望まぬ結婚
ロンドンから遠く離れたハノーヴァーのアールデン城で、ゾフィア・ドロテアは元夫のゲオルク・ルートヴィヒがイギリス王に即位したことを知った。
「本来なら姫様も、イギリス王妃という輝かしい地位に登られるお立場のはずでしたのに……ほんに無念なことでございます」
ゾフィア・ドロテアにずっと忠実に仕えてきた侍女エレオノーレ・クネーゼベックは、震える声でそう言って目尻ににじむ涙を拭った。
「いいのよ、わたくしはあの野獣のような夫から解放されただけで嬉しかったのだから。離婚の承諾書にサインしたことは今でも後悔してないわ」
ゾフィア・ドロテアは薄い笑顔を覗かせたが、その表情はどことなく活力に欠けていた。あの時の判断が正しかったかどうか、今でも彼女自身明確な答えが出せずにいたのである。恐らく結論は、自分の生涯が尽きるまで出ることはないだろう。
「でも姫様、選帝侯殿下のなさりようはあまりに惨うございます。腹をお痛めなさったお子様方にも一度も会わせて下さらないなんて、血の通った人間のすることとは到底思えません!」
「許されるならあの子たちの成長した姿をもう一度見たいものだけど……アウグストもゾフィー・ドロテアも、わたくしのことなんてとうに忘れてしまったかも知れないわね」
「そんなことございません、姫様。アウグスト様は今も姫様の描かれた小さな肖像画を大切に隠し持っておられると聞いております」
エレオノーレの懸命の慰めにもかかわらず、ゾフィア・ドロテアは窓辺の菩提樹を見つめてゆっくりかぶりを振った。
「……わたくしは駄目な女だわ、あの子たちに何一つ母親らしいことをしてやれなかった。そして、寂しさに負けて許されない過ちを犯してしまった。今のわたくしの境遇も神様から与えられた罰なのだわ、きっと」
「姫様……」
顔をくしゃくしゃにして俯いたエレオノーレはもはや、目の前の不幸な女主人にこれ以上掛ける言葉を見い出せなかった。
「でも、もし神様がわたくしの願いごとを一つだけ聞き届けてくれるなら――」
ぽつり、と独りごちたゾフィア・ドロテアは窓の外を横切って飛んでいく小鳥を目で追いながら、心の中で言葉を接いだ。
――ツェレに帰りたい、わたくしが生まれ育った美しいあの街へ。
ブラウンシュヴァイク・リューネブルク家が本拠を構えるハノーヴァーの北方の小都市ツェレで生を受けたゾフィア・ドロテアは、名門貴族の娘らしく満ち足りた、そして穏やかな少女時代を過ごした。
ゾフィア・ドロテアの父はツェレ公