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ファリードの体躯の全貌は分からないが、体を丸めて翼で屋根を作ってくれたようで、夜風に体を冷やさずに眠ることができた。

目を覚ますと、陽光が木々の間から差し込んでいるのが見えた。ファリードが体の下に敷いてくれた枝葉は、はるか頭上から彼が採ってきたものなのだろう。


寝転がっている体勢から身を起こそうとジタバタしていると、不意に視界が翳る。

急に目の前が真っ暗になった。何か温かくて柔らかいものに包まれ、一瞬ののち、地面にポトリと落とされる。


『おはよう、ラファール』

「……おはようございます。ファリード様」

『ファリードでよい。ヴィルキリウスもそう呼んでいたぞ』


起伏の多い森の中でも、平坦な地面を選んで下ろしてくれたらしい。ファリードの体からは少し距離ができたことで、自分がいた場所を確認できる。


ファリードがいる場所は土が掘り起こされ、大木が根から倒れて人が立てる場所ではなくなっていた。


「今、わたくしを、その……」

『なんだ?』

「……いえ、何でもありません」

『こらこら、昨日話したばかりだろう』


緑の巨大な両眼をすがめ、幼子にするように言い聞かせる。


『言葉足らずで争いが起こることもあるのだ。思ったことを話しなさい』

「…!そうでした、気をつけます。今わたくしのことを、口に含みましたか?」

『含んだ』

「食べるためではなく?」

『人間を移動させるのはこれが1番良いのだ。誤って飲み込んだことはない』

「なぜ口なのですか?」

『爪が鋭いからだ。人間の皮膚はすぐに破れるから、気を遣う。それにまだ手足を地面から出していない』


未だ大地に隠れている部分があるのか。ラファールはあらためて小山のような竜の巨体に感嘆した。


『喰われると思ったか?昔は咥えられて怯える子は居なかったがなあ。……時間が経てば常識も変わるな。次からは一言断るとしよう』

「はい」

『俺はあと1000年飲まず食わずで平気だが、人間は確か毎日食事をするんだよな。食料はあるか?』

「街で買ったパンが残っています」

『そうか。ラファールが食事を終えたら、体の残りを引っ張り出すとしよう』


手持ちのトランクから、パンを取り出して食べる。パン屋の奥様、サービスしてくれてる…。

水が欲しいな。あとで水場があるか聞いてみよう。


『人の食事姿はいつ見てもいいものだなあ』

「ファリードはわたくしを召し上がるおつもりはない、と」

『召し上がるにも色々と意味があるが?』


あるの?


「わたくしのことは、食料として見られないのですよね」

『見られないな。喰われるためにわざわざやってくるなんてラファールは変わり者だなあ』

「眠っていたファリードを不躾にも起こしてしまいました。わたくしにできることがございましたら、精一杯努めさせていただきます」

『努めるにもいくつか意味があるぞ』

「体を磨くとか…」

『そうだ、それだがな』


食事姿をまじまじ見ていたファリードが、思い出したように何度か頷いた。


『背中の上で何やらしていただろう』

「ごめんなさい、不快でしたか?」

『いや、俺の鱗はよく切れるからこれからは触ろうとするな。怪我はないよな?』

「ないです」

『竜の鱗で切れた傷は塞がらないぞ。顎下の鱗だけが例外だ。くれぐれも気をつけるように』

「ありがとうございます。気をつけます」

『あと起きたのは背中に乗られたからではない』


ドキッとした。初めての家出で変に興奮して大声を上げたの、聞かれてたのかしら。はしたないって思われたかしら!


『俺の牙を持っているだろう』

「えっ、これですか?」


王国史の家庭教師がくれた角笛を、襟から引っ張り出す。本当に竜の牙だったの。先生に伝えたい!


『それだ。かつてヴィルキリウスが俺の牙を加工したものだ』

「わたくし、吹いてませんけれど…なぜわかったのですか?」

『吹いてなくてもわかるさ。人間は抜けた自分の歯が近くにあっても、むずむずしないのか?』

「しません」

『そうか。竜はするんだ。その笛が近くにあったから起きたのだ。懐かしいな、ちょっとよく見せてくれ』

「見えますか?」


立ち上がって、うんと背伸びをしながら笛を掲げ持って見せる。ファリードは何とも言えない顔をした。なぜだろう。表情筋がない爬虫類の顔のはずなのに、笑いを堪えているのが伝わる。


『昔のままだな。こんなテカテカしてるもんじゃなかった気がするが』

「磨いていたので」

『なぜ?笛なんぞ磨いてどうする』

「た、大切にしようと…思って…、鹿の革で……」


ファリードがおもむろに頭をもたげて、大木の梢からズボッと顔を出す。遠くの方で鳥が羽ばたく音と、昨日聞いたグルグルした重低音が聞こえる。

わたくし、何も恥ずかしいことはしていないはず。そうよ。恩師からの贈り物を手入れして、何かおかしいことがある?


なんにも恥ずかしくないわ。

ファリードが笑いすぎなの。顔が熱いのは、そのせいよ。


『顔が赤いぞ』

「笑いすぎですわ」

『可愛いことするから』


梢から戻ってきたファリードは、優しい声でそんなことを言う。犬に気まぐれであげたおもちゃが、子犬に受け継がれていたら、確かに可愛いのかもしれない。


「これは恩師からの贈り物なのです」

『ではラファールはヴィルキリウスの子孫ではないのか』

「ヴィルキリウスさんの子孫はおそらく、わたくしに勉学を教えてくださった先生ですわ。代々受け継がれる家宝だとおっしゃっていました」

『血が絶えたか』

「はい。…わたくしにとってはお世話になった先生の形見でもあるので、持っていてもよろしいでしょうか」

『持っておけ。俺の牙は何かと便利だぞ。悪い輩は寄ってこないし、吹けば俺を呼べる』

「本当に災厄を退ける力があるのですね…先生もそうおっしゃってました」

『この道中、危険な目に遭わなかっただろう?』

「はい、不思議なほどに」


女の一人旅、危険は覚悟していた。元々死んでもいいかと思っていた旅である。治安の良い場所を選んでいたのもあるだろうが、怖い目には遭わなかった。遭いそうになっても、運良く切り抜けられた。


「ファリード、ありがとうございます」

『こちらこそ、大切にしてくれてありがとう』


ファリードのその言葉は、私だけでなく、先生やその家族に向けられている気がした。




ヴィルキリウスは古代の詩人ウェルギリウスから取っています。ラファールが読んでいた竜の詩は、ヴィルキリウスの作という設定があります。

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