#2
満月。
圧倒的な夜の支配者。
大衆からすれば、それは夜闇を照らす存在。
だが、他の星の光を喰らう存在として忌み嫌われている一面も持つ。
これも二面性というのだろうか……
正面から観測すれば円形であっても、側面から観測すると長方形の可能性がある。
ヒトは、己に都合が良いようにしか観測せず、解釈しない。
理外の存在とはいえ、それは魔女も変わらないだろう。
ならば、常に別解を求めている私とて例外ではない。
話戻そう。
つまりこれは私が観測している物語である以上。私の独善的で、独占的で、独創的な物語なのだ。
いや、字が違う。
独創的であるだろうが、独走的でもある。
そして、独奏的な物語だろう。
○●○
アルキミア王国。
150年前に勃発した、人類史上最大にして最長の世界大戦の連合国側の戦勝国。
その後、戦勝国である、"アルキミア王国"、"パーペチュアル国"、"エモータラ共和国"の三国間で起こった『三国決戦』の勝者。
世界の中心となる筈だった国。
簡単にこの国を説明しようとしたらこうなる。
そう。──筈だった国。
『三国決戦』以前の世界大戦で、既に参戦国の資源はほとんど底をつき。仮に勝ったとしても旨味が全く無いと言えてしまえる状態だった。
そこで起こってしまったのが、僅かな資源を求めて戦争に意味を持たせようした愚かな三国の争いである。
結果としてはこの国は勝利し、他の国の領土を得て、世界一の国家への道が開いた。
が、最後まで争っていた"エモータラ共和国"からの降伏宣言から一年後にそれは起きた。
全能の魔女の降臨。
突如として現れた魔女は、理を外れた能力で蹂躙した。
例を見ない災害。
はじまりは、王国の中心地で起きた無色の爆発だった。
一瞬にして周辺の都市が更地となり、その倍以上の範囲を爆風が襲った。
最初の爆発により塵になった者、倒壊した建物に潰された者、遺体こそ原型を留めてなどいないだろうが、即死できた者はまだ幸福だったのかもしれない。
広がる火の手、即死ができない欠損、相次ぐ爆発、見るも無惨な知人の亡骸。
阿鼻叫喚。
地獄だった。
そんな環境でも諦めずに近隣の者達を助ける民衆。
諦めるな。頑張れ。今助ける。もうすぐだ。応援が来る。
救助を待つ者達が縋れるのは、そんな無責任だが勇気を与える魔法のような言葉。
だが、皮肉なことにその言葉を遮るのは本当の魔法だった。
倒壊した建物から助け出された者が見たのは、赤い髪の少女。
その髪はとても長く、地につくほど長い。
その髪は足元の赤色に触れるほど長く、血につくほど長い。
目の前で己を助け出した青年の頭が破裂する場面を見た。
次は自分の番、そう思考できる間さえ赦されなかった。
一晩である。
たった一晩でこのような出来事が各地で起き、王国の人口は半分以下となった。
これが100年前に起こった『三大魔女事件』の一つ、"全能の魔女による大虐殺"の大まかな概要だ。
ん? その全能の魔女が結局どうなったかって?
五年後に駆除された。と、この国では言われているね。
真実はどうか分からないけど。
そして、その魔女が駆除されたって言われている場所が、今あたしがいるこの山だ。
その頂上から奥に目を向ける。
国の中央には純白の王宮があり、それを囲うようにして、真紅の発光するラインが引かれた漆黒の壁がそびえ立っている。
「あんな大きな"炎器"もそうだけど、あたし達のような魔女が未だにいることが、何よりも全能の魔女がまだ生きている証明になると思うんだけどなぁ」
そう呟いてから、軽く深呼吸をする。
右横で乱雑に縛った明るめの茶髪が風に揺れた。
あたしはあまり丁寧な性格ではないので、長髪の手入れはできず基本的には肩の少し上ぐらいで切り揃えている。
俗に、ボブカットと言われる髪型らしい。
ただ右側の髪だけは少し伸ばし気味にしていて、無理矢理縛ることで短めのサイドテールにしている。
オシャレ? クソ喰らえ。そんな訳がない。
軽く背伸びをしてから、何かを構える動きをする。
次の瞬間には、私の腕に一挺の狙撃銃が抱えられていた。
これが一級魔女であり、銃器の魔女であるあたしの魔法。
銃器と呼ばれる物を創り出し、それにあらゆる効果を付与できる魔法。
首を傾け、スコープを覗く。
普通の狙撃銃では、せいぜいスコープの倍率は10倍程度。高いやつでも50倍程度だ。
だが、それはあくまでも普通の銃の話。
あたしの魔力によって創られた銃は、そんな次元のレベルの話ではない。
「───倍率1000倍、透視能力、付与」
スコープ越しの景色が一変した。
先程まで、豆粒程度にも満たなかった存在をハッキリと視認できる程まで倍率は上がり、生物以外のありとあらゆる障害物を透視する事ができた。
「……標的発見」
確認したのは、狸のように太った腹の男。
『魔女狩り省』の副大臣だ。
彼の周りには四人の護衛がついている。
「視覚情報を元にした、反射型の"防衛炎器"かな? 」
護衛の四人の顔には、目隠しのような黒い物がつけられていた。
それから伸びる細い線は耳の裏を通って、襟の中へと続いている。
おそらくは、最新鋭の"炎器"。
目隠しの部分で魔法を検知すると、線を伝って衣類の下にある"防衛炎器"が起動する仕組みなのだろう。
「かなり面倒だけど、あれをどうにかしなきゃね。反射型だと多分あたしの魔力的に威力だったり、速度が足りないかな」
ありとあらゆる魔法に絶対的な効果を持つ"炎器"。
それは、人が魔女に抗う為に生み出したとされる、理を外れた道具だった。
使用者の生命力に干渉し、魔力を自動的に生み出して効果を発揮。
その効果は、ほんの極一部を除いたほとんど全ての魔法の無効化。
そして、魔女に対して致命傷を与えられる数少ない方法の一つでもあった。
「──反動抑制、消音、着弾時の爆発効果、付与」
ゆえに、護衛の意識をそらす必要があった。
護衛がいなければ適当に標的を殺して終わりだったが、そうはいかない。
今、狙撃したとして護衛に反応され"炎器"を起動されてしまえば、まず今夜の襲撃は難しいだろう。
別日にまたチャンスが訪れるかもしれないが、その時は今よりも護衛は厳重になり、成功率は下がる。
いや、違うだろう。
そもそも今日じゃなければならない。
今夜。
殺す。
絶対。
あたしはあえて、銃口を彼らの後ろに向けてから発砲した。
空気が抜けるような軽い音と共に発射された弾丸は、彼ら後方で着弾し、爆発する。
ギリギリ爆発の衝撃が届くか届かないかの距離感。
突然の事態に動揺する護衛達。
彼らの意識が完全に背後に向いた。
「ザルだよ、そんなんじゃ護れるものも護れやしない」
銃口を副大臣に戻す。
彼もまた、護衛達と同じ方向を見ていた。
長く、細く、息を吸う。
「───必殺効果、付与」
極端に魔力を消費するため、普段は絶対に使わない効果。
視覚情報の誤差や、空気抵抗、風による影響の無効化。及び、標的に着弾時の散弾効果。
魔力が急激に減り意識が途切れそうになるが、何とか堪えた。
震える指を引き金にかける。
「ロッチはきっと成功する。なら、私の失敗は許されない」
奴隷市場に紛れ込んだ親友の事を思い浮かべながら、半ば無理矢理口角を上げる。
そして、告げた。
「これは火種だ。各地に潜んでいる反逆魔達への合図となる」
あたし達がはじまり。
虐げられし罪無き魔女の救済の為に決起する。
この国は病んでいる。
魔女が絶対悪という固定観念が未だに根強くある。
確かに、全能の魔女は大量虐殺を行った。
だが、今を生きている魔女達にはほとんど無関係の話だ。
無罪の魔女が犯され、無害の魔女が殺されている。
そんな魔女のために、あたし達は戦う。
正義の味方? そんな筈がない。赦されない。
大義のためという言い訳はしない。
あたし達は悪だ。
人殺しだ。
それは事実。
だから、仮にこの戦いに勝ったとしても、その後の世界にあたし達はいない。
自ら首を吊り、腹を切り、毒を飲む覚悟がある。
だから、再度口に出して宣言する。
「あたし達の目的は、罪無き魔女の救済。それだけだ」
───引き金を引いた。
○●○
『魔女狩り省』の副大臣の殺害事件。
これがはじまりだった。
この日を境に、魔女による事件が多発。
虚構の魔女が率いる、欺瞞の反逆魔達の勢力拡大。
とある狩人の違背。
やがて起こる魔女と狩人の決戦。
その舞台は、国の中心である王宮だった。
そして、その結末は───