第17話 悪女レラの噂
ちょっとだけ年上のヴァレリーに手を引かれ、抜け道を通っていたらあっという間に居住区に着いていた。
ルーシャはただついていくだけだったものの、人目を上手く避けて動く彼を見ているだけでただ者じゃないと思った。
とはいえ、ルーシャが疑問を持っているうちに目当ての雑貨屋にたどり着いてしまったので、ひとまず彼を疑うのは保留にしとくことに。
「居住区の雑貨屋っていうと、ここだけだよな」
ヴァレリーに指し示された看板を見ると、『雑貨屋ターミラ』と書かれている。
「そう。ターミラの雑貨屋!」
ターミラは年配の女性が一人で店をしていて、居住区唯一の雑貨屋として王国民に親しまれている。しかし利用客のほとんどが癖のある客ばかりで、居住区にありながら利用するのは専ら外の人間が多かった。
「だよな! オレに手を引かれてはいたけど、ホワイトの足取りに全然迷いが生じてなかった。それだけお使いで利用してるってことなんだろ?」
「……うん」
「とにかく中に入ろう」
「おや、ヴァレリー様ではありませんか!」
そう言ってヴァレリーに手を握られながら店の中に入ると、店主が先に声をかけたのはルーシャではなくヴァレリーに対してだった。
(私もいるんだけど、もしかしてシカト? でも雑貨屋といえばゲーム上でも塩対応だったし、何度か通っても私には話しかけてもこないんだよね。それがヴァレリーにはすぐに声をかけてくるとか何で対応が違うの?)
「ターミラさん、こんにちは」
「うん……? あぁ、いらっしゃいませ」
(何度か来てるのに今の反応は流石におかしい)
「店主。彼女は宿屋の使いで来てるホワイト嬢。今の対応は良くないと思うけど……」
「これは失礼しました。宿屋のホワイト嬢……?」
ヴァレリーに言われたせいか、店主ターミラが訝し気な表情でルーシャを見てくる。
その直後。
「あぁ、何度か来ている方でしたか! てっきり巷で噂の悪女が商売の邪魔をしに来たかと勘違いをしてしまいました」
悪女?
悪女というと、城ゲーの世界ではまさにミラー将軍がそれにあたる。だけど、この店主の反応はミラー将軍に向けたものではないような気が。
「悪女だって? 彼女は普通の町娘だよ。少なくともオレはそう感じたけど、店主は彼女が悪女に見えたのか?」
(ナイス、ヴァレリー!)
「いいえ、そんなことは。ただ、ホワイト嬢が噂の悪女に似ているものですから、つい冷淡な態度を取ってしまったのです。ごめんなさいね、お嬢さん」
ヴァレリーの言葉で態度をガラリと変えるなんて、ただの下っ端じゃない気がする。
それはそうと。
「似てる……悪女の外見に私が似ているんですか?」
「そうなんですよ。噂の悪女は白銀の長い髪をしてまして……」
……白銀の髪。それってまさか――。
「それって、悪女レラのことなのか?」
「そうです。悪女レラです! 流石はヴァレリー様です。すでにご存じでしたか」
「悪女レラ? え、どういうこと?」
「宿屋で仕事をしてるホワイトにはあまり聞こえてこないかもしれないけど、悪女レラってのは、ここシアンテ王国では有名な女なんだ」
「……そ、そうなんだ」
ルーシャにとってのレラといえば、ミラーによって課せられた目的の人物の名前でもあるうえ、姉という存在でもある。
姉であるレラを探し出すことが王国での生活の目的でもあった為、ここでその名前を悪い意味で聞かされたのはルーシャにとってショックだった。
「……どうした? ホワイト」
「う、ううん。何でも……」
長女のアロナと同様に真っ先に声をかけ、気にかけてくれた姉だけにルーシャは思わず体を震わせてその場から動けなくなってしまった。
(まさか本当に? でもそんな評判が立つなんて……そんなの)
「……店主。彼女の顔色が悪い。どこかに座らせるところはないか?」
ルーシャの様子がおかしいことに気づいたヴァレリーは、店主ターミラに声をかけて椅子を用意させる。
「でしたら、奥の壁に置いている椅子にどうぞ」
「助かる!」
体から力が抜けたルーシャの様子を見かねたヴァレリーは、ルーシャの手を引いて奥の椅子にゆっくりと座らせた。
「……ごめんなさい」
「気にするな。恐怖を感じた時はショックを受けるものだし、全身から力が抜けるのもあり得ることだ。しばらく座って休んでていいから」
「ありがとう……」
「もしよかったら、宿屋に頼まれている物を店主に伝えておくけど」
ヴァレリーにそう言われたので、ルーシャは宿屋の主人のメモをそのままヴァレリーに手渡して頼むことに。
「……なるほど。貴族向けの物か」
宿屋のメモを見てすぐに理解したのか、ヴァレリーは店主の元に近づいてあれこれと話しながら、店の棚に向かって指しながら指示を出している。
椅子で休むルーシャは、細かな指示を出すヴァレリーを見る余裕はなかったものの、雑貨屋の店主の態度や慣れた対応を感じてヴァレリーのことが何となく気になりだしていた。
「ホワイト。大丈夫か?」
ヴァレリーの動きを密かに目で追っていると、いつの間にか彼が目の前にいて椅子に座るルーシャを覗き込んでいた。
「……え」
「熱……は、なさそうだけど、どうする? 宿屋に戻れるか?」
(ええっ!? いつの間に。もしかして気づかぬ間に彼を目で追ってた? というか、額に手をつけてくるとか人慣れしすぎ)
「だ、大丈夫だから!」
ルーシャはそう言って、力なくヴァレリーの手を額から避けさせる。
「あっ、悪い。年下だからって子供扱いは流石にないよな。ごめん」
「い、いいけど……突然されて驚いただけだから」
「そっか。じゃあ、どうする? オレと一緒に宿屋に向かうか?」
ルーシャの用でもあったお使いの道具はすでにヴァレリーの手に収まっていて、あとはルーシャの回復を待つだけといった感じで店内は静まり返っていた。
「……えっと、今回だけお願いします……」
こんな弱々しい状態でもし倉庫からの追っ手が来たとすれば、とてもじゃないけど逃げる自信はない。
そう思った時点で、ヴァレリーの言葉には素直に返事をしていた。
「立てるか?」
「それは、はい」
「よし。行こう! 外が少し薄暗くなり始めたし、手を繋いだままで向かうから」
「……うん」
強くなければならないにも関わらず、姉であるレラが悪女と聞いただけでこんなにもショックを覚えることになるとは思わなかった。
それでもまだ確かな話じゃない――そう思いながら、ルーシャはヴァレリーと共に雑貨屋を後にして宿屋へと足を向けるのだった。




