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虚構の魔女  作者: PEN
1/3

#1

 蟻地獄(アリジゴク)のようだと思った。

『炎器』と防弾ガラスで守られた貴賓室から下を覗く。

 地下に広がる巨大な空間。

 人身売買の市場。

 すり鉢状に置かれた座席と中央には円形のステージがあり、そこに二人の男が立っていた。

 片方は全身を黒のスーツで身に纏った細身の男。右手のマイクで観客を湧かせている。

 もう一方の男はガタイこそ良いが、スーツの男は違い、ボロ雑巾をツギハギして作ったのか、衣服とは到底言えない物を身に纏っていた。両手に拘束具がつけられており、これだけを見れば裁判か何かに連れてこられた囚人か何かだと思うだろう。

 だが、実際は少し違う。

 そして、数分後に大きなベルの音とともにボロ雑巾の男の落札が決まった。


「あの男は"元"パーペチュアル国の領土だった地区で、魔女と共謀して国家に謀反を企てていた一味の幹部だった。魔女には逃げられてしまったが、共謀者と思われる者達は全員捕らえる事ができた」


 ガラス越しにその光景を見ていた僕に、後ろから不遜な声が話かけてきた。

 狸のように太った腹を叩く、酷く醜い男。

 僕の実の父であり、『魔女狩り省』の副大臣の男だった。


「思われる者達、ですか……」

「あ? 言いたいことがあるのならハッキリと言え」

「いや、大丈夫です。疑わしきは罰せ、が現大臣の意向ですからね」


 醜い男は舌打ちをすると部下に資料を持ってこさせ、それを僕に渡してきた。


「あの男と共謀していた魔女は、二年前の事件以前から既に一級魔女に指定されていた魔女だった。今では特級魔女にまで指定されていて、《獅獣凰》が行方を追っている」

「鎧操の魔女ですか。確かに彼女は脅威ではあると思います。ですが、共謀者の可能性がある、思われる、かも知れない。の範囲が広すぎる気がします。下は六歳の子どもから上は七十過ぎの老人まで含めての三十人。過剰と言わざるを得ないですね」

「タワケが、資料をよく見ろ。その魔女は少なくとも二ヶ月以上はその地区で生活していた証拠があるんだ。小さな地区だ。今日ここに来ている客数よりも人口は少ない。そんな地区で魔女が潜んでいることに気づかない、反逆を企てている連中がいたのに異変を察知しない。そんな滑稽な話が信じられるか?」

「だから地区の住人全員引っ捕らえたと?」


 何が問題なのかと無言で首肯する父親に、僕は思わず頭を抱えてしまう。

 確かに謀反は大罪だ。

 首謀者が極刑に処されるのは必須。

 もちろん、共謀者にも決して軽くない罪が言い渡される筈だ。

 だからと言って、容疑者の判断がお粗末過ぎる。

 タイミングを見計らって、問題となっている地区の周辺に聞き込みにでも行ってみるか。

 そう考えた時、一際大きなベルの音が鳴った。


「最後の品か」


 醜い男はそう言って僕の横に並んだ。

 共に、ステージに立つ者を見る。

 そして、それは僕の瞳に写り込んだ。


「───ッ!」


 声にならなかった。

 美少女だった。

 雪のように、白い肌。

 星のように、輝く金髪。

 火のように、紅い瞳。

 身に着けている衣服や拘束具は先程の男と変わり無いが、彼女が身に着けると途端に意味が変わった。

 童話の中から出てきた悲劇のヒロインよろしく、様になっている。

 それは、彼女の容姿だけが理由ではないだろう。

 オーラとでも呼ぶべき、彼女から発せられる存在感。

 己が権利を無視され、見くびられ、侮られ、人道的な扱いをされていないのは明白。

 今、彼女に向けられている顔の持ち主は彼女の事を同じ人間だとは思ってはいない筈。

 それでも、彼女は凛々しく堂々と、その姿をステージに晒していた。

 まるで、観客の前に立つ音楽家のように。


「アレが欲しいのか?」

「アレ、という言い方に怒りを感じる程度には関心があります」


 醜い男に舌打ちをして、話を続ける。


「とても魅力的な方だと思います。ですが、だからこそ彼女を()()という行為はしたくはありま───

「そうか。ならアイツは、私とそう変わらない年の、金だけを持っている男に買われ、夜の相手をさせられるだけの人生だろうな」


 絶望。

 それ以外に、この時の感情を表す言葉を僕は知らなかった。

 真っ白になった僕の頭に、醜い男の言葉をすんなりと入ってくる。


「なら、私達が買ってあげたらいいんだよ。幸せにしてあげようじゃないか」


(……え?)


 その時、僕は何か言ったのだろうか。

 記憶にはない。

 ただこの後、下の蟻地獄(アリジゴク)の盛り上がりが沈黙する程の圧倒的な金額が提示されたことは覚えている。

 彼女の落札が決まった。


「"欲"とは原動力だ」


 ()()を受け取る為の手続きをしに行く道中、醜い男は語り出した。

 薄暗く、ロウソクの灯りだけが頼りの細い道に、彼の声はよく響く。


「三大欲求に数えられる、"性欲"、"睡眠欲"、"食欲"があまりにも有名だが、それ以外にも"欲"と呼ばれる物は山程ある。例えば、お前がアイツに向けている"欲"は何か分かるか?」

「勝手に人の気持ちを決めつけるな。"欲"なんぞ何も───

「他の者に渡したくないという"独占欲"」


 睨みつけるが、彼は薄気味悪い笑みを浮かべるだけ。

 その口を閉ざす事は叶わなかった。

 馬鹿にしている訳では無いと言い、話し続ける。


「お前がアイツに向けている"独占欲"と"支配欲"は、やがて"庇護欲"と呼ばれる物になり、アイツを守るための原動力となる。そして、その"庇護欲"を十分に満たす為に何事に対して"意欲"が増す。良い暮らしをさせたいと"財欲"が増し、"財欲"を叶えるためにはどうすれば良いかと"知識欲"も増す。決して"無欲"になるな。人は常に"貪欲"でなくてはならない。その"渇欲"状態が無限の原動力を生み出す」


 力強い口調だった。

 生まれて初めて聞いた父の口調に、思わずこちらが口を閉ざしてしまう。


「"欲"、ですか……」


 父の言葉を反芻するように呟いた時、僕達は細い道を抜けた。

 小さなログハウスのような小屋が見え、人の姿も確認できる。

 貼り付けたような笑みを浮かべるスーツ姿の係員が待っていた。


「こちらの()()でお間違えないでしょうか?」


 それを合図にか、小屋から控えめなドレスを着た少女が現れる。


「───」


 彼女の肌よりも白い、純白のドレスを身に纏い、堂々とした姿で金髪をなびかながら僕の元に歩んでくる。

 そして、紅い瞳を僕に向けた。


「……名前、は? この子の名は? 」


 彼女の背後に見える係員に声をかけるが、首を横に振られた。


「コチラで()()に名などつけません。また、異国の出がゆえなのか、生まれ持った特性ゆえなのか、言葉は理解できていないようでして……」


 僕が()()を辞退する事を恐れてか、先程と打って変わって歯切れが悪くなった係員を横目に、僕はため息をついた。

 色々と言いたいことや思うことはあったが、もういいだろう。


「この子をお迎えします。辞退はしません。そして、この子の新しい名は───イチです」

「意味は?」


 そう問うた父に、僕は言葉の通りだと伝える。


「彼女の()()は、今ここから新しく始まるという意味です。イチから始める彼女の人生」


  ◇◆◇


「おはようございまぁ〜す。ご主人様ぁ!」


 よく通る声と共にカーテンが開かれる音が聞こえた。

 途端に眩しい光が私を差す。


「ま、眩しいよイチ……」

「はい、存じております! でも、こうでもしないとご主人様は起きられないので!」

「なんだろ……、朝から元気だね……」

「はい、元気な事だけが取り柄ですから! 」


 イチとの生活を初めてから二年。

 今では、彼女は父から大事なお使いを頼まれる程の存在になっていた。

 元の頭が良いのか、たった数週間で言葉を覚えた彼女は、1ヶ月が経つ頃には全ての家事を完璧にこなす事ができていた。


「朝食は既にできておりますし、お父様も支度を済ませて席に座られております」

「それは急がないとね」


 イチに手伝ってもらいながら支度を終えると、急いでダイニングに向かった。


「おはようございます。父様」

「……ん」


 暗い声が返事をした。

 視線をそちらに向けると、父がどんよりとした空気を纏って、自分の前に置かれた皿を見ていた。


「あ、あのぉ、イチちゃん?」

「はぁい! なんでしょうか、お父様?」

「い、一応ね、一応確認したいんだけどさ、今日の朝食のメニューを聞いてもいいかな?」


 泣きそうな父の声に反して、イチの声は元気そのものだった。


「かしこまりましたぁ! 舞茸ご飯に、なめこ汁と椎茸を焼いた物です! 」

「いやいや、いやいやいやいや、え、ん? おかしいよね? 僕がキノコ嫌いなの知っているよね? 」

「はい! 存じております! なのでぇキノコ嫌いを克服してもらう為に、この様なメニューにしました!」

「限度! 何事にも限度があるよね!? こんなメニュー出されたら、キノコ好きの人でもキノコ嫌いになっちゃうよ? 」

「それは、元からキノコの事が好きな人の場合の話ですよね? 確かにプラスにマイナスをかけたらマイナスになりますが、キノコの事が元から嫌いなフラル様の場合は、マイナスかけるマイナスのプラスになります! マイマイはプラです! 」

「うん、そっか、分かった。何も分からない事が分かったよ」


 そんな二人の微笑ましいやり取りを見ながら、僕も席につく。


「ぐぅえ」


 僕の席には、苦手な魚のフルメニューが置いてあった。


  ◇◆◇


 朝食を何とか食べきった僕は自室へと戻った。

 今日は休日のため学校は無いので、丸一日本を読む事にした。

 どの本を読もうかと本棚の前に立つ。

 すると、そのタイミングで扉の向こうからコンコンと軽いノックの音がした。


「イチでしょ? 入っていいよ? 」

「失礼します」


 深く礼をして入ってくるイチ。

 美しい金髪を纏めたポニーテールが軽く揺れ、上げた顔には紅い瞳が輝いていた。

 一瞬どきりとしてしまったので、慌てて視線を本棚に戻す。


「父様は仕事に行ったの? 」

「はい、夕食前には帰ってくるそうです」

「そっか……」


 視線は本棚に向けているが、意識はイチの方にしか向いていなかった。

 次に、イチが言う事は分かる。

 何回も聞かれ、何回も誤魔化し、何回もはぐらかし続けた話だ。

 でも、今日は違う。

 ちゃんと答えを決めてきた

 ───けど、まだ心の準備ができていない。

 なので、その前に軽く雑談をする事にした。


「それにしても随分と丸くなったよね、父様」

「あらま、仕事に出かけた途端に悪口ですか? 確かに、私も初めてお父様を見た時には、随分とでっけぇ豚親父だなと思いましたが……」

「いや、体型の話じゃなくて性格の話ね!? てか、そんな事思ってたの!? 」

「ふふ、冗談ですよ」


 途端に破顔する彼女。


「────」


 無理だった。

 無邪気に笑うイチを見て、頭の中が真っ白になった。


「……イチ、好きだよ」

「私もですよ、ご主人様」


 そう、僕達は恋仲になっていたのだ。

 使用人とその主の関係。

 一般的には、不埒だとして許されない関係だろう。

 だが、今の父様なら許してくれるかもしれない。

 そして、いつもイチが僕に聞いてくる事とは、この関係に関する事だった。


「いつ、私達の話をお父様にお話されるのですか?」


 何回も聞かれた事だった。

 今まで"もしかしたら"の事を考え、先延ばしにしていた事。

 しかし、もう決心はついた。

 心の準備はできた。


「今日言うよ」

「──え?」


 僅かにだが、イチの目が揺れた。


「今日、父様が帰ってきたら言うよ。もう逃げない」

「あ、ありがとうございます……!」


 倒れ込むようにして、僕の胸に飛び込むイチ。

 彼女はそのまま優しく抱きついてきた。

 それに答えるようにして、僕も彼女の背中に手をまわす。


「なら────」


 しばらくの間、お互いの存在を確かめ合うかのように抱き合っていた僕達。

 どれほど時間が経っただろうか、ふと彼女が口を開いた。






「それまでには、お前を殺さないとな」






 直後だった。


「痛ッ───」


 頭の横に鋭い痛みを感じた。


(え?)


 理解が追いつかない。

 一瞬にして全身に力が入らなくなり、その場に倒れ込んでしまう。


「君は間違いなく善人なんだろうね」


 冷たい声が聞こえた。

 それが、イチの口から聞こえたものだと理解するのが遅れる程、冷たく。身を凍りつかせそうな声。


「この殺人の目的は、他の使用人達に疑いの目を向けられないため。冤罪を防ぐため。そして、『魔女狩り省』の副大臣を殺すための過程に過ぎない」


 彼女は一体何を言っているんだ。

 必死に喘ぐ様にして口を動かすも、言の葉は出なかった。


「勘違いしないでっていうのは無理な話だと思うけど、私は君の事は嫌いじゃない。むしろ好きな方の部類。たった二日────いや、君達の感覚で言うと二年か。まぁ、そんな僅かな時間でも君が優しい人間だという事は分かった」


 視界が端からどんどんと白く塗られていき、手足の感覚はとうに無く。まともに動かす事ができなくなっていた。


「ただ、私達の目的の完遂のためには必要な犠牲だった」


 意識が完全に落ちる寸前、彼女が指を鳴らした。



 パチン



 瞬間。

 全てを理解した。

 いや、記憶が正された。


「──────」


 声無き声を叫びながら、僕はイチを睨んだ。

 いや、イチ───じゃない。

 この様な事をできる存在を僕は知っている


「はじめまして、次に今までありがとうございました、そして最後にさようなら」


 彼女は自らの正体を明かした。


「君達は、私の事をこう呼ぶ。六人の特級魔女の一人。虚構の魔女、ロチョウ……って」


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