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土と樹皮の匂い。葉の擦れる音。

手に当たる硬いもの。多分植物の枝……かしら?ならこのしっとりした手触りは葉っぱかしら。新緑だわ。


もぞもぞ手を動かすと、柔らかな新芽が手のひらに落ちてきた。ラファールは夢うつつにその葉を揉んで、指の匂いを嗅ぐ。


うん。青くさい。ラファールは葉っぱを揉んだ時の青っぽい香りが好きだった。部屋に生けられている花も時折こうして揉んでいる。


えへへ……。


『はははっ。はぁ〜……かわい……』


ラファールは目を開けた。


葉をたくさんつけた枝が敷き詰められている。おかしい、下草も生えないような暗い森の中である。それに土の匂いが濃い。まるで掘り返した後の花壇のような…。


『目を覚ましたか』


巨大すぎて、背景かと思った。


赤瑪瑙の石塔かと見紛う巨大な体躯に、緑の目。爬虫類のように縦に割れた瞳孔。

2つの目が真っ直ぐにラファールを見つめている。


竜だった。


「ホァ……」

『待て待て、気絶するな』


寝ている枝葉ごとゆらゆらゆすられて、かろうじて意識が引き戻される。


『ほ〜ら、怖くないぞお〜大丈夫だぞ〜』


子供をあやすように竜が体躯を揺らしているのがわかる。それはどちらかというと、起こすより寝かす時の動きでは?


「……うぷっ」

『大丈夫か?風邪か?』


船酔いのような気持ち悪さでえづきかけたが、竜が動きを止めて覗き込んできたことにより、吐き気は一旦おさまった。


「いえ、揺らさないでいただければ大丈夫ですわ」

『そうか?……泣いている子供をこうしてあやしている人間を見たのだがな』

「わたくし、幼子ではありませんので……」

『承知した。もう揺らさぬ』


会話ができている。竜と。

しかも相手の体の上に大の字で寝そべって、竜は上からこの姿を見ている。


ラファールは体を起こそうともぞもぞ動いたが、どうにも上手くいかなかった。枝葉に足を取られ、踏ん張ることができない。

頭上の竜は不思議そうにラファールを見ている。


『何をしている?』

「お身体から降りますわ。見苦しい姿をお見せして大変失礼いたしました」

『見苦しくないからもう少し寝ておけ』

「重いでしょう」

『いや全く』


サロンに出入りしている令嬢になら通じる婉曲表現は、古代竜の前では形なしだった。

ラファールは結局諦めて、ゴロンと頭を竜に預ける。


その姿を見て、竜が満足げに笑った気がした。

不思議だ、表情筋なんてないはずなのに。


『俺の名はファリード。灼竜だ』

「……わたくしはラファール・クロフォードと申します。……人間です」

『見たらわかるぞ。面白いなあラファールは』


グルグルと喉の奥から大きな低音が響いた。これが竜の笑い声なのだろうか。


『して、なぜここに?人間が散歩で来るような場所ではないはずだ』

「わたくし、……あなたに会いに来ました」

『ほうっ!?それは嬉しい。何か頼み事か?』

「いえ、頼み事はございません。強いて言えば、わたくしの身を捧げるため参りました」

『この時代では、身を捧ぐとはどのような意味だろうか。昔は多くの意味があったものだがな』

「お好きに解釈していただいても……」


そう言いかけると、ファリードはずいっと顔を近づけてきた。気づかなかったが、元々かなり遠くに頭があったらしい。大きすぎてわからなかった。


『よくないぞ、そういうのは。言葉の解釈によってすれ違いが起こったり、無用の争いが生まれるのをこの目でうんざりするほど見てきたのだ』

「えっ」

『はっきり言いなさい。ラファールはどういうつもりで身を捧ぐという言葉を使ったのか』

「た、食べていただければと……」

『食べるにも色々と意味があると思うが』

「えっ」


あるの?


「贄にしていただければと」

『ラファールよ、お前の話し方は品はあるがちと遠回りだな。つまり俺の胃袋に収まるためにわざわざここまできたと?』

「はい!それです!」

『喰わないぞ』

「えっ」

『人間を喰ったことはない。喰いたくもない』

「では何がお好きなのでしょうか?」

『溶岩だ。ちょっと前にたらふく喰ったからあと1000年ほどは何も入らん』

「お腹いっぱい……」

『ひもじくても人間は喰わんぞ。元々この地に来たのも溶岩を食うためだし』

「だから火山から森が……」

『眠っている間にだいぶ繁ったな』


もしかしてわたくし、生き延びそう?

予想外の展開が、ラファールにどうでもいい会話を続けさせる。


「この森はファリード様の名を冠していたのですね」

『何の話だ?』

「私の住んでいる国では、ここはファリードの森と呼ばれているのです」

『本当か!?……そうか』

「どうされました?」

『ファリードという名は、ヴィルキリウス……俺を最初に見つけた男が付けてくれたのだよ。……そうか……やはりかわいいな、人間は』

「はあ、かわいい……?」


しみじみといった風情で目を閉じ、首を振る。妙に人間味のある仕草だが、風圧がすごい。周りの枝が轟々しなる。


『森に俺の名前をつけるなんてな。いじらしいじゃないか。俺がファリードの名を戴いてから、すでに3000年以上経っているというのに』

「寿命が短い分、ファリード様を忘れないように語り継ごうとした結果なのかもしれません」

『寿命が短いとか言うんじゃない!悲しくなるから』

「す、すみません」


ボチャッッッ!!!と巨大な水球が、ラファールの上に落ちてきた。お腹と顔が打ちつけられて、思わず呻く。

見上げるとファリードの瞳に、涙の膜が張っていた。しゅんとうなだれる巨大な竜を見て、呆気にとられる。


もしかして、もしかすると。


「ファリード様は」

『ん?』

「人間がお好き……なのでしy」

『大好き』


食い気味に返事された。


『よいか、人間ほど心打つ生き物はなかなかいない』

「そうですか?」

『自信を持て。賢い生き物は他にもおる。可愛い生き物も、強い生き物も、愛ある生き物もいるだろうよ。しかしな、賢くて可愛くて強くて愛のある生き物は、人間を置いて他にない』


ファリードの語り口は、既視感がある。犬好きの侍女が実家の飼い犬を語るときの熱にそっくりだ。

───人間が本当に賢くて可愛くて強くて愛があるのなら、私はここにはいないのに。


「……ファリード様が、そうまでおっしゃるなら」

『すまないな。この地に人間が来るのは久々でな。ちょっとはしゃいでいる』

「はしゃいで……」

『これがはしゃがずにいられようか』


ファリードは大きな体躯を丸めるように、ラファールを包み込む。


『俺の涙で濡れたな。あたたまれ』

顎の下、逆さに生えている鱗が、そっと押し付けられる。

その鱗だけ暖かくて、柔らかかった。


『また人間と話せるとは。礼を言うぞ、ラファール』


抱きしめられている、と感じた。

体に感じるのは枝葉と鱗ばかりなのに。

ラファールも目頭が熱くなって、一粒涙をこぼした。




ファリードは『シェーラの冒険』から取りました。主人公シェーラザードの相棒であり、影の主人公です。私の推しはライラです。

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