第18話 ヴァレリーの正体
「王国随一の宿屋……ここだな」
「あ、ありがとう。ここまで連れて来てくれて本当に……!」
「流石に中にまで入るわけにはいかないけど、ここまでくれば安心だろ?」
「うん」
姉であるレラがとんでもない悪女だということを聞かされて体の力が抜けたルーシャは、ヴァレリーの優しさに甘えて宿屋が間近に見えるところまで送ってもらってきた。
辺りはすっかり暗くなっていて、ちらほらと宿へ入っていく客の姿が見えている。いつものルーシャならお使いにここまで時間がかかることはないが、暗くなってしまったせいもあってか、宿屋の入り口前には心配そうにうろつく主人の姿があった。
「どうしよう、遅くなりすぎたせいで主人が待ち構えてる……」
「もう暗いもんな。お使いに出した下働きの娘が帰ってこなければ心配になるだろうし、仕方ないと思うぞ」
「そんなものなのかな」
「そんなもんだろ」
二つしか違わないのに、宿の事情にも詳しいなんて彼は一体何者なんだろうか。体の不調が戻ったのも手伝って、ルーシャはそれとなくヴァレリーに訊いてみることにした。
「そういえばヴァレリーに聞きたいことがあるんだけど……」
「うん?」
「壁越しで出会った時にブルグ城に来てたみたいだけど、結局何が目的だったの?」
答えられないこともあるだろうけど、今なら教えてくれそうな気がする。
「……あぁ、アレか。ホワイトはブルグ城の使用人をクビにされたんだったっけか。だったらあまりいい思いは抱いてなさそうだし、いいか……」
抱いてないどころか、末女だったりするのは心の中に留めておこうと思う。
「鐘か何かを探しにきたとかって、本当は違うんでしょ?」
鐘というと教会の鐘しか思いつかなかったけど、多分それが目的ではなかったはず。
「雑貨屋の話に出てきた悪女の話があるだろ?」
「……え、うん」
「オレはあの時、ブルグ城にいるとされた悪女レラを捕らえようと思って城に近づいたんだ」
(何だか穏やかじゃないし物騒な話になってきたけど、こんな話を私に聞かせていいものなの?)
「捕らえる……? どうして?」
「冷血なミラー将軍がブルグ城を仕切っているのは知ってるだろ?」
「う、うん」
(仕切っているというか、お母様がラスボスだから当たり前というか)
「そのミラー将軍の片腕であり、次期将軍とされてるのがレラなんだ」
「次期将軍……」
(そういえばお母様は常々私を次期将軍にするとか言ってた気がするけど、年を考えれば私を脅威と見る人はほとんどいないだろうなぁ。そもそも世間には知られてないわけだし)
「ホワイトは聞いたことがないか?」
「ううん、私は何も知らないから」
「城の使用人だとそこまで知るわけないか……」
そう言ってヴァレリーはルーシャに苦笑してみせた。
「ヴァレリーって、本当は何者なの?」
ここまで思わせぶりなことを言い放っておきながら、ヴァレリーは自分のことをまるで話そうとしない。そんな彼にルーシャは思い切って疑問をぶつけてみることに。
すると。
「何者? ん~ホワイトに話しても仕方ないけど、ここまで関わっちゃってるし教えておく。減るもんじゃないしな。簡単に言えば、オレはブルグ城とは敵対関係にある人間なんだ」
「敵対? そんな、どうして……?」
「シアンテ王国が中立国ってのは知ってるだろ?」
ジェニスがそんなことを言ってた気がする。
「えっと、どの国にも加担しない国って意味だっけ?」
「そう。表向きはそうなってる。だけど、王国はブルグ城寄りなんだ。だからこの国にいれば、少しは向こうの情報でも探れるのかと思ってここにいるってわけだ」
ヴァレリーがまさかの敵国の人間。しかもレラのことを攫おうとしていた。こんな危なそうな人に助けられた上にちょっとだけ好意を抱いてしまったなんて、将軍の娘としては油断しすぎたかもしれない。
だけど、こうして自分の素性を隠すこともなく堂々と口に出してくるなんて、完全にルーシャ――というより、ホワイトに対して気を許しているということなんだろうか。
そんな相手なのにルーシャも素性を偽って教えているのは後ろめたさがあるけれど。
「そ、それじゃあ、レラ……悪女が見つかったらヴァレリーは悪女を捕らえて国に帰るの?」
「いや。悪女といえども、あの冷血将軍の娘だからな。そう簡単に捕らえるのは出来ないだろうな」
「そうなんだ……。じゃあこの国にはしばらくいるってこと?」
(どうしてこんなことを聞いてるんだろ。ヴァレリーは敵国の人間なのに)
「悪女がいてもいなくても倉庫の下っ端として仕事してるから、いるっちゃいるかな。それに、ホワイトが危なっかしいしオレが守ってやらないとな!」
(あぁ、いけないけない。他人に対して弱気な自分を見せてしまった。こんな分かりやすい弱さはないよね流石に)
「……それは嬉しいしありがたいけど、ヴァレリーが思うほど私は弱くないです」
もしかしたら将来この人と敵として対峙することになったら変な情けをかけられそうだし、そうならないためにも強がりでも強い態度を見せておかないと。
「お? ってことは、もし悪女に遭遇しても自分一人だけで何とか出来る自信はあるってことだな?」
「な、何とかします。多分……」
悪女と言っても正体がレラなら単純に妹として再会するだけになるだろうし、ルーシャとして与えられた三年間が報われるなら、悪女でも何でも出会えるものなら出会いたい。
「うし。なら、オレはそろそろ戻るよ。宿屋の主人の動きが慌ただしくなってきたようだし、ホワイトが顔を出さないと大騒ぎになりそうだ」
ヴァレリーが言うように宿屋の入り口付近を気にすると、確かに人の出入りが激しくなっていて、ルーシャと同じ下働きのペテルの姿も確認出来る。
「えっと、ここまでありがとう。その……」
「……ホワイトにも色んな事情があるのは何となく分かる。だから、今度また会った時も今みたいに話すだけでいいよ。ホワイト嬢と話をするのは楽しいしな! それじゃ、また!」
「ま、またね、ヴァレリー」
ヴァレリーはルーシャに手を振りながら、どこかの小道へと姿を消した。
「お、遅くなりました!!」
ヴァレリーが敵国の人間と分かったのはともかくとして、ルーシャはすぐに顔を引き締め、宿屋に駆け寄ってすぐに頭を下げた。
「ホワイト!! いったい今までどこに……。とにかく、今夜は大事なお客様が来られる日だ。だから急いで支度を整えてきなさい!」
「は、はいっ!!」
ほとんどヴァレリーが手配してくれたお使いの品々を主人に渡し、ルーシャはペルテに急かされるようにして裏口へと急ぐ。
「お嬢! 早く早く!!」
「う、うん」
(思いきり怒鳴られるかと思っていたけど、凄い心配をさせてしまったんだ……)
ルーシャは心の中で反省しつつ、ペルテと一緒に支度部屋へと急いだ。




