第11話 婚約破棄と身近な遭遇
ついてきな。と言われてミラーに案内された場所は厩舎だった。
「あの、お母様? ここって……」
「馬がいる厩舎さ。お前はまだ乗ったこともないだろうけどね。ジェニス。あんたはあるだろう?」
「……は」
(へぇ、あるんだ。やっぱりただの石工職人じゃないよね)
もしかして乗馬経験のあるジェニスに乗せてもらえるのでは。そうだとしたら、ルーシャとして初めて馬に乗ることになるけど。
「ジェニスの乗馬の腕前を間近で見せてもらおうかな~?」
「ははっ、そんなこと言って大丈夫なのか? 魔法すら見たこともなかったお嬢様?」
「もう見たから問題ないし!」
(生の魔法をこの目で見るのが初めてだっただけで、ゲームでは見飽きるほど使ってきただけだし)
「違いないな。それじゃあ――」
ジェニスは馬の鐙に片足をかけつつ、ルーシャに手を差し出そうとするも――
「――ジェニス、待ちな。ルーシャ。あんたはうちの騎士が手綱を握る馬に乗せる。だからあんたはこっち!」
ジェニスに手を伸ばそうとしたら、ミラーに止められてしまった。
「え? えぇっ?」
「ジェニス。お前はここで待機だ」
ミラーに手を握られジェニスがいるところとは別の、間仕切り壁の向こう側へと連れて行かれてしまった。
そうなるとジェニスは単騎で行くことになるのだろうか。
「ルーシャはここで少しここでお待ち」
そう言うと、ミラーは護衛騎士たちと話を始めている。ここにミラーがいるということは、ジェニスは一人だけで待ってる感じだろうか。
少しの時間だったけど、ジェニスと離れることになるのは寂しい。ちょっと彼が気になったので、ミラーの目を盗んでジェニスが待機しているところを覗いてみた。
「――すまないが、もう一度聞かせてくれ! 間違いであってほしいが……」
(いたいた)
でも、何か切羽詰まった声が聞こえるうえ、もう一人誰かがいるような気配が。もう少しぎりぎり、誰かの後ろ姿が見えるくらいまでそこに近づくと、そこにいたのはアロナだった。
(え、何でアロナお姉様が?)
「こういうのを何度も言うのはあなたはもちろん、わたくしにとってもとても心苦しくなります。ですが、この場で言わなければ手遅れになる――そう思い、決断しました。わたくし、アロナ・コヴァルはジェニス・ゲルソンとの婚約を破棄致しますわ! この宣言には嘘偽りないことを誓わせて頂きますわ」
(ええっ!? 婚約破棄? しかもアロナお姉様がジェニスと? ジェニスの言う婚約者ってアロナお姉様のことだったの?)
「……な、なるほど。そこまではっきり宣言するってことは真実らしい。し、しかし、何でなんだ? オレと君はただの一度も喧嘩はおろか、対立したことはなかっただろう? それなのになぜ……」
アロナに対するジェニスの言葉は怒りというより、悔しさが勝っているというような感じに聞こえる。
「……ええ、あなたの言うとおり、わたくしとあなたの相性は抜群でしたわ。ですけれど、今はお約束が出来ない状況に変わった。それが理由ですわ」
「オレがまだ石工職人の見習いだからか?」
「いいえ。そういうことではありません」
「じゃあ、どうして!」
(ジェニス……)
ジェニスの悲痛な訴えに対し、アロナが静かに答える。
「わたくしにはとても可愛く、それでいて目を離せない子がおりますの。お母様もそうですが、少なくともあの子のこれからの成長を見守りたい――それが理由です」
(それって、もしかして私?)
ルーシャのことだとしたら、何だ枷をつけているような気がする。
「……あの子――ルーシャか?」
「ええ」
「…………そうか」
ジェニスはルーシャが覗き見ている気配でも感じているのか、言葉少なに頷いてみせた。
まさか話に聞く婚約破棄の場面をこんな身近なところで遭遇するなんて思わなかった。こういうのは大体主人公、この場合は成長したルーシャに起きるかもと思っていただけに。
それがまさか姉の一人であるアロナとお目付け役のジェニスとの間で起きるなんて、流石に驚きでしかない。
「……ルーシャ」
(わわっ!?)
覗き見るルーシャの背後から声を殺して名前を呼ぶミラーの声が聞こえたので、ルーシャは観念して、後ろを振り向かずにそのまま後ずさりする。
厩舎の間仕切り壁の場所に戻されたルーシャが恐る恐る顔を上げると、予想していた形相のミラーではなく、沈んだ表情の彼女がそこにあった。
「ルーシャ。お前のせいではないんだ」
「え、でも……」
「アロナは口下手だからね。もちろん、ルーシャの成長を見守りたい気持ちに嘘偽りはないだろうさ。それと、婚約破棄といっても情勢が変わればまた誓いを立てることが出来るんだ。だからそこまで気にすることじゃないよ」
そうは言ってもルーシャが関係していると間近で聞かされたら、アロナはともかく、ジェニスとの接し方には流石に戸惑いが生じてしまいそうな気がする。
そう思っていたら、自然と俯いていた。
「……私は――」
俯いたまま話すと良くないと思って顔を上げようとすると。
「気にする必要はないぜ? ルーシャ」
ルーシャの肩に軽く手を置き、笑顔を軽く見せるジェニスがすぐそばに立っていた。その表情は盗み聞きしていた時よりも、吹っ切れたような感じだった。
「……どうして?」
とはいえ、何でそんな簡単に割り切れるのか。いざルーシャとして婚約することになり、それが破棄されることになったら、その時はそんな気持ちに耐えられるなんて思いたくない。
「オレも浮かれすぎてた。ルーシャの成長はもちろんだが、今は決して平和じゃない。またいつ他国が攻めてくるか分からないんだ。そんな時、成し遂げてもいないオレが浮かれていても仕方がないって思えた。思えたからこそ、オレもルーシャと一緒に成長すべきなんじゃないかと思った。それだけだよ」
(大人だなぁ。私と六歳差があるとはいえ、それでもまだ十九歳のはずなのに)
「その覚悟があるのなら、ジェニス。あんたの背中にルーシャを乗せとくれ! 今から向かってもらう国は、レラがいるシアンテ王国。そこまで半日ほどだ。しっかりと乗せてやりな!」
「……はっ!」
レラのいる王国に行くことになるとか、次は何が待ち受けているんだろう。
「ルーシャ。騎士を数人つけるが、王国へ着いたらあんたは自分一人でレラを探しな。間違ってもジェニスを頼るんじゃないよ! いいね?」
「は、はい、お母様」
身近な人たちの婚約破棄に驚いたものの、ルーシャとして次の試練が始まろうとしている。
そんな時こそ、自分の気持ちを強く保ち続けていくことが大事なことなんだ。
「では、ルーシャお嬢様。今度こそお手を差し出していただいても?」
「――! お願いします。ジェニス」




