がするけど、辺境に位置するお城だからそこまで不安になることはないのだろうか。
「ルーシャ。ここはね、あたしが初めて陥落させた城なのさ!」
「か、陥落?」
城ゲーをしていたから驚くことではないものの、こうして間近で聞かされると、自分が生きていかなければならない世界なのだと実感する。
「ここはかつてガイエスブルグ城と呼ばれた城なんだ。今はただのブルグ城だがね」
ブルグミラー将軍って呼び名はそういうことなんだ。
「コヴァル領の端に位置するコヴァル湖畔にそびえ立っていたから、土地と深く結びついた名前にした方がいいと思ってそれを家の名としたんだ。いい名だろう?」
「コヴァル? それが家名……つまり、ルーシャ・コヴァル?」
「そうなるね」
敵のほとんどは男で、しかも公爵のような貴族ばかりだとミラーは言っていた。ということは、城は元々父親だった人の名前だった可能性がある。
「お父様は今……?」
「ガイエスはとっくにいなくなったよ。あたしを女とみくびったせいで、陥落させられちまったからね。今頃は不貞腐れてどこかで遊んでいるだろうさ!」
(良かった、戦死したわけじゃないんだ)
「そんなことより、次はこっち。ぐずぐずするんじゃないよ」
「は、はい」
側塔を横目に他の建物へ繋がる連絡通路を進むと、見えてくるのは広大なコヴァル湖。崖下に広がる湖畔に目をやると、城で暮らす者たちが水遊びをしているのが見える。
「ほら、あの円筒の城塔が天守だよ。寝室は階段を下りた先にあるから後で一緒に行くからね」
ミラーが指した円筒の城塔が中央にあり、石壁で囲っている所々に側防城塔と城門、湖畔と地面を結ぶ歩行者用の跳ね橋と馬車や馬用の跳ね橋が設置されている。
石壁には一定間隔で出窓があって、そこから数人の女性が出入りしているのが見えた。
ルーシャは目が覚めた時点で何かもが清潔にされていた。意識がない時にされていたのは分かるものの、それをした者たちの姿がないことに何となく首を傾げる。
「お母様。あの、私を綺麗にしてくれた人たちは……?」
「使用人かい? 彼女らの日常業務がとても忙しいんだ。それこそ、あたしらの生活を支える役割があるからね。城主であると同時に領主でもあるから、やることは山ほどあるのさ。ただ単に命令するだけじゃ人は動いてくれないからね」
そうか、使用人だ。城ゲーを遊んでいたといっても、攻めて守って兵士を鍛えての繰り返しなだけで、城の内部のことまでは気にしてもいなかった。
(前世の、それも現代人の時はどこかで買えばすぐ食べられたし、一人暮らしだったから誰かを気にする必要はなかったけど今はその便利さを忘れないと駄目なんだ)
お城で働く使用人はまだいいとして、城塞都市に暮らす人の中には飢えと貧困にあえぐ者がいてもおかしくない。
そうさせない為にも使用人はもちろん、城にいる者たちはきちんと把握していかなければ駄目なんだ。
「ルーシャは土いじりは平気かい?」
城のあちこちに目をやりながらあれこれ考えていたら、いつの間にか城門に来ていた。ミラーが訊いているのは、ルーシャの目の前に見える農地の光景のことだと思われる。
石壁溢れた建造物を見ていただけに、外で見える自然の豊かさにただただ感動するばかり。
感動しつつも、ミラーの問いには黙って頷いてみせる。
「……嫌じゃなさそうだね」
(嫌とか言える立場じゃないし言えるはずもないんだけど)
土いじりは前世では花を少し愛でたくらいの記憶しかなく、幼少の頃も地面に手を触れるといったことはしてこなかった。
とはいえ、土に触れること自体に嫌悪感はなく否定する意味もないので頷くしかないと思った。
「城の外は見ての通り、広大な湖で守られている。だけど、その資源を生かす為にも家畜や農夫は必要不可欠なんだ。この家畜用放牧場では家畜を自由にさせている。でも、土いじりは人がやらなきゃいけない。ルーシャはその意味が分かるかい?」
ミラーが指す所には、中腰になって苗を植える農婦や家畜に餌をやる農夫の姿が。少し歩けば湖が目の前に広がっているが、湖畔の地面の一部が荒れているようにも見えている。
「……家畜だけでは荒れるから?」
「いいや。あれは攻めてくる人間の仕業さ。家畜を放しただけではあんな荒れないからね」
「――あ」
のどかな風景のように思えても、やはりここは戦いが繰り返されている世界。そう考えると、ミラーが伝えたいことが何となく分かりそうな気がする。
「人ってのは、土に触れることで自然の感触や温度、湿度の微妙な変化を感じ取ることが出来る。自然を知れば戦いにおいても有利に働くんだ。それを感じる為にも、湖畔の地面の状態を知っておく必要があるのさ」
この流れだとルーシャの手で土に触れなければならない――多分そういうこと。
「…………つ、冷たい!」
「あははははっ! そりゃそうさ」
(ううっ、思った以上に湿度が高いし、虫とかいないよね?)
微妙な変化など分かるはずもなく、一定の時間土に触れただけでここでの経験を何とか終えた。
「まぁ、領主といえどもここまですることはないから、怯えるのは一度きりだね」
「え、えぇぇ!?」
「あんたの覚悟がどこまであるのかをちょっと見たかっただけさ。ほら、そこの水面で手を洗ってきな! あたしは城門で待っておくよ」
土いじりの怯えではなく虫への怯えだったけど、それは黙っておくことにする。
湖畔の水を使い手を濯ぎ終えたのでミラーが待つ城門に戻ると、そこには二人の女性騎士を従えたアロナの姿があった。
アロナはルーシャから見れば一番上の姉にあたるが、小部屋で会って以降その姿を見かけなかった。
「戻りました、お母様」
ルーシャの声に反応したのか、ミラーの隣で話をしていたアロナが少し慌てるようにルーシャを見てくる。
「ふふっ、やはり可愛い……」
口元を手で隠しながら聞こえてきたのは多分、気のせいじゃない。アロナの反応はどう見ても妹溺愛の言葉にしか聞こえなかった。
「ルーシャ。見学の続きはアロナにしてもらうから、きちんと言うことを聞くんだよ? いいね?」
「はい、お母様」
(やっぱりお母様は忙しい人なんだ)
「……よし。それじゃあアロナ。任せたよ」
「御意」
ミラーがこの場から離れると、代わったアロナがルーシャを見てくる。妹を見てくる姉からは、並々ならぬ思いが伝わってくる気がした。
「んんっ。さてルーシャ、城の見学は一通り済ませたのですか?」
「え、えっと、食堂を出てからは塔とか石壁を見て、それから土いじりをしました」
「土いじり!? あぁ、なんてこと……」
アロナの問いに正直に答えると、彼女は理解出来ないといった表情で首を左右に振り、二人の女性騎士になだめられていた。
「……全く、母上にも困ったものですね。まぁ、いいでしょう。まだまだお城には知っておかなければいけない場所がありますから、母上に代わってわたくしがあなたにお教えしますわ。ルーシャ、迷子にならずについてきなさいね?」
(妹溺愛のお姉様だ、この人)
初めて会った時からそう時間は経っていないのに、ルーシャを見るアロナからは歓喜の表情しか感じられなかった。
ミラーからの厳しさとまるで違うけど、何とか生きていけるかもしれない。




